「先輩が結婚すると言うことで、別れ話をしていたの⋯⋯」

 私は思わずため息が漏れてしまった。
(そんな映像で回ったところで、何の問題もないじゃない)

「服を着たまま別れ話をしてたんですよね。何の問題があるんですか?」

「でも、先輩は結婚することが決まっていて、あの映像が出回ったら大変なことになると思って!」

 全裸で別れ話をしていたのなら、多くの隠し撮りの中に紛れ込んでいただろう。
 しかし、おそらく後ろめたさを感じながら2人の女性が別れ話をラブホテル内でしてたから川上陽菜の目に留まってしまった。

「じゃあ、晒されても大丈夫なのように今からラブホテルで色々な映像を撮りましょうか?」
「えっと、どう言うこと?」
「例えば、私とマリアさんがラブホテル内で別れ話をしている映像とか⋯⋯女同士の別れ話シリーズをネットに上げますか?」

「確かにそれだと、マリアと先輩の映像なんて本気のものとは取られないかもな」

 今まで黙って私たちのやりとりを聞いていた聡さんが口を開いた。
 きっと、彼もマリアさんの映像は大したことないと分かっていた。

 しかし、彼女自身が悩んでいる以上それを指摘できないのが聡さんだ。
 長々とこんなサニーのくだらない遊びに付き合ってやるなんてお人好し過ぎる。

「マリアさん。サニーを川上陽菜だと仮定すると、あなたが苦しむのを見て楽しんでいます。後ろめたいと思っていることを隠しながら、苦手な男にハニートラップを仕掛けるのはキツかったでしょう」

 私の言葉に涙を流しながら、マリアさんが無言で頷く。
 若さと美しさを兼ね備えた彼女は、年齢と共にそれを失っていく川上陽菜の劣等感を刺激したのだろう。
 常にターゲットを見つけ憂さ晴らしをする彼女にとって、マリアさんはうってつけの相手だ。

「とりあえず、『別れさせ屋』の仕事を受けるのはストップしてください。サニーにはそれを悟られないように、先程の皆本くんの案件を報告をしましょう。あの案件で1週間は稼げます」

 急に『別れさせ屋』の業務が滞ったのがバレたら、サニーは次の動きをしてくるだろう。
 しかも、今は雨くんがどんな動きをしているかも分からない。

「あんな自分勝手な男の依頼を受けるのか?」
 聡さんから見たら、皆本くんが自分勝手に映るようだ。

 確かに、普通に考えて一方的に熱をあげて、好きな人の家庭を壊せと要求している。

「マリアさん、でも、さっき皆本くんの依頼を受けてましたよね」
私がマリアさんに話しかけると彼女はコクコクと頷いた。

 頷いた拍子に涙がぽたりと床に落ちる。

 私は母が川上陽菜に追い詰められて泣いているのを思い出し苦い気持ちになった。

「関口さんの旦那さんの浮気やモラハラの真偽は不明ですよ。ここで分かる事実は、そんな下品な相談を純朴な10歳も年下の男の子にして心を乱している主婦の関口南さんです。彼女が夫と別れるかは知りませんが、人の心を弄んだのだから、こちらもしっかり同じことをさせて頂きます」

 私は関口南を皆本くんを意識するように仕向けるつもりだ。

 自分が石ころだと思っていた人間をダイヤモンドのように扱う女が出た時、彼女の心にさざ波くらいは立てることができる。

「真希、無理はするなよ。男が苦手なんだろ。あれっ? 女も苦手なのか? でも、俺は男とか女とか関係なく真希のことが大切だから、無理はしてほしくない」

 聡さんが私を真剣に見つめながら語ってくる。

 割と的外れなことを言ってくる彼なのに、今はピンポイントに私の欲しい言葉をくれた。

「真希のことが大切だ」という言葉を私は誰からか、ずっと聞きたかった。

「人間は好きですよ。苦手ではありません。ただ、性的なことが苦手なだけです。そんなに気を遣わないでくださいね」

 明らかに私のカミングアウトから、より気を遣いながら話す聡さんに少し寂しさを覚えた。

「嫌なことは嫌ってくれれば絶対しないから。それから、これ雨の使っていたパソコンだけど特に怪しいやり取りはないぞ」

 聡さんが雨くんのパソコンを見せてくる。

 雨くんは、これを他の人間に見られても大丈夫だと思っているから置きっぱなしにしたのだ。

「貸してください。表向きは見られなくても、削除した情報でも一度このパソコンに入った情報なら復活できます」

 私は削除されただろう情報を復元しようとパソコンを操作した。

「この動画の何に問題が⋯⋯」

 私はパソコン内にある大量にある映像から肌色の少ない動画を抽出した。
 すぐにマリアさんの怯えさせた映像にたどり着いた。

 そこには男装したマリアさんと、先輩という女の人が別れ話をしている。

 そもそも豊満なマリアさんの男装は不完全すぎて、この映像を見てサニーは笑い転げたと思う。

 こんな映像は、晒したところで対して閲覧されないだろう。
 しかし、映像にはマリアさんの必死さと後ろめたさが滲んでいる。

 人の嫌がることをすることに異常な程に喜びを感じる人間を私は知っている。

 やっぱり、サニーは川上陽菜だ。

「先輩は今から結婚をするというのに、迷惑をかけたくなかったの⋯⋯」

 お嬢様育ちのマリアさんの視野の狭い思考はサニーに読まれていたのだろう。
(クダラナイ⋯⋯いい加減にしてよ。こんなどうってことない映像とマリアさんの気持ちを守るために聡さんは⋯⋯)

 私は聡さんのお人好しさに苛立っていた。

 ともすれば全てを失いそうな危ない事に関わってしまっている。
(危機感持ってないの? このお坊ちゃまが!)

「今って色々な人が稼ぐのを目的として、刺激的な動画をネットにあげてます。これを晒したところで、誰が見るんですか? 余程の暇人が気まぐれに見るレベルです⋯⋯今すぐサニーとの縁は断ち切ってください」
私の言葉にマリアさんが頷く。

 もし、サニーが川上陽菜なら別の苦しめる手段を見つけてくるだろう。

 彼女はそういう狂った女だ。

 でも、その狂った女がこのネット社会を牛耳れるくらいの頭脳を持っているのが問題なのだ。

 だから、ここは慎重に進めなくてはならない。

 ふと、自分の父親を失っても涙一つ流さない私を聡さんがどう思っているのか気になった。

 目が合うと、彼はこの上なく愛おしそうに私を見つめ返してくる。

 今日は彼と2人きりの部屋に帰る。

 私の中で何が起こるのかの恐怖と、彼に期待してしまう気持ちが交差した。