ススキノに突然現れた川上陽菜を私は口汚く罵った。
 そうすることで、雨くんに良い母親ヅラしている彼女の失言を誘った。

 隣にいる聡さんが、そんな私を見て幻滅しているのではないかと不安になった。

 私は雨くんが守ろうとしているのは私だと気がついてしまった。

 私は自分が彼の体の傷を見た時に、可哀想アピールをしていると罵ったのを思い出した。

 あの時の彼は、恐らく姉である私に自分の心の傷に寄り添って欲しかっただけだ。

 私たちは雑居ビルの地下1階にある『HARU』という店に入った。
 どうやらここは川上陽菜がママをやっている店らしい。
 ふと見ると彼女の表情には余裕があった。
(何? 次の作戦でも考えてるの?)

 彼女は悪魔のような化け物だが、その計略や知能はずば抜けている。

 私の予想が確かなら、3人も人を殺しているのに何も咎められていない。

 赤いベロア調のソファーのボックス席に座るように促されたので、私と聡さんは川上陽菜と雨くんの向かいに座った。

 彼女の顔が先ほどの焦った顔から、澄ました顔に戻っているのが気がかりで我慢できなくなり彼女を煽ることにした。

「今、お店のママになってるんですね。中洲からススキノに移動したのは何故ですか? 福岡は可愛い子が多いから流石に負けを悟りましたか? でも、美容整形率が低い札幌だと悪目立ちしてますよ」
「真希ちゃんは、ブスなんだから整形したら? そんな顔で生きているだけで迷惑よ」

 私の煽りに全く動じていない彼女にげんなりした。

「真希はブスじゃない! 世界一可愛いよ」
 聡さんがカットインしてきたので、思わず彼の方を見る。

 彼が「しまった、言ってしまった」という表情で口元を抑えているので笑いそうになった。
(私の外見を言及しないように気を遣ってきたのに、失敗したね。聡さん⋯⋯)
 私はそんな彼を見て、可愛くて愛しいと感じた。

「札幌のキャバクラってニュークラっていうんですよね。お触りが許されるって聞きますけど、その偽乳の評判は上々ですか?」

「真希ちゃんは貧乳みたいだから、豊胸でもしたら? そんな幼児体型じゃ、男は満足させられないわよ」

 急に足を組んで自分の色気をひけらかすように言ってくる川上陽菜に寒気がした。

「陽菜さん、下品なことを真希姉ちゃんに言わないでくれ。気持ち悪くて聞いてられないよ」
 雨くんがゴミを見るような目で川上陽菜を見つめながら言った言葉に、彼女が一瞬青ざめた。

 彼は私が性的なことに嫌悪感を持つことに気づいているかもしれない。
 だから、私が今の彼女の言葉に傷ついたのではないかと察して守ってくれたのだ。

 私はふと会話を録音しようとカバンの中のスマホをのぞいた。
 すると画面が真っ暗になっている。

 そっとカバンに手を入れて電源をつけようとするが、一向に電源が入らない。
 恐らく、この店内にスマホに障害が出るような電波がはられているのだろう。

「雨は私の味方のふりしてただけってこと? じゃあ、真希ちゃん襲おうとしたのも演技ってわけ? 体型崩しながら産んでやったのに、そんなに恩知らずな子なの?」

 私は突然大きな声を出して、雨くんを鬼の形相で罵り出した川上陽菜に驚いた。

 私を襲うように彼女が雨くんに指令を出していたということだろうか。

 確かに私は雨くんに押し倒されたことはあったが、あれを襲われたと私は認識していない。

 でも、あれを襲われそうになったと聡さんが誤解したのを思い出した。
 あの部屋に監視カメラが設置されていて、私を襲おうとしたように雨くんが意識的に彼女に見せた可能性がある。

「血の繋がった姉を襲うわけないだろ。何が、失恋で傷ついている女を体で慰めてやれだよ。血が繋がってる事実を隠して、後で明かして真希姉ちゃんを傷つけたかったんだよな。このクズが!」

 私が雨くんのパソコンで見たやりとりにはない、会話が2人の間で交わされていたようだった。

 よく考えれば解析されたら見られたらまずいやり取りのあるパソコンを無防備に彼が置きっぱなしにするはずもない。

 そして、雨くんによれば彼女のターゲットは今、私のようだ。

「雨は知らないの? 正体を知らないまま出会うと姉弟って惹かれ合うらしいわよ。本当は欲情しあってたんでしょ」

 ケラケラと笑いながら言う川上陽菜の目的は私を傷つけることだ。
 彼女は自分が幼い頃、私にした事がどれだけダメージを与えたかにも気がついてなさそうだ。
 でも、そんな弱みを見せたら、彼女を喜ばせるだけだ。

「私は雨くんを可愛い弟だと思ってますよ。おばさんは何をしたいんですか? まあ、娘に男が取られたからって、嫉妬で殺すような女の気持ちなんてどうでも良いですけど⋯⋯」

 なんの証拠もないのに、私は父と晴香ちゃんと川上武彦を殺したのは川上陽菜だという確信があった。

「嫉妬なんてしてないわよ。私はいつだって間違いを正してきたの。人に媚びて生きてきた真希ちゃんには、何が間違いかも分からないでしょ。あんたの母親もそうだった。純粋でおとなしそうな顔をして人の夫を寝取るようなアバズレじゃない!」

 川上陽菜の地雷を踏んでしまったのか、彼女の目は血走っていた。