あの後、すぐに関口南は居た堪れなくなったのか帰宅した。

 私の調べでは彼女の夫も清廉潔白を気取っているが、会社の受付嬢と浮気している。
 結局は浮気心を持った似たもの夫婦だったということだ。

 今日の仕事を終えて、駅までの道を皆本くんと歩く。
「真希さん! 南さんは離婚して僕のところに来てくれるでしょうか?」

 皆本くんは上機嫌だ。
 彼には押してばかりじゃなくて、引いてみてはどうかと伝えていた。

 盲目的に関口南を慕う姿ばかり見せては、彼女の思う壺で心を動かすことはできないと思ったからだ。

「さあ、どうだろう⋯⋯」

 気位の高い彼女がエリート夫と別れて、バイト三昧のFラン大生の皆本くんを選ぶとは思えない。
 でも、彼女の夫は彼女と別れるチャンスを窺っていたように見えたから、この機会に離婚しようとするはずだ。

「成功報酬は今お支払いしますね」

 私は皆本くんが分厚い封筒を渡してきたので、驚いてしまった。

「まだ、うまくいったかは分からないよ」
「いや、真希さんには十分勉強させてもらいましたし、ここからは僕の仕事だと思います。僕が旦那さんから南さんを引き剥がして幸せにしてあげたいんです」

 私は彼を魅力のない子だと思っていたが、とても純粋で一途な良い男だったみたいだ。

「そう、頑張ってね。健闘を祈るよ⋯⋯」
 そう言った瞬間、私は目の前に見たくなかった光景を見つけてしまった。

「あれ? 真希さんの事務所の方ですよね」
見つめた先には、聡さんの腕にモデルのように美しい女性がくっついて歩いてる。

 彼女の長い髪が夜風でふわふわとまっていて、周りの人もその美しいカップルに目を留めていた。

「ねえ、聡⋯⋯せっかく再会したんだから泊めてよ。私たち仲も良かったし、相性も良かったじゃない。私たちやり直せないかな?」
 甘ったるい声を出しながら、聡さんに絡みつく女性は彼の元カノだろう。
 彼女は聡さんにまだ未練がありそうだ。

「いや、真っ直ぐ帰れって! 俺には今、一緒に住んでる子がいるの!」
女の申し出を断る聡さんと目が合った。

「初めまして。行くところがなく、聡さんの家に仮住まいさせて頂いていた山田真希と申します。私はもう彼の家には行かないので、どうぞお泊まりなさってください」
私はそう一言残し、一礼すると駅の方を向いた。

 あの彼女と聡さんはとてもお似合いに見えた。
 2人ともスラリと背が高くて、皆が振り返る美男美女だ。

 聡さんは私と一緒にいると人間の3大欲求のうちの1つを永遠に満たせない。
 私は聡さんに欲しい言葉を貰ったり大切にされて幸せを感じていた。
 でも、私を好きだと言った聡さんに私が返せるものがない。

「真希、待ってくれよ。瑠奈、今、結婚を考えて真剣に付き合っている彼女の山田真希。そういうことだからお前とやり直す事はない」
私の手首を掴んだ聡さんが、追いかけてきたモデル風の女性に言う。

「あれだけ浮き名を流した聡が、ついに身を固めるのか⋯⋯こんにちは。真希ちゃん。私、聡の7代目の彼女の富永瑠奈と申します。今までと毛色の違う彼女ね」

 美しい巻き髪をいじりながら瑠奈さんが、私の頭のてっぺんから足元までを見つめる。

「私は、聡さんの彼女ではありません。聡さんが拾った捨て猫です。だから、私の存在など気にせず、彼にアプローチなさってください」

「えっと、何? 真希ちゃん、面白すぎなんですけど。なんか、意地悪言って私が悪者みたいになっちゃってる?」

 瑠奈さんが戸惑ったような顔を見せた。
 面白いことを言ったつもりはなく、本心を述べたつもりだ。
 結局、優しい聡さんが捨て猫の私を拾って、情が湧いていただけの気がしてきた。

「悪者じゃなくて、瑠奈、お前は邪魔者だ! 真希に出会って俺は本当の恋と愛に出会った。真希への気持ちに比べたら、お前とは遊びたかっただけだと気がついたよ」

 聡さんが予想外にクズ男発言をして、それを聞いた瑠奈さんは鬼のような形相になり彼を引っ叩いた。

 パアン!
「ふざけんな! 地獄に堕ちろ!」
 瑠奈さんが言い捨てていくのを、ポカンと見つめる聡さんを見て私はため息をついた。

「あの、流石に今のはないです⋯⋯聡さん、あんなこと言っていたらいつか刺されますよ」
 聡さんが思いやりのある優しい男だと思っていたのは、私の誤解だったのだろうか。
 かなりのクズ男発言と、なぜ頬を叩かれたのかわかっていなそうな彼にため息が漏れた。

「僕は感動しました。やはり、真実の愛に辿り着くと、他の女性がどうでも良くなりますよね」
 皆本くんは聡さんの言動に感動したようだ。

「皆本くん、いい顔してるな。南さんとうまくいきそうなら、良かったな。真希は俺が車で連れて帰るからここでお別れな」

 聡さんはそういうと私の手を引き、タクシーに乗り込んだ。
 叩かれた顔が赤くなっていて、すごく痛そうだった。

 聡さんが運転手に行き先を告げると、タクシーが走り出した。

「真希、俺は自分の気持ちを伝えたし、プロポーズもしたよな。それなのに、何であんな酷いことを言うんだ?」
 今日一番酷い発言は、聡さんから瑠奈さんへの「遊びたかっただけだった」という発言だと思う。
 しかし、なぜだか私は聡さんからお叱りを受けることになった。