私たちはラーメン屋に入り、私を真ん中にして横並びに並んだ。
「美味しいでしょ、ここのラーメン」

 私は雨くんの言葉に笑顔を返す。

 はっきりいって味なんて分からない程、私は彼に対する罪悪感でいっぱいだった。

 彼は私を守ろうと動いていたのに、私は彼を傷つけるような暴言を吐いた。

「晴人くん、あの、ラーメン美味しいよ。それと、ごめ⋯⋯」
「雨って呼んで。俺は18年桐島雨として生きてきたんだ。これからも、川上陽菜に紐付かない桐島雨として生きていく」
謝ろうとする私の言葉を遮るように雨くんが続ける。

「真希姉ちゃん。俺が虐待傷を見せたのは、痛いの痛いの飛んでけって真希姉ちゃんにやって欲しかっただけだから。同情を引こうとしたってことで合ってるよ」
 私の気持ちを見透かすように雨くんが言ってくるが、彼は姉である私に自分の傷に寄り添って欲しかったのだ。
 きっとあの時には既に彼は私が血の繋がった姉だと気がついていた。

「私と血が繋がっているって気がついてたの?」

「気がついていたっていうか、そうだったら良いなって願望がずっとあったんだ。川上陽菜が最初に俺に接触した時に、俺に保育園の連絡帳を見せてきたんだ。毎日のように5歳児クラスの真希ちゃんが、俺をあやしてくれてたって書いてあった。だから、俺はずっと真希姉ちゃんに会いたかった」

 彼女はきっと自分は雨くんを気にかけていたという証拠になると思い連絡帳を彼に見せたのだろう。
 私も雨くんが気がかりだったけれど、彼もまた私に会いたいと思ってくれていたことに胸が熱くなった。

「聡さんが真希姉ちゃんを家に連れてきた時、嬉しくて興奮して風呂場まで追いかけて話しちゃってごめんね」
「ううん。いいの⋯⋯」

「聡さん、本当にごめんなさい。陽菜さんのターゲットがマリアさんから、真希姉ちゃんに変わった時に部屋に盗撮カメラ沢山仕掛けました」
「まじか! 川上陽菜って変な趣味してるな」
 聡さんは部屋に盗撮カメラを仕掛けられたと聞いても、驚くだけで決して怒らない。
(普通怒ると思うんだけど⋯⋯)

「それに、マリアさんが苦しんでいるの分かっていたのに、『別れさせ屋』を続けさせるようなことしてごめんなさい。真希姉ちゃんが現れるまでは、俺、聡さんとの生活があまりに心地よくて陽菜さんの行動を容認してた」

「雨くんは、彼女を恨んではいないの?」
「陽菜さんに関しては気持ち悪いって感情しかないかな。不倫して子供捨てるような親だよ。そんなのと一緒に暮らさなくて済んで、俺ら本当に良かったと思うよ」
 私は雨くんが自分と違って母離れしていることに気がついた。

 よく考えれば、私の母も不倫して子供を捨てたクズだ。
 それなのに、その事実を父と川上陽菜のせいだけにして母のことだけは求め続けた。

「不倫して、子供を捨てるような奴は2度とうちの敷居を跨ぐな!」と祖父が金を無心にきた母を追い返した時も、母が自分の方を少しも見てくれなかったことを寂しく思った。

 私は最低の母ではなく、私を大切にしてくれる祖父に育てられて幸せだったのだ。

「雨、一緒に暮らさないか? お前面白い奴だし、一緒に生活して楽しかったよ」

 聡さんはどれだけお人好しなんだろう。
 雨くんは少なからず彼の事を騙していたのに、雨くんのこれからの心配をしている。

「俺は札幌で暮らしますよ。この街、俺、結構気に入ってるんです。それにお2人のお邪魔になるだろうし⋯⋯」
「まあ、確かに邪魔かな。俺は真希と2人で暮らしたいから。でも、東京にも遊びにこいよ」

 2年間一緒に暮らしていただけあって、2人は仲が良いようだった。
 2人の精神的な尊い繋がりをかいた薄い本が出せそうなくらいだ。

 聡さんは私と一緒に暮らす気なのだろうか。
 彼にはもっとお似合いな女性が沢山いそうで、私のような面倒な女と関わらない方が幸せになれそうだ。
 それなのに、私自身は彼と一緒にいると幸せで、彼の気遣いに甘えたくなっている。

「真希、俺たち結婚しよう。俺、真希といると本当に楽しくて幸せなんだ」
 彼からの突然のプロポーズに私は戸惑ってしまった。
 嬉しい気持ちが込み上げてくるのに、彼の為を考えると素直に頷けない。

「聡さん、私がどんな女か分かってますよね。あなたには平気で我慢をさせて、もし聡さんが浮気したらきっと許せなくて攻撃に転じますよ」
 自分で言ってて酷い話だと思った。
 私が彼なら私を絶対に選ばない。
 彼は私の面倒な面も、怖い面も見てきたはずだ。

「真希姉ちゃん。聡さんは浮気はしないと思うよ。2年一緒に住んでるけど、この人、基本女は話がループしていて関わるのも面倒だと思ってるから。真希姉ちゃん以外の女への扱いは本当に酷いからね」
 確かに彼の7代目の彼女への対応は、モテてきた男特有のクズっぷりが現れていた。

「浮気なんてしないよ。今まで、俺って散々遊んできて、そういうのはもう飽きてるんだ」
 聡さんが真剣な顔で訴えかける言葉があまりにクズ過ぎて、私は彼へ引け目を感じる感情が薄れてくのが分かった。

「結婚については、少し考えさせてください」
「そうだよ。こんなラーメン屋でのプロポーズ受けてやる必要ないよ」
私の言葉に、雨くんが反応し聡さんがあたふたする。
 そんな空間をとても愛おしく思った。