「ご飯を食べ終わって、真希ちゃんと話にきたんだけど。見られるのが恥ずかしいならこのまま話す?」

 明るく弾むような声で雨くんが語りかけてくるが、恥ずかしいと思うのが普通ではないのだろうか。
 私は自分の普通に自信がないから、なんと返事していいかわからなくなる。

「恥ずかしいよ。私、ブスで驚いたでしょ」

「紫式部みたいで可愛かったよー。真希ちゃんはメイクで色んな顔になれるんだね。いいなー」

 紫式部の事は教科書かカルタの絵でしか見たことないが、要するにのっぺり平安顔ということだろう。

 雨くんが立ち去るつもりがないようなので、私は曇りガラス越しに話を続けることにした。

 よく考えると男2人と同居するなんて、いくら家賃が無料とはいえ思い切っている。
(でも、イケメン2人は私のような醜い女の相手をしようとは思わないだろうな⋯⋯家事のできる猫を飼っている感覚かな)

「でっ、さっきの話だけど真希ちゃんの親ってどんな人だったの?」
 どうして私は全裸でそんな質問に答えなきゃならないのか疑問だったが、なんだか雨くんを突き放せない。

「母親は私と似てネガティブブス。父親は光源氏みたいな人⋯⋯」
 親の話をするだけで私の心に闇がかかってくる。

「真希ちゃん、自分のこと悪く言うの禁止だよ。そんなに自分が嫌い? 俺は真希ちゃん好きだけどな。お父さんはアイドルみたいにカッコいい人なんだね」
 私は雨くんが勘違いをしていることに気がついた。
 昭和のアイドルの光GENJIじゃなくて、私は紫式部の『源氏物語』に出てくる光源氏の話をしたつもりだった。

「光源氏って『源氏物語』の主人公のことだよ。女好きで、自分を父のように慕ってた子にまで手を出すような⋯⋯」
 私は急に言葉に詰まった。

 父は一緒に逃げた雨くんの母親とは結婚しなかったのに、私と同じ年の雨くんの姉である晴香ちゃんとは入籍している。

(元々、少女が好きだったんじゃ、晴香ちゃんにはいつから手を出してたの?)

 私は急に息ができなくなって、目の前が真っ暗になった。
 身体も冷たいし意識が遠のいていくのがわかった。

♢♢♢

「聡さん。私、倒れましたか?」

 目を開けると、私は聡さんに抱きしめられてベッドに横たわっていた。

 今は真夜中だろうか。
 カーテンの隙間から暗い闇夜と下弦の月が見えた。
(位置的に考えて午前3時くらいかしら)

 いつの間にか着替えをしているが、私の荷物から着替えを出してきたのだろう。

「なんで冷水を浴びているんだよ。お湯の出し方分からなかったか? 手前に引けばお湯になるからな。体が死んだみたいに冷たくなってて、びっくりした」

 聡さんが心底、私を心配してくれているのが分かる。
 彼が私を女じゃなくて子供みたいに扱ってくれる時は、心から居心地が良いと思える。
(心配されて愛情みたいなのを感じる瞬間が一番心地が良いわ)

「聡さん、私あと少しここでお世話になりたいと思ってます。その際、私のことを女みたいに扱うのをやめて頂けますか? 今みたいに子供みたいに扱うか、着替えさせた時みたいにマネキンだと思ってください」

 聡さんはモテ男の癖か染み付いていて、いちいち私をときめかせようとしてきた。
 それらの振る舞いは、私にとっては居心地の悪いものだった。

 私は性的なものへの拒否感が強い。
 それなのに普通に結婚して家族が欲しいと言う矛盾した感情を持っている。

「俺は真希のこと子供だともマネキンだとも思っていないけど、真希がそう扱って欲しいって言うならそうするようにするよ」

 私の頭の上に聡さんの頭があるので表情は見えないが、私の要求に怒っているわけではなさそうだった。
 ふと、私は自分がスッピンだったことに気がついた。

 聡さんは私を傷つける言葉を言わないから、別にスッピンを見られても良いかと言う気になってくる。

 母は家ではノーメイクで、
 父はそれをいつも罵倒していた。
「人を不愉快にさせるブス」だと言われても母は家ではメイクをしなかった。
(確かにずっと化粧して一緒に暮らすのは大変だわ⋯⋯)

 裕司と結婚したとしても、私はメイクをして家で過ごそうと思っていた。
 いつ彼が私の醜い顔を見て、私を傷つける言葉を吐いてくるかが怖かったからだ。

「漆原茜の依頼、どうやって片付けるつもりだ?」
 聡さんは私の行動が不可解なのだろう。

「漆原茜さんは離婚を決意したそうです。引っ越しもするそうですよ。だから容赦無く漆原俊哉と鈴木佳奈を破滅させます」

 茜さんから離婚を決意し、本社勤務になることで引っ越すと連絡が来た。

「それは、成功報酬は出るのか? それに、破滅って⋯⋯」
 聡さんが私の頭を撫でながら話をしてくれるのが、手の温かさが頭に伝わって涙が出そうなくらい気持ちが良い。

 髪の毛もしっかり乾かされているから、きっとブローをしてくれたのだろう。

「成功報酬は頂けるそうですよ。でも、美羽ちゃんとの新生活もあるだろうから、不倫男とビッチ女からたっぷり慰謝料を取れるようにしようと思います。2人のことは社会的抹殺する予定です」

「それは『別れさせ屋』の仕事か?」

「『別れさせ屋』って仕事なんですか? お金の稼げるサークル活動にしか見えませんよ。聡さんの本業は弁護士ですか? マリアさん、本名を教えてくださったんで調べたんですが、資産家の娘ですね」

「お前の言う通り、俺は弁護士だ。マリアのことも調べたんだな⋯⋯」
「いけませんか? そちらは私のこと調べ尽くしましたよね」

 聡さんは名前は聡だと教えてくれたが、苗字は教えてくれていない。

 私に調べられるのが怖いのだろう。
 私のことは、勝手に調べた癖にフェアじゃない。

「恋愛って贅沢品なんですよ。だから、しっかり2人は破滅させないと。今後2人の幸せそうな姿を見たら、きっと茜さんは傷つくから⋯⋯」
 恋愛は贅沢品だ。
 だから生きるのだけで精一杯の私は人にときめいたりできない。

 でも、家族はみんなが持って良いもののはずだ。
 家族は、贅沢品ではなく生きるために必要なものだ。

「ただの依頼者である漆原茜に対して贔屓し過ぎてないか? もしかして、真希もそちら側の人間なの?」

 そちら側の人間とはどういう意味だろうか。
 文脈から察するに、私をLGBTQだと言ってそうだ。

 私が茜さん贔屓になっているのは、きっと彼女が子供を第一に考える人だからだ。
 すでに父親の不倫に気づいているだろう美羽ちゃんに、私が昔の自分を重ねているからでもある。

「聡さんと雨くんも、そういう関係なんですね」
 よく考えれば、男が2人で一緒に住んでいるなんて恋愛関係に決まっている。

「違うって、俺じゃなくて、その⋯⋯」
 聡さんが珍しく言い淀んでいるのを見て私は確信をした。

「どちらがタチで、どちらがネコですか? まあ、予想はつきますが。別に私に見えるところでイチャイチャしても良いですよ。そういうのには慣れてますし⋯⋯」