「中洲のルールを守らない人にはときめかないの!ですって、これ某アニメのキャラのセリフをパクってますが許可は取ってるんですかね弁護士さん」

 真希が中洲の無料案内所の前で、楽しそうに俺に語りかけてくる。

 彼女は自分を醜いと思っているが、実はかなり唆る容姿をした可愛い女の子だ。
 だから、彼女を欲望渦巻く街に連れてくるのは気が引けた。

 周囲にいる男の視線が彼女の意図に反して、彼女に集まるのがわかる。

「許可はとってないだろうな。今日は、もう遅いからホテルで休まないか?」

「ホテルの部屋をとらなきゃですよね。某アイドルのドームコンサートとぶつかってこの辺のホテルは満室みたいですよ」

 俺も飛行機に乗った時にホテルの空室状況を調べたからその事実は知っている。

「野宿でもしますか? あそこの公園のトイレで横浜からきた出張客がリンチにあったらしいですよ。結構治安悪そうですね」

 真希は俺に最終便で東京に帰るように促しているのだろう。
 自分にもう関わるなと彼女の目がいっている。

 しかし、一方でふと俺に縋るようにしがみついて眠る彼女が忘れられない。

 俺の前では真希はすっぴんを晒すようになった。
 それが俺にとっては彼女が気を許してくれているようで、特別な存在になれたと感じられて嬉しい。
 彼女のすっぴんは年の割には幼く、とても可愛い。

「別に夜なんてどこでも明かせるだろ」
「まあ、最悪インターネットカフェにでも入れば良いですね」
 俺はふと電話の着信を受けているのに気がついた。
 先ほどキャンセルはないかと問い合わせたホテルからだった。

「ちょっと電話でるから、待ってて」

 俺は真希に断って電話に出ると、ちょうど空室が1室でたということだった。
 ダブルベッドの部屋で彼女と過ごさなければいけないが、そこで手を出さなければ彼女の信頼が得られるだろう。

「どこの店で働いてるの? 絶対に行くんだけど」
 ふと、振り向くと真希が3人の男から声を掛けられていた。
 彼女はああいったことが苦手だから心配になり、急いで近づいた。

「さあ⋯⋯それよりも、昔は美人だっただろう整形お化けのハルナがいる『SHINE』という店に行って見たいです。昔、私を虐めてくれた彼女を見て笑いたい気分なの」

 真希が男たちを誘惑するような目で見つめている。
 男たちが深淵を見つめるような彼女の魅惑的な視線に、取り込まれていくのが分かった。

 俺はそんな彼女の姿に居た堪れなくなって声を掛けそうになった。

 しかし、これは彼女が自分を殺して川上陽菜に近づく作戦なのだろうと思って耐えた。
(ヤキモチなんて妬いてちゃダメだ⋯⋯それは異性に対する感情だ)

「真希! 部屋が取れたから先にホテルに戻ってるな」

「ありがとう、お兄ちゃん。じゃあ、行こう」
 俺が真希に話しかけると彼女は俺の妹を装って、男たちと夜の街へと消えていった。
(確かに女1人でキャバクラは入りずらいもんな)

 嫉妬の気持ちで心がおかしくなりそうになるのを抑えながら、俺は真希に予約のとれたホテルの場所をメールした。

 ホテルの部屋に入り、シャワーを浴びてボンヤリとニュースを見ながら真希が来るのを待つ。
 彼女が欲望の渦巻く街で、どれだけ身をすり減らしてるかを考えるだけで気がおかしくなりそうだった。

 0時を過ぎた頃、ホテルの部屋をノックする音がして扉を開けた。

「はあ、残念すぎです。川上陽菜はもう北海道に行ってました。今はススキノで働いているそうです⋯⋯」

 彼女は部屋に入った途端、ダブルベッドとバスローブ姿の俺を交互に軽蔑するような目で見つめた。

「いや、この部屋しかなかったんだ」
「知ってますよ。この辺りは、今日は満室ですし⋯⋯」
 真希は目を伏せて少し笑うと、俺の首に手を回して唇に口付けてきた。

 その柔らかい感触に一瞬クラクラするも、俺は真希に見限られたかもしれないという恐怖に襲われた。

「シャワー浴びてきますね」

 彼女は自分がどんな表情をしているか気がついているだろうか。
 まるで、処刑台に送られるような表情をしている。
 彼女は俺に一瞥も向けないまま、備え付けののバスローブを持って浴室に消えてった。

「俺はそんなつもりじゃない。真希が側にいるだけで幸せなんだ」
 どうしたらその気持ちを伝えられるかが分からない。

 まだ、彼女に欲情してばかりだが、それを一生抑えようと思うくらい彼女を大切に思っていることを伝えたい。
 俺は徐に身につけたバスローブを脱いで、スーツに着替えて床に横たわった。
(ただ俺の側にいるだけで良いことを、彼女に伝えなければ⋯⋯)

 俺は1日の移動で疲れていたからか、そのまま床で寝入ってしまった。

♢♢♢

「聡さん! 起きてください。私は今から北海道に向かいますが、聡さんはこのまま福岡観光でもしますか?」

 俺の顔を覗き込む彼女は、安心し切った幼い子供のような顔をしている。
 その顔を見て俺は彼女の誤解を解くことができたと安心した。

「スーツで寝るなんて、福岡で朝イチの仕事でも入れてましたか?」
 俺の顔をツンツンしながら、楽しそうにする彼女が愛おしい。

 ずっと気が張って生きてきたような彼女のこんな顔が見られるのなら、俺はいくらでも頑張れると思った。