「はぁ、もう、何言ってるんだよ。そんなことしないから⋯⋯」

「私、保育園の時、具合が悪くなると父が迎えに来てくれたんです。父は私を部屋に寝かしつけると、時間差で不倫相手を自宅に呼びました。私の友達の母親です」

「だから⋯⋯なのか? 真希が男女の行為を避けるのは」

 私は裕司にだけは、これから話す性的なものが苦手な理由を打ち明けていた。

「はい。親の不貞行為を見て以来、そう言うことへの嫌悪感を持った気がします。昔、家で母がこんなブスだったなんて騙されたとか、人を不快にさせる顔だとか父に散々罵倒されてました。父はルッキズムの権化だったので、近所で一番の美人ママと不倫しました。私は幼いながらに不倫現場を抑えようとビデオカメラを寝室に仕掛けたんです」

 私の運動会のために祖父が買ってくれたビデオカメラを寝室に仕掛けたことを私は思い出していた。
 ただ、父親の不貞に苦しむ母を救いたくて必死に考えた行動だ。

 自分では全てわかっているつもりが、全くわかってなくて破滅をうんだ私の失態。

「なんか、子供ながらにやっていることが『別れさせ屋』だな」

 軽い感じで返してくる聡さんに、私はこの先のことを話そうと思った。

 このことを話したのは裕司に引き続き、聡さんが2人目だ。

 祖父が死に、裕司が私を拒絶したから、私は誰か私を受け止めてくれる人を求めているのだろうか。

「録画されていたのは、母と友達のパパでした。泣いている母をそのパパが可愛いって言いながら抱いていたんです。だから、私は父にその録画を見せて、他の人は母を可愛いって言ってると主張しました。次の日、私は捨てられました⋯⋯」
「はあ?」

 期待外れの聡さんの反応に、「だからお前は捨てられる」と言われているように感じた。
 裕司は私がこの告白をした時、そっと私を抱きしめた。

 そして、自分の大学時代のトラウマとED(イーディー)である告白をしてくれた。
 私はその告白を聞いて、一生性行為をしなくて済むかもしれないとホッとして涙を流した。

「私の行動は間違ってますか? でも、今、2組とも別れているのだから私は『別れさせ屋』が向いているのかもしれませんね。なんだか眠くなってきちゃいました。おやすみなさい」

 私は聡さんに、何と声を掛けて欲しかったのだろう。
 期待外れの彼の返しに、これ以上話していると傷つく気がして私は寝たふりを決め込んだ。

 朝、スマホのアラームで起きると私を抱きしめていたはずの聡さんはいなかった。

「私、何を期待してたんだろう⋯⋯話さなきゃ良かったな」
本当のことを話せば、周りが離れていくのがわかっていた。

 スッピンこそ見せられなかったが、私の本当に寄り添ってくれたのが裕司だったから私は執着した。

「でも、もういい。全部壊して。前に進もう」

 今日の予定は午前中家の賃貸借契約を結ぶことと、午後はSSR東京銀行の初出勤日だ。
 私は今日中に裕司とビッチ女を地獄に堕とし、茜さんの件も並行して片付けることにした。

 自死したくなる遺伝子というのが存在するのかもしれない。

 私の母も逃げた先で経済的、精神的に追い詰められ自殺した。
 私も今、虚しくて消えてしまいたくなっている。
 いつもヘラヘラ笑っているけれど、本当は復讐心があるから立っていられるだけだ。

♢♢♢

「それでは、こちらでお願いします」 

 私は祖父と住んだ思い出の一軒家を、今幸せを絵に描いたような家族に貸す契約をしている。

「はあ、本当によかったです。4人家族で住むとなると最低でも3LDKは必要でしょ。こんな広い庭付き戸建に住めるなんて。3年後には転勤があるんで、賃貸の戸建を探してたんです。下の子が夜泣きして、前にマンションでトラブったことがあるんで」

 とても優しそうなお父様が私に告げてくる。

 トラブルの話をしているのに私には幸せ自慢にしか聞こえない。

(本当に私は育ちも悪く捻くれてる、笑わなきゃ誰も私の側にいてくれないわ)

 私は笑顔を作りながら、寄ってくる5歳くらいのお姉ちゃんの頭を撫でた。

「トイレがウォシュレットじゃないですが大丈夫ですか?」

「ウォシュレットと網戸は持ち歩くのが転勤族の常識ですよ」

 膝に1歳にならないくらいの男の子を乗せたお母様が笑顔で応対してくる。

 みんなこんな温かい家族の中で生活して育ってきたのだろうか。

 明らかに愛されている子供たちと、仲の良い両親が羨ましくて苦しかった。


♢♢♢

「山田さん、今日からお仕事だけど困ったことあったら何でもいうんだよ」

 昨日の面接にはアルバイトの採用にも関わらず支店長も同席していた。

 それを見て、私は自分が就職して2ヶ月半で退職した理由を洗いざらい晒した。

 7歳も年上の婚約者に浮気され婚約破棄され仕事まで失った私を、私の親年齢の支店長は同情してくれた。

(同情でも何でも良い、私の味方を作れるならば)

「はい。気に掛けてくださりありがとうございます。早めに仕事を覚えられるように頑張りますね」

 私は目で窓口を確認すると、裕司の現在の御相手である丸川美由紀がいた。

 私は彼女を知っているが、彼女は私自身を知らない。
 彼女は運良く年下の商社マンをゲットした程度にしか思ってないだろう。

「今日は、歓迎会も用意しているから期待しててね」
「お気遣いありがとうございます、支店長。これからも宜しくお願いいたします」
 バイト相手に歓迎会をしてくれるなんて、彼は私の境遇に余程同情してくれてそうだ。

「すみません、支店長。私、今日婚約者の家に挨拶に行くんで午後休とっているんです」
 客がいないのを良いことに美由紀が席から離れて、私と支店長の元に来た。

「挨拶が終わった後に宴会に参加しなさい。君、お酒大好きでしょ。今日は僕がご馳走するから」

「えっ! 本当ですか? 奢り? 行きます」
 私は2人のやり取りを見ながら、今日を丸川美由紀の命日にすることに決めた。