「遊びたかっただけで 付き合っていたなんて言われたら、傷つきますよ。聡さん、私が思ってた人とは違うみたいです」

 私は彼のことを育ちの良いお人好しすぎるくらいの人だと思っていた。
 それだけど、実は多くの女を泣かせてきて平気でいるクズ男だったみたいだ。

「ただ、俺は真希は今までの女とは違うって言いたかっただけなんだ。真希が気になるなら俺が今までどんな付き合い方をしてきたのか話すけど」

 私に必死に訴えてくる聡さんを見て、今までの彼の男女関係が気になると聞くのが正解だと思った。
 でも、私はそれらを全く気にならないのだ。

 私は自分が聡さんが過去に付き合っていた女性は、私には絶対与えられないものを与えられた人だと知っている。
 それだけで、私は彼女たちに敗北していて彼の過去を聞く気も起こらない。

「聞きたくないです⋯⋯つきましたよ。聡さん降りてください」
 タクシーが聡さんのマンションに止まった。

 私はここで自分が降りて良いのか分からない。
 行くとこなんてないけれど、彼の好意に甘えて何も与えられないのに一緒にいて良いのか迷う。

「真希、何で俺から離れようとするんだよ。俺は真希と一緒にいたい⋯⋯爺さん婆さんになるまで、ずっと⋯⋯」
 聡さんは私のことをタクシーから無理やり降ろし、一瞬戸惑いながらも遠慮がちに私を抱きしめてきた。

 彼は私が男性に抱きしめられると、蕁麻疹でも出ると思っているのだろうか。
 私は常に気を遣われているこの状況が嬉しい反面、居心地が悪かった。

 思えば今から大人の男女が2人きりの部屋に戻る。
 周りから見れば2人は恋人同士に見えるだろうが、私が恋という色っぽいことができない人間だ。
 聡さんも私と同類であれば良いのに、彼は私を異性として好きなようだ。

 私は自分を大切にしてくれる彼と一緒にいたいけれど、彼の前で女でいることに抵抗がある。
 だから、この共同生活で我慢を強いられるのは聡さんだけだ。

「部屋に戻りましょ」
 私はメロドラマの主人公のように、叶わぬ恋に苦悩しながら私を求めるような聡さんを見ていたたまれなくなった。
(女なんて選び放題なのに、どうして私みたいな事故物件を!)

 部屋に戻って聡さんと2人きりになった途端、私の頭の中に正解解答が流れ出した。

 今は元カノから復縁を求められて、強い言葉で関係を断ち切った聡さんに嬉しかったと伝えるべきだ。
 そうすれば、彼は喜んでますます私を愛し大切にするようになるだろう。

「聡さん。遊びだったと言われた瑠奈さんの気持ち考えましたか? そんな人の気持ちを考えない言動をしていると、いつか刺されますよ」
私は大切にされたい思惑とは裏腹の言葉を吐いていた。

 でも、沢山いそうな彼の元カノに毎度のように態度をとっていたら恨まれてしまう。
 彼女の気持ちがどの程度本気かなんて分からない。
 本当は聡さんを忘れられなくて、偶然を装い待ち伏せして意を決して長年の思いをぶつけたのかもしれない。

「刺されても良いよ。俺は真希以外の女の気持ちなんて興味はない」
「刺されたら、ダメですよ。一緒にいられなくなってしまいます」

 私の返しに、聡さんは嬉しそうにてして、愛しそうに頬を撫でてくれた。
 その気持ち良い感触に思わず目を瞑る。

トゥルルー!
 その時、突然カバンの中のスマホの着信音がなった。

(何だろう、皆本くんがやっぱり確実に別れたかわからないから20万円返せとか?)

 目を開けると、聡さんの顔がキスしそうなくらい近くにあって私は落ち込んだ。

 私の失望する顔を見られたのか、聡さんは一歩私から離れた。

 聡さんには、ただ自分の子を見つめるように愛しく思って欲しいと考える私は病気だと思う。

 私は誰かに大切にされたくて、今まで男性とお付き合いをしたことは何度かあった。
 でも、キスもそれ以上の性的なことをする事も出来なくて別れてしまった。

「真希、良かった出てくれた」
私はスマホからする聞き慣れた声に驚いた。

「裕司? どうしたの?」
 あんな風に絶交するような別れをしたのに、なぜ彼は私に連絡をしてきたのだろう。

「真希、お父さん亡くなったけれど、大丈夫か?」
 予想外の裕司の言葉に、父親が亡くなったら泣いて過ごすのが正解だったと気がついた。

 私は父が亡くなった情報を聞いても、彼に復讐する機会を無くしたことに落ち込むだけだった。

「大丈夫だよ。それよりも、もう連絡してこないでくれるかな」

 裕司が私のことを心配してくれているのは分かったが、浮気したのに自分勝手に私を切り捨てようとした彼の声さえ聞きたくなかった。

「本当に俺のこと嫌いになっちゃったんだな。俺はまだ毎日のように真希のこと考えているよ。俺さ、来週から札幌支店に行くんだ。それで札幌支店のやつから色々情報を集めていたら、あの爆発事故に事件性があるって聞いて」

 私は裕司の情報を聞きたくなった。
 私も父が死んだ火事の原因となった爆発事故は事件性があると思っている。

 全国ニュースではもう取り上げられていないが、地元ではここには来ない情報もありそうだ。

「電話で話すことじゃないから、会って話したい。よくお茶してたカフェに11時に待ち合わせしよう」
「分かった。じゃあ、明日11時に」

 私は約束を了承しスマホを切ると、目の前の聡さんは怒ったような顔になった。
 先ほどまで申し訳なさそうな捨て犬のような目をしていたのに忙しい人だ。

「原裕司に会うの? 真希はまだあんな男に未練があるの?」
 聡さんが嫉妬に燃え上がるような目をしながら私を見つめてくる。
(普通の女の子なら、彼が嫉妬して嬉しいと思ったりするのだろうか⋯⋯)

「札幌の事件について聞くためです」
「俺もついてくから。あいつは平気で真希を傷つけるような男だから安心できない」
 まるで、恋人を案ずるような聡さんに苦笑いが溢れた。

「良いですよ。明日はお休みですし、同行してください。私を見て、元恋人との接触の仕方を学んでくださいね」

 聡さんは正直すぎて、このままでは何人いるかわからない元カノに刺されそうだ。
 私は聡さんが私を気遣ってくれる気持ちに既に依存していて、彼が恨まれ刺されこの世からいなくなるのが怖いから提案した。

「真希は今まで恋人とか結構いたの?」
 聡さんが恐る恐る訪ねてくるが、私には付き合った相手に対して苦い思い出しかない。

 キスやその先を拒否しては、振られることの繰り返しだ。
 男の頭がそんなことばかり考えていると分かっているのに、1人じゃいられなくて告白を受け入れては振られるの繰り返しだ。

「元恋人が、何代目とか言ってくるほど多くはないですよ。聞きたいですか?」
 私の言葉に首がもげそうなくらいに聡さんが首を振る。

「聞きたくないかな。真希が苦しい思いをした記憶は俺が上書きするから、もう忘れていいよその記憶は」
 聡さんはたまに私の心を読んだような核心をついてくる。

 私が過去男女交際で良い思い出がないのを察したようだ。
(表情に出てたかもしれないな⋯⋯)

「聡さん、今日も一緒に寝てくださいね」
「うん。絶対に手を出さないと約束する」
私が言わなくても、私の心配していることは分かっていたようだ。

 私だけ自分の寂しさを埋めてもらって、彼には何も返せないこの関係はいつまで持つのだろう。
 でも、自分から手放すことは寂しがりやの私にはできなかった。