「真希、大丈夫か?」

「私は大丈夫ですよ。でも、元恋人との対応の仕方のお手本は見せられなかった気がします」

 真希の表情を見て、あまり元気な感じはしなかった。
 明らかに未練がありそうな原さんを、うまく突き放す予定だったはずだ。

 しかし、彼女は彼の家族がバラバラになったと聞いて動揺したように思えた。

 真剣に彼の母親を心配し、彼の事をいなしていた。
(あんな真摯な対応をされたら、原さんは真希を引き摺り続けるだけだ⋯⋯)

 彼女を知れば知るほど、彼女の抱えるトラウマは大きく側にいるには覚悟が必要だと思った。
 彼女は原さんに拘っていたのではなく、家族に拘っているのだと分かってしまった。

 真希には不思議な魅力があって、彼女の情の深さや繊細さに触れるにつれ惹かれてしまう。
 俺は今彼女に異性として惹かれているが、彼女が性的なものに拒否反応があるのだから彼女を女として見ると傷つけるだけだ。

 真希の敏感な感覚が俺の欲情を感じ取り、不快な顔をするのを何度も見てきた。

 だから、俺は今自分の気持ちを恋から愛に変える努力をすることにした。

 真希が欲しがっている、家族は俺が作る。
 彼女の側にいたいのならば、俺が変われば良い。

「そうだ! デートだけど、ファンタージーランドにでも行くか?」
「行きません。今から、福岡に行って川上陽菜、今は林田陽菜になっている彼女に会ってきます」
 真希は札幌の火災の犯人も、マリアを脅している犯人も川上陽菜だと言い切っている。

 川上陽菜はイガラシフーズを始め大手企業が導入している社内管理システム『HARUTO』の開発者だ。

 彼女のインタービュー記事を見たことがあるが、女優のように美人で自信に溢れていた。

 そんな彼女が子供を捨てて真希の父親と逃げた挙句、自分の娘と元不倫相手と元夫を殺したというのが真希の推理だ。

 才能にも美貌にも恵まれた女が、赤の他人であるマリアを長期に渡り脅し人殺しまでするというのは俺には信じ難い。

「94パーセント姉と弟の関係が認められました。私と雨くんは血が繋がっています」
唐突な真希の告白に、俺は世界の狭さを感じた。

 雨は真希の父親と川上陽菜の子だということだ。
(それが、雨だけ赤ちゃんポストに捨てられた理由? いや、そんなのは赤子を捨てる理由になどならないだろう)

「聡さん。ここでお別れです。聡さんは知らなくて良いような汚い世界と関わる必要はありません」
真希はいつも俺を突き放そうとする。

 きっと、俺の彼女に対する気持ちが見透かされているからだろう。

 最初、ターゲットとして接触した彼女は話も面白くて知識も豊富で魅力的な女性だった。
 少しずつ彼女に惹かれていき、いつしか彼女がターゲットという事を忘れそうになった。

 しかし、彼女は一向に俺に落ちるそぶりはなく、原裕司に固執した。
 その時、初めてヤキモチ的な感情を自分が抱くことがあることを知った。

 彼女は自分の容姿を醜いと誤解しているが、とても唆る見た目をしている。
 彼女の仕草の可愛らしさや、どこか影のある色気は俺を惹きつけた。

 そんなわけで俺はすっかり彼女の虜になってしまったが、俺の恋心は彼女にとって不快なものだった。

 彼女に欲情する気持ちを常に抑えていたが、それでも溢れそうになってしまうことがあった。

 でも、そんな俺の苦しみは、真希の抱えるものに比べればなんてことなかった。

 親の不貞行為の目撃したことによる彼女のトラウマは一生克服できないかも知れない。

 彼女はわずか5歳でトラウマを負って、自分が成長して女として見られるにつれ傷を深めてきたのだ。

 俺は真希を知って、愛しいという感情を知った。

 一生守りたいと彼女に伝えたいのに、その気持ちに少しでも情欲が混じると彼女を傷つける。
 だから、完全にこの気持ちを恋から愛に変えるまでは、ただ彼女に寄り添って味方でいることにした。

「真希は福岡に行ったことあるの? 俺は何度も行ったことあるし案内させて。美味しい店とか紹介できるしさ」

「確かに土地勘がないので、案内して頂けると助かります。でも、私は化け物退治に行くんですよ。20年以上前から彼女を知っていますが、彼女は化け物です」

「じゃあ、お供は必要だろ。鬼退治なんだから」

「桃太郎じゃあるまいし⋯⋯聡さん。私、雨くんを⋯⋯弟を守ります。彼は彼女からデタラメを吹き込まれて、犯罪行為に加担させられてます。でも、彼の罪は消すつもりです。こんな正義のない女でもついてきますか?」
真希が急に俺の胸元に顔を埋めるようにして話してきた。

 その距離の近さに、俺は年甲斐もなく胸が高まってしまう。
 それを彼女に気づかれないように、俺は自分の心臓を止めようと息を潜めた。

 真希は雨のパソコンを解析したのだろう。
 そして、川上陽菜と雨のやりとりを発見したに違いない。
 なんとなく、そこには真希の傷つくような内容があった気がして心配になった。

「あの⋯⋯なんで息止めてるんですか? 死にますよ」
 真希が苦笑いを浮かべながら、俺の胸元で俺の顔を見上げる。

 その視線が魅惑的なものに見えてしまって、俺はまた緊張したので笑って誤魔化した。