「寒い! まだ冬じゃないのに」
真希は新千歳空港に着いた途端震え上がっていた。
俺は彼女に自分のジャケットを被せる。
「聡さんは寒くないんですか?」
「俺は大丈夫。鍛えてるから」
「体脂肪率、低い方が寒いはずですよ」
真希が俺の腕を何度か絞るように掴んできて、うっすらと笑う。
本当は同じ国とは思えないくらいアホみたいに寒いと感じている。
でも、真希が寒がっていて俺のジャケットであったまってくれるなら十分だ。
「本当にあったかい。聡さんのジャケット、気密性バッチリですね。とりあえずコンビニでホッカイロ買ってから出陣しましょ」
俺の痩せ我慢は彼女にバレていたようで、彼女がホッカイロを買うなり俺のジャケットにカイロを仕込んで返してきた。
彼女が気を遣わなくて良い存在になりたいのに、また気を遣わせてしまった。
「川上陽菜を網走刑務所に入れられるといいな」
「もう、網走刑務所は観光地になってますよ。修学旅行で行きませんでしたか?」
「俺、修学旅行はロンパリローマだったから」
俺の返答に「セレブですねー」と揶揄うように彼女が笑う。
俺は彼女の笑顔を守りたいと強く願った。
ススキノにつくなり、真希は俺の肩にもたれかかるように静かに甘えてくるようになった。
昼間のススキノはいかにもここは夜の街だと示すように、人が少ない。
地面に散らばった風俗店のチラシが落ち葉と共に風で舞うのが見えた。
「夜のK点越えですって。看板1つとっても地域性があって面白いですね」
「本当にくだらないな」
俺は彼女が欲望に溢れる街にいるだけで傷つく気がして、居た堪れなくなっていた。
「聡さん。そんなに気を遣わないでください。私、結構強い子ですよ」
真希が小首を傾げながら俺に笑いかけるので、俺もそれに合わせて笑顔を返した。
「あの店だな」
全焼して周囲の店にまで被害を及ばせた真希の父親が死んだ店の前まで来た。
その時に、妙に艶っぽい声が後ろから聞こえてきた。
「もしかして、真希ちゃん? お父さん残念だったわね、供養に来たのかしら」
振り向くと恐らく川上陽菜と、その横には無表情で俺たちを見つめる雨がいた。
(真希の予想が外れた? 雨と川上陽菜は身を寄せるくらい近い存在だったのか)
俺は真希が動揺しているのかと思い、彼女の表情を覗き見た。
すると彼女は見たこともないような冷たい表情を浮かべながら、うっすらと笑った。
「おばさんは誰ですか? 私の父のお知り合い?」
真希は突然、川上陽菜を挑発し始めた。
川上陽菜は明らかに衰えてく自分を認められないのか、顔にヒアルロン酸を打ちまくってパンパンになっている。
そんな彼女を傷つけるようにわざと老いを指摘する真希を、川上陽菜が睨みつけた。
「私のこと忘れちゃったかしら⋯⋯」
「もしかして、川上陽菜さんですか? 今は林田? どちらでも良いですね。一体どこの老婆かと思いました。よくうちで私の父と裸で抱き合ってましたよね。汚いケツだなって眺めてたのを思い出しました」
俺は普段とは違い乱暴な言葉遣いを始めた真希に驚いてしまう。
そして、俺は雨が少し心配そうに真希を見ているのを見逃さなかった。
俺は彼と2年近く一緒に住んでいるが、真希が現れてからの彼は少しおかしかった。
彼は俺とマリアとは異なり『別れさせ屋』の仕事をそれまでは楽しんでいるように見えた。
そんな彼を見て、俺は彼のことを女を口説き落とすのをゲームのように楽しんでいる年頃の男の子だと思っていた。
しかし、俺が真希に接触している時、ふと遠くから監視する彼の表情を見たら暗かった。
(もしかして、真希が気づいたように雨も真希が姉だと気が付いてないか?)
「本当に失礼な子。そんなんだから、親にも捨てられるのよ」
言い捨てるように言った川上陽菜の言葉に、俺は真希が傷つかないか心配になった。
「0歳の俺も失礼な子だった? だから捨てたの? 陽菜さん」
雨の突然の発言は、恐らく川上陽菜にも真希にも予想外だったようだ。
真希が一歩後ずさって、俺の服の裾を掴んでいる。
彼女の手が震えていて、俺はその手に手を重ねた。
「何を言ってるの? 私が可愛いあなたを捨てる訳ないじゃない」
「晴香姉ちゃんだけ連れていったのは、手のかかる俺を捨てたかったからだよね。だから夫に預けたけれど自分の子じゃないことを知っていた彼は、俺を赤ちゃんポストに入れた」
「えっと、ちょっと何を言ってるの? 私の可愛い雨」
甘えたような声を出して、川上陽菜が雨の腕に胸を擦り付けている。
それを穢らわしいものを見るように一瞥した雨は、そっと彼女から離れた。
「俺の本当の名前は晴人だよね。俺が思ったような子じゃなかったから、自分の作ったシステムに『HARUTO』ってつけたの? 思い通りになる晴人が欲しかったわけだ。赤ちゃんの俺って泣きっぱなしで手がかかったんでしょ。施設の人がよく苦労話してた。赤ちゃんポストに入っていた時の俺は傷だらけだったって言ってたよ、陽菜さんがやったんでしょ」
川上陽菜が2人の子育てに追われながら、社内管理システムを開発したというインタビュー記事を思い出した。
彼は雨という名は、施設の人がよく泣く彼につけたと言っていた。
彼は自分の本当の名前を奪われ、真逆のような名前で暮らしていたということだ。
「違う! それは本当に私じゃないわ。武彦がきっとやったのよ。あの人、私にも暴力を振るってたの」
「本当に嘘ばっか⋯⋯ここじゃ人がいるから後は陽菜さんの店で話そっか。ついて来て、真希姉ちゃん」
真希が目に涙をいっぱい溜めていて、頷いた瞬間にこぼれ落ちるのが見えた。
(今、雨が真希を真希姉ちゃんって呼んだよな⋯⋯)
真希が何を考えているのか俺には想像できないが、俺はどんな時も味方だと伝えたくて彼女の手を握りしめた。
真希は新千歳空港に着いた途端震え上がっていた。
俺は彼女に自分のジャケットを被せる。
「聡さんは寒くないんですか?」
「俺は大丈夫。鍛えてるから」
「体脂肪率、低い方が寒いはずですよ」
真希が俺の腕を何度か絞るように掴んできて、うっすらと笑う。
本当は同じ国とは思えないくらいアホみたいに寒いと感じている。
でも、真希が寒がっていて俺のジャケットであったまってくれるなら十分だ。
「本当にあったかい。聡さんのジャケット、気密性バッチリですね。とりあえずコンビニでホッカイロ買ってから出陣しましょ」
俺の痩せ我慢は彼女にバレていたようで、彼女がホッカイロを買うなり俺のジャケットにカイロを仕込んで返してきた。
彼女が気を遣わなくて良い存在になりたいのに、また気を遣わせてしまった。
「川上陽菜を網走刑務所に入れられるといいな」
「もう、網走刑務所は観光地になってますよ。修学旅行で行きませんでしたか?」
「俺、修学旅行はロンパリローマだったから」
俺の返答に「セレブですねー」と揶揄うように彼女が笑う。
俺は彼女の笑顔を守りたいと強く願った。
ススキノにつくなり、真希は俺の肩にもたれかかるように静かに甘えてくるようになった。
昼間のススキノはいかにもここは夜の街だと示すように、人が少ない。
地面に散らばった風俗店のチラシが落ち葉と共に風で舞うのが見えた。
「夜のK点越えですって。看板1つとっても地域性があって面白いですね」
「本当にくだらないな」
俺は彼女が欲望に溢れる街にいるだけで傷つく気がして、居た堪れなくなっていた。
「聡さん。そんなに気を遣わないでください。私、結構強い子ですよ」
真希が小首を傾げながら俺に笑いかけるので、俺もそれに合わせて笑顔を返した。
「あの店だな」
全焼して周囲の店にまで被害を及ばせた真希の父親が死んだ店の前まで来た。
その時に、妙に艶っぽい声が後ろから聞こえてきた。
「もしかして、真希ちゃん? お父さん残念だったわね、供養に来たのかしら」
振り向くと恐らく川上陽菜と、その横には無表情で俺たちを見つめる雨がいた。
(真希の予想が外れた? 雨と川上陽菜は身を寄せるくらい近い存在だったのか)
俺は真希が動揺しているのかと思い、彼女の表情を覗き見た。
すると彼女は見たこともないような冷たい表情を浮かべながら、うっすらと笑った。
「おばさんは誰ですか? 私の父のお知り合い?」
真希は突然、川上陽菜を挑発し始めた。
川上陽菜は明らかに衰えてく自分を認められないのか、顔にヒアルロン酸を打ちまくってパンパンになっている。
そんな彼女を傷つけるようにわざと老いを指摘する真希を、川上陽菜が睨みつけた。
「私のこと忘れちゃったかしら⋯⋯」
「もしかして、川上陽菜さんですか? 今は林田? どちらでも良いですね。一体どこの老婆かと思いました。よくうちで私の父と裸で抱き合ってましたよね。汚いケツだなって眺めてたのを思い出しました」
俺は普段とは違い乱暴な言葉遣いを始めた真希に驚いてしまう。
そして、俺は雨が少し心配そうに真希を見ているのを見逃さなかった。
俺は彼と2年近く一緒に住んでいるが、真希が現れてからの彼は少しおかしかった。
彼は俺とマリアとは異なり『別れさせ屋』の仕事をそれまでは楽しんでいるように見えた。
そんな彼を見て、俺は彼のことを女を口説き落とすのをゲームのように楽しんでいる年頃の男の子だと思っていた。
しかし、俺が真希に接触している時、ふと遠くから監視する彼の表情を見たら暗かった。
(もしかして、真希が気づいたように雨も真希が姉だと気が付いてないか?)
「本当に失礼な子。そんなんだから、親にも捨てられるのよ」
言い捨てるように言った川上陽菜の言葉に、俺は真希が傷つかないか心配になった。
「0歳の俺も失礼な子だった? だから捨てたの? 陽菜さん」
雨の突然の発言は、恐らく川上陽菜にも真希にも予想外だったようだ。
真希が一歩後ずさって、俺の服の裾を掴んでいる。
彼女の手が震えていて、俺はその手に手を重ねた。
「何を言ってるの? 私が可愛いあなたを捨てる訳ないじゃない」
「晴香姉ちゃんだけ連れていったのは、手のかかる俺を捨てたかったからだよね。だから夫に預けたけれど自分の子じゃないことを知っていた彼は、俺を赤ちゃんポストに入れた」
「えっと、ちょっと何を言ってるの? 私の可愛い雨」
甘えたような声を出して、川上陽菜が雨の腕に胸を擦り付けている。
それを穢らわしいものを見るように一瞥した雨は、そっと彼女から離れた。
「俺の本当の名前は晴人だよね。俺が思ったような子じゃなかったから、自分の作ったシステムに『HARUTO』ってつけたの? 思い通りになる晴人が欲しかったわけだ。赤ちゃんの俺って泣きっぱなしで手がかかったんでしょ。施設の人がよく苦労話してた。赤ちゃんポストに入っていた時の俺は傷だらけだったって言ってたよ、陽菜さんがやったんでしょ」
川上陽菜が2人の子育てに追われながら、社内管理システムを開発したというインタビュー記事を思い出した。
彼は雨という名は、施設の人がよく泣く彼につけたと言っていた。
彼は自分の本当の名前を奪われ、真逆のような名前で暮らしていたということだ。
「違う! それは本当に私じゃないわ。武彦がきっとやったのよ。あの人、私にも暴力を振るってたの」
「本当に嘘ばっか⋯⋯ここじゃ人がいるから後は陽菜さんの店で話そっか。ついて来て、真希姉ちゃん」
真希が目に涙をいっぱい溜めていて、頷いた瞬間にこぼれ落ちるのが見えた。
(今、雨が真希を真希姉ちゃんって呼んだよな⋯⋯)
真希が何を考えているのか俺には想像できないが、俺はどんな時も味方だと伝えたくて彼女の手を握りしめた。