就職のOB訪問などで使われるお高めの喫茶店で私は漆原茜と接触した。

 彼女は写真で見た通り、天然美人な上にグラマラスな人だった。

 そして、彼女の夫の浮気相手も同タイプだ。
 彼女の夫は彼女が一番嫌がるだろう浮気をしている。

 妻の若い頃に似ているだろう女と浮気をするのは、妻の老いを受け入れていない証拠だ。

 おそらく漆原茜はそのことにも傷ついているだろう。

「初めまして。漆原茜と申します。担当がマリアさんから、山田さんに変わったとお聞きしました。宜しくお願いします」

 彼女がスッとお辞儀をしたその所作の美しさに見惚れた。

「山田真希と申します。宜しくお願い致します。今、私に不安を感じてますね。主人のタイプじゃないと思っているでしょ」

 私の言葉に茜さんが目を丸くする。
 グラマラスなマリアさんはおそらく漆原俊哉のタイプだ。

 今の私は清楚系で仕上げてきているから、漆原俊哉のタイプとは真逆。

 しかし、今日はこの後『月の光こども園』の面接があるので面接仕様だ。

 彼女の夫である漆原俊哉に私がハニートラップを仕掛けても無駄だと思われているんだろう。
(ハニートラップを仕掛ける方法を取るつもりはないんだけどな⋯⋯)

「すみません。でも、マリアさんでも主人は靡きませんでした。佳奈との関係に主人は居心地の良さまでも感じています」

 そう言いながら茜さんはスマホのスクリーンショットを見せてきた。

 俊哉と佳奈のメッセージのやり取りは茜さんを馬鹿にするような言葉が羅列していた。
(⋯⋯ババアの茜より、佳奈のデカパイに埋もれたい。茜は更年期突入、俺は佳奈に突入⋯⋯)

「失礼ですが、俊哉さんとの婚姻関係は継続する予定ですか? 離婚することは考えていないのでしょうか?」
私は思わず聞いてしまった。

 俊哉さんのメッセージがあまりにキモかった上に、茜さんを馬鹿にしていたからだ。

 それに、目の前の茜さんが美しく品があり、このようなキモメンには勿体無いと思った。

(そもそも、40歳の茜さんは更年期ではない。彼女がイライラしているとしたら、それは自分のせいだと気づきもしない愚かな男⋯⋯)

「仕事を辞めたくないんです。はっきり言って40歳のおばさんキャビンアテンダントなんて、お客は求めていないと思います。でも、私はこの仕事に誇りを持っているんです。飛行機を安全に飛ばすのには沢山の人が関わっています。キャビンアテンダントも保安要員として安全運行の担い手です。サービスは追及すると限界がありません。年々仕事が面白くなってきて、どうしても私は仕事を続けたいんです。家を空ける時が多いので美羽を育てるのには在宅勤務の俊哉の手が必要になります」

 茜さんの熱のこもった物言いに、私は感動してしまった。

 彼女にとって今の仕事は天職なのだろう。

 そのような仕事に出会える人間は一握りなのだから、彼女は仕事を続けた方が良い。

 私は仕事はお金を稼ぐための手段としか考えていないし、職場は出会いの場としか考えていない人間だった。

(私の中での最優先は、ずっと夢見てきた温かい家庭を築くことだわ⋯⋯)

 そして、彼女は子供のことを考えている素敵なお母さんだ。

 自分が見捨てられた子供だからか、子供のことを考えるお母さんは応援したいと思う。

 私は漆原茜さんを応援するために、彼女の心を煩わせる浮気男とビッチ女を抹殺を決意した。

「仕事にやりがいを感じているなんて、素晴らしいです。ちなみに私は若いキャビンアテンダントだと、緊急時に真っ先に逃げそうで怖いと思ってしまうタイプです。仕事に誇りを感じられるようになるまで勤め上げている方が乗務している方が安心できます。若ければ良いと思っている方は、茜さんが想像しているより少数派だと思いますよ」

 おそらく茜さんがそういった考えになってしまうのは、俊哉さんのせいも大きいだろう。

 「若さ」に価値を感じる男と暮らしていると、どうしてもそう言った考えに行き着いてしまいそうだ。

「俊哉さん以外に頼れる方はいないのですか?」
「お恥ずかしいのですが、私は自分の母とは折り合いが悪く疎遠になっています。義理の母は孫はたまに見るくらいが良いと考える方です」

「親と疎遠なことは恥ずかしいことではありませんよ。別人格の人間とやっていくのは難しいです。血の繋がりなんて何の意味もないというのが私の持論です」

 血の繋がりに意味はないと感じつつも、私は自分の両親の行方を追っていた。
 ちなみに私の母親はその後、生活苦で自死している。

 ルッキズムの権化だった父親は、今は雨くんの姉である晴香ちゃんとできている。
 雨くんの母親と私の父親は籍を入れなかったが、父は晴香ちゃんとは入籍までした。

「俊哉とは大学時代からの付き合いです。いつも私のことを綺麗だと言ってくれて、私は彼以上に自分を愛してくれる人はいないと思い結婚しました。でも、35歳を過ぎたあたりから、セックスレスです。私のことは、もう女と見れないと言われました。美羽は体外受精で授かっています。本当は子供は2人欲しくて、卵子も凍結していました。でも、今は美羽1人育てるのも大変だと感じています」

 自分のことに気を取られていたら、茜さんが俊哉さんとの馴れ初めを話してくれた。

 今は『別れさせ屋』の仕事に集中した方が良いだろう。
 生きているだけでお金は減っていくのだから、確実にこの仕事をやり遂げて稼がななければならない。

「ご自宅でも、俊哉さんは佳奈さんと不貞行為をなさってますよね。3歳の美羽ちゃんは薄々気がついていると思います。私は美羽ちゃんの為にも俊哉さんは切った方が良いと考えます」

 私は自分が3歳くらいの時には親の不倫に気がついていたことを思い出した。

「でも、美羽から父親を奪って良いのでしょうか。しかも私がシングルマザーとして美羽を育てるとなると、今の仕事を続けることは難しいです」

「会社は変わらず、職種を変えることを考えてはいかがですか? 調べましたが、茜さんのお勤めになっている航空会社はトップに元キャビンアテンダントがなったこともあります。社内規約を入手できなかったのですが、部署間の移動が可能だったりしませんか? 今までの乗務経験を活かし、新しいサービスなどを提案する部署に移動してはどうでしょうか。平日勤務の仕事になれば、美羽ちゃんをシングルマザーとして育てられるはずです。それに今はファミリーサポートなど区がやっているサービスもあります。俊哉さん以外を頼る道もありますよ」

「えっと、山田さんは『別れさせ屋』の方ですよね? キャリアアドバイザーの方ではないですよね」

「はい、『別れさせ屋』です。これから漆原俊哉と鈴木佳奈を別れさせてミッションコンプリートして来ます。とりあえず、佳奈は地獄行きで良いですよね? 2人が別れた後、俊哉さんの処遇については茜さんにお任せします」
 私怨だとわかっているが、私は浮気男こそ抹殺したい。

 しかし、茜さんが婚姻の継続を考えているなら、漆原俊哉を抹殺すると茜さんと美羽ちゃんに危害が及ぶ。

「俊哉と別れるか⋯⋯彼とは20年以上の腐れ縁なんです。考えたこともなかったけれど、確かにもう私の好きな彼じゃない。私も衰えて彼の好きだった私じゃない。別れる選択肢もあるのですね」

 上を向いて涙を我慢する茜さんをみて、私の心の中に茜さんの感情が流れてくるような錯覚を覚えた。

「衰えてますか? 20代の茜さんを知りませんが、私は今のあなたをとても綺麗だと思います。その美しさに気がつけないのならば、俊哉さんはそこまでの男です。彼と別れる決意ができたらすぐに連絡ください。彼の地獄ルートも用意してますから」

 私が言った言葉に茜さんが微笑んだ。
 私はその微笑みに惚れ込みパワーをもらった気がした。

 私は自分のことを誰も好きにならないアセクシャルだと思っている。

 異性に惚れ抱かれたいと思ったりはしなくても、人間的な魅力には惹かれていく。

 正直、岩崎聡にも人間的には惹かれる瞬間があった。