「保育補助として働くの?」

 戸部マリア28歳、今、私は山田真希ちゃんが気になっている。

「はい、今日の午後から『月の光こども園』の保育補助として働きます」

 山田真希ちゃん23歳は、うちの所長である誰もが惚れる岩崎聡に落とせなかった唯一の女だ。

 ちなみに、私、戸部マリアは女が好きなので例外だ。

 そして、最近の私のブームは山田真希ちゃんだ。
(恋ってほどの気持ちはまだ持っていない。彼女が未確認生物で理解ができないら気になって仕方がないだけ⋯⋯)

「痛いの嫌だと言っていたけれど、豊胸手術でもしたのかな?」

 真希ちゃんの胸元にはくっきりとした谷間があって、胸にはボリュームがあった。

 私は声で彼女だと認識できるのけれど、認識できない人がいるんじゃないかというくらい彼女は今、昨日とは顔も雰囲気も違う。

 今日の真希ちゃんは、保育補助として働くにはTPOをわきまえれてないような頭の軽そうなチャラいおっぱい美女だ。

(昨日までは清楚な女子アナみたいな可愛い顔だったのに)

「谷間は必死に背中の肉を持ってきて作りました。胸の膨らみは低反発マクラで作成しています」

 真希ちゃんの日替わりの変化は極端だ。
 骨格は真希ちゃんなのに、持っている雰囲気が違う。

 ファッションも昨日は清楚系、今日は胸元を強調したセクシーなミニスカート姿だ。

「昨日とはまるで別人だね。可愛い系から美人系になってる。きっと上手くいくよ」
私が明るく言った言葉に真希ちゃんの顔が曇る。

 聡に真希ちゃんは繊細な子だから、言動は細心の注意を払うように言われていた。

(何か私は彼女を傷つけることを言っただろうか?)

 私の目には真希ちゃんは明るく大らかな子に映っている。
 固定観念は捨てて彼女と接したいが、調べ上げた彼女の複雑な家庭環境で影なく明るい人格が形成されるかは疑問だ。

(彼女の婚約者への執着からは底知れない闇を感じたわ⋯⋯)

「私はハニトラを仕掛けるつもりはありません。私はこの姿で鈴木佳奈とツーカーの仲になって来ます」

 同僚になって似たもの同士のルックスで近づいて、鈴木佳奈と偽りの友情を築くつもりなのだろうか。

 真希ちゃんは初めての仕事なのにサポートは不要と言っていた。
 どうやら彼女は彼女のやり方で、鈴木佳奈と漆原俊哉を別れさせるつもりらしい。

「そういえば、今日は雨くんも岩崎所長もいないんですね」
「うん、今2人とも外回り」
 今、雨は実働部隊で仕事中で、聡は本業に行っている。

「すみません。あの『別れさせ屋』って本当に別れさせてくれるんですか?」

 突然、扉が開いたかと思うと小柄な小動物系の女の子が入ってきた。

「もちろん。何か困ったことでもあるのかしら?」
 私はその女の子に近づいて、ソファーに誘導する。
 外のこっそり掲示している看板でも見たのだろうが、飛び入りで依頼者がくるのは珍しい。

「まずは、こちらに必要事項を記入してください」

 真希ちゃんは、いつの間にか、お客さんにお茶を淹れながら紙を出していた。
(何、その紙、自作?)

「槇原美奈子さんとおっしゃるのですね。私立の薬学部の1年生ですか。もしかして、将来は結婚してパートで調剤薬局で働いたりしたいとか思ってますか?」

 真希ちゃんが笑顔で会話を始める。
 槇原さんが釣られて笑顔になるのがわかる。

「はい、その通りです。時給も高くて楽そうな仕事ですよね。運よく薬学部に合格したのですが、学費が本当に高くて親の援助も受けれずバイトで何とか賄ってたんです。それで、バイト先でストーカー被害にあいました。警察にも相談したのですが取り合ってもらえなくて困っているんです」

「バイトとは風俗ですか? 美奈子さんから特徴的なボディーソープの香りがします。以前いた会社で、風俗通いが趣味の同僚からした香りと同じです」

 真希ちゃんの問答無用の返しに思わず、飲んでいたお茶が器官に入ってむせてしまった。

 私は別に特に槇原さんから特有の香りがするとは感じない。
 真希ちゃんの嗅覚はかなり敏感なのだろう。

(聡が真希ちゃんは面白いと言っていたけど、この子面白過ぎる⋯⋯)

「は、はい。そうです」
「お店の名を教えてください」

 恥ずかしがる槇原さんは、真希ちゃんの耳元でおそらくお店の名前を囁いた。
(え、なんで私、『別れさせ屋』の古株なのに蚊帳の外になっているの?)

 真希ちゃんは淡々とパソコンで何かを検索している。

「源氏名はミーナさんですね。ネットの掲示板での評判はかなり良いですね。風俗とはなかなか色々なオプションがあるのですね」

 処女であるはずの真希ちゃんはなぜだか、風俗のサービスに興味があるようで画面をガン見している。

「あの、恥ずかしいです。あまり、見ないでください」
「恥ずかしがることはないです。でも、やめた方が良いかも知れませんね」

「そうですよね。最近、彼氏ができて仕事をすることに罪悪感も出て来ました。その上、ストーカーまでついちゃって、どうしたら良いのか」

 槇原美奈子が完全に真希ちゃんに心を許しているのがわかる。
(真希ちゃんは人と距離を詰めるのが上手いって聡が言っていた⋯⋯)

「違います。やめた方が良いのは私立の薬学部の方です」
「はい?」
「薬剤師がパートの主婦にも美味しい仕事だった時代は終わりました。それは薬学部が4年制だった時までです。今は6年制ですよね。卒業まで2000万円くらい学費がかかるのではないですか?」

「その通りです。うちは親の仕送りもなく、学費も自分でなんとかしなければなりません。でも、せっかく合格したので卒業したいです」

「6年後、国試がありますよね。槇原さんの私大は国試に一発合格している合格率が低いです。浪人して予備校に通うとプラス200万円はかかりますよ」

「そこは一発合格できるように頑張りたいです。本当に浪人とかしている余裕はないので」

「さらに薬剤師の国家試験ですが、今見たところ年度によって難易度にかなり波がありますね。難易度が低く合格率が高かった時は、有資格者でも就職で苦労しています」

 真希ちゃんのネットの検索能力が恐ろしく高い。

 そして、彼女は次々に薬剤師になるネガティブ情報をプレゼンテーションのように画面を表示しながら槇原さんに見せていく。

「そうなんですか? 有資格者になれば就職活動は楽だと思ってました。私、面接ってあまり得意じゃないんです。なんか評価されるって思うと緊張しちゃって」

「緊張しているくらいの方が初々しくて好まれたりすることもありますよ。それよりも、薬剤師はAIに代わられると言われる筆頭のお仕事です。AI(エーアイ)って分かりますか?アーティフィシャル・インテリジェンス人工知能のことです」

 真希ちゃんの英語の発音が妙に抜群で吹き出しそうになってしまう。

 今、ストーカー相談を受けているはずなのに完璧に槇原さんの進路相談になっている。

「AI(エーアイ)、分かります。昔、AI(エーアイ)を題材にした映画を見ました。もしそうなったら、将来的に彼氏も薬剤師志望なので、共倒れしてしまうかも知れませんね」

「今の彼氏とご結婚もお考えなのですね。ちょっと彼氏さんのお顔を拝借させて頂けますか」

 真希ちゃんの言葉に槇原さんはスマホの画面を見せて写真を見せた。

 結構極端で不愉快になることを真希ちゃんは槇原さんに言っている。
 しかし、槇原さんはどんどん真希ちゃんに傾倒して来ているのが分かる。

「この彼氏、昨日18時半頃、槇原さんがお勤めの風俗店の近くの無料案内所からお友達2人と出てくるのを見ました。彼に風俗で働いていることは伝えてますか?」

「えっ? 伝えてません。バレたら軽蔑されますよね。絶対に嫌です。それに彼、真面目そうなのに風俗に行ってたんですか? なんか不潔」
 槇原さんは泣きそうな顔になり、手が震え出してしまった。

 そして、自分は風俗勤めなのに彼氏が風俗に行くのは不潔だと考える彼女に引いてしまう。

 私はそれよりも真希ちゃんが、槇原さんの彼氏を見たと断言しているのが気になった。

(普通、知らない人間を見ても目撃したと記憶に残らないわ。やっぱり、真希ちゃんは普通の子じゃない!)