「もしかして今、5歳の私が先生に媚びてたことを非難しているんですか? いい歳したおばさんが痛々しいですね。私の母にも嫉妬していたんだ⋯⋯」
私は言葉が続かなかった。

 母が友達のお父さんである川上武彦と抱き合ってた光景を思い出したからだ。

(どうしよう、吐きそう。時が経つほど気持ち悪くなる)

 私の中で、父も川上陽菜も母を傷つける害悪だった。
 しかし、母だけは自分にとって守りたい存在で盲目的に慕っていた。

 その母が友達のお父さんと抱き合っていたのは、意味は分からなくても一番衝撃を受けた出来事だった。

「だって可笑しいじゃない! ブスのくせに同情を引いて武彦さんと⋯⋯みんな可笑しいのよ。健斗だって私に夢中だったのに、晴香とだなんて!」

 血走った目で、瞳孔が開き切りながら川上陽菜は不満を吐露する。

 どうやら私は彼女に自分の動揺を悟られることなく、彼女の本音を聞き出すことに成功したらしい。

「陽菜さん。俺には分かるよ。陽菜さんが1番美しいんだから、最も大切にされるべきだよね。許せないよね、この世からいなくなれって思うのは当然だよ」

 雨くんが急に柔和な表情になり、川上陽菜をそっと抱きしめた。

「そうよ、だから武彦さんのスマホに爆弾を仕込んだのよ。わかってくれるのね。晴人は私の息子よ。私の価値をわからないような奴らはみんな死ねば良い」

 私は雨くんのことを急に晴人と呼び出した彼女に寒気がした。

 まるで、今、自分は彼を息子と認めてやったかのような態度だ。

 彼女は今までたくさんの男を拐かしてきたように、自分の息子もその手練手管でなんとかなると思っているのだろう。

「守屋健斗はバカだよね。若いってだけで晴香姉ちゃんを選ぶなんて」

「そうなのよー。わかってくれるのね、晴人は。真希ちゃんもブスでバカなのに若いだけで、エリート弁護士を捕まえてるなんて許せないでしょ! 間違っているでしょ! ブスは一生1人で寂しく死ぬのがお似合いなのよ」

 私は自分が彼女のターゲットになった理由を知った。

 彼女の夫だった川上武彦は東京では有名な敏腕弁護士だった。

 敏腕弁護士の川上武彦と、天才システム開発者川上陽菜は羨望を受けるカップルだった。
 彼女は男にしろ女にしろ皆が自分の方を向いていないと気が済まないのだ。

 彼女は自分の夫が私の母に取られたのが許せなかったのだろう。
 その時の気持ちが、聡さんが私に思いを寄せたことで蘇ったに違いない。

 私は聡さんとの仲を嫉妬されて、彼女のターゲットになったのだ。

 聡さんの部屋には雨くんにより、複数の盗撮目的のカメラが設置されてそうだ。
 恐らくその映像は川上陽菜に転送され、彼女は私をどうしたら苦しめられるか観察してたのだ。

 ふと聡さんの方を見ると、彼の瞳は心配そうに私を見つめている。
 私が自分の想いのせいで傷つけられたことを気に病んでいるのだろう。

 彼は本当に外見も内面も素敵で、泥水を飲んできた私とは関わらない方が良い人だ。
 手放してあげるのが最善なのに、私はいつも細い糸を残しながら彼に私から離れる選択をさせないように誘導している。

 川上武彦が東京での仕事を捨て、福岡に私の母と逃げたが彼の仕事はうまくいかなかった。
 彼は弁護士で手に職があるから、どこでもやっていけるという見通しだったのだろう。

 しかし、地元出身で信用を築いてきた同業者を前に、弁護依頼は来なかった。

 私の母と川上武彦は困窮し、私の祖父に恥を忍んで経済的支援を求めなければいけないほどだった。

 一方、システム開発といった分野を仕事にしていた私の父と川上陽菜は新天地である札幌でもうまくいった。

 彼女のことだから、自分のことは棚にあげ自分を裏切った夫と私の母を恨んだはずだ。
さぞかし2人が苦しむのを聞いては、ほくそ笑んだだろう。

 私が3人を殺害した言質を改めて取ろうとした時、勢いよく店の扉が開いた。

「川上陽菜! 少女売春斡旋の容疑で署までご同行願いたい」
 警察官がゾロゾロと部屋に入ってきて、川上陽菜に迫る。
「えっ? ちょっと、何よ!」
 彼女は見たことないくらい動揺していた。

 雨くんが事実を掴み、別件でも彼女が逮捕されるように通報でもしたのだろうか。
 ふと、彼の方を見るとウインクで合図された。

 私の弟はとても賢い子だったらしい。
 しかしながら、3人の殺害容疑を立証できるものがないのが悔やまれる。

「俺もついていきます。お話しをしたいことがあるので⋯⋯」

 雨くんが警察に言った言葉に私は血の気が引いた。
 彼は自分の罪も自白し、川上陽菜と心中するつもりなのだろうか。

すると、そんな雨くんを遮るように聡さんが立ち上がった。

「弁護士の五十嵐聡と申します。川上陽菜が先のススキノの火災事件の実行犯だと自供しました。私はこの後予定があるので、何か聞きたいことがあればこちらまで連絡ください」

 私はいつの間にか弁護士バッチをつけて名刺を差し出している聡さんに釘付けになった。

 彼がポケットからボイスレコーダーを出して、警察に渡している。
(ボイスレコーダーを持ち歩いてたの? さっきの自白が録音できているなら、川上陽菜の罪の証拠になるわ)

 警察官たちが会釈をして、川上陽菜を連れてドアの向こうへと消えていく。
(終わったの?)

「雨! 博多に行ったのにラーメン1つ食べれず札幌に来たんだ。美味しいラーメン屋に案内してくれないか?」
「聡さん⋯⋯俺、5件くらいおすすめありますけど」
「全部案内してほしいよな。真希!」
 私は2人が私に笑顔で語りかけながら差し出した手を、胸いっぱいな気持ちで握り返した。