「ハハ! 最高の余興だな。うちの娘は女優の才能もあるんだ。場を温めてくれた白川緋色社長に拍手を」
小笠原社長の一声で、一気に拍手が巻き起こる。
(信じられない。状況がひっくり返された)
私は心配で緋色さんの顔を覗き見た。
(顔は笑っているけれど、もしかして怒っている?)
よく考えれば、招待客は小笠原社長の息のかかった人間が大半だ。
小笠原社長が「白」と言ったら、当然みんな揃って「白」と言うだろう。
騒いでだ人間たちも戸惑いながら、お祝いムードに同調し始めている。
「皆様、最高のサービスとはなんだと思いますか? 期待通りのものを与えられても、記憶には残りません。私はサプライズこそが最高のサービスだと考えます」
緋色さんの声に拍手が沸き起こった。
彼も先程の映像を、もう余興にしてしまうつもりなのだろう。
小笠原製薬も森田食品も大企業だ。
私の復讐を果たすことよりも、大きな企業との関係の方が大事だと判断したのかもしれない。
「緋色さん、もう十分です。帰りましょ、ひなたが待っています」
私は小声で緋色さんに耳打ちした。
あと、1年しか生きられない私のことよりも、これから人生が続いていく緋色さんやひなたの事を優先するべきだ。
なんだか危険な感じがするし、復讐は諦めた方が良いだろう。
陽子に復讐をするということは、大企業を敵に回すことだということを忘れていた。
緋色さんの映像で、少しは陽子の行動に疑問を持った人間もいるかもしれない。
私は、もうそれで納得しようと思った。
「まだ、終わってないよ。はあ、できれば使いたくなかったけれど、君を10年以上想い続けた彼の助けを借りないとかな」
緋色さんの言葉の意味を、私は全く理解できなかった。
「10年以上ってなんの⋯⋯」
私が言い終わらないうちに、緋色さんが手を挙げて誰かに合図を出す。
「陽子お嬢様、本当に森田蓮と結婚するの? 今みたいに遊べなくなるよ。1人の男で満足できる女じゃないでしょ」
私は突然聞き慣れた元彼である勇の声が会場中に響き渡って驚いてしまった。
(この音声データは陽子と勇の会話?)
「もう、勇ってば大丈夫よ。私は結婚しようと好きな時に好きなことができるの。私は特別な上級国民なんだから。森田食品の御曹司と結婚するのはパパからのミッションなのよ」
「森田食品と小笠原製薬で健康食品でも開発するの?」
「ふふっ、勘がいいじゃない。その健康食品にちょっとした仕込みをするのよ」
「何? 小笠原夫人が、愛人殺しをした時みたいに毒でも盛るの?」
「ママはやりすぎなのよね。まあ、健康状態が悪くなっても死にはしないわよ。死にはしなくても、薬がまた売れるかもね。世の中はバカばかりだから、お金は集まるところに集まるようにできているのよ」
音声データが終わるなり会場が沈黙に包まれたと思ったら、一気に皆が騒ぎ出す。
「愛人殺しって何?」
「健康食品にウイルスでも仕込む気なのか?」
「これって物凄いやばい会話じゃない」
お祝いムードなんて一切なくなる、冗談にしてはキツすぎる内容だ。
「明日の一面差し替えだ!」
記者の1人が会場の外に出ようとした時に、急に黒服の人間たちが扉の前に立ちはだかった。
「皆様、失礼しました。実は妻と娘は精神疾患を患っていて虚言癖があります。長期に渡り私は2人を支えてきましたが、このように仕事に差し支えるようになってくると辛いものですね。妻と娘のことは大切に思っていますが、私にとって社員もまた家族です。蓮君は娘の病を知りながら受け入れてくれると言った懐の広い方でした。私も1人では抱えきれず、それに甘えそうになっていましたが間違っていたと今は思います。蓮君、君の好意に甘えてすまなかった。この婚約は破棄してもらっていいだろうか」
目に涙を浮かべながら、声を絞り出すように小笠原社長が語り出す。
何が起こったのか理解が追いつかなくて青くなり震えている陽子。
その横で小笠原社長の言葉に必死に頷く森田蓮がいた。
「小笠原社長。1人で苦しまず、これからは周りを頼ってください。話をするだけでも、楽になることがあると思います。婚姻関係などなくても、私たちは世界の人々の健康を作っていく仲間じゃないですか」
森田蓮の父親であろう森田社長が返した言葉にパラパラと拍手が漏れる。
これが茶番だと気がついている人だっているだろうに、それを言ってはいけない雰囲気だ。
「緋色さん、帰りましょ。もう、復讐は十分果たせました」
「そうだな。今日はもう疲れただろう。何も食べられなかったな。帰ってケータリングでもとろう」
「ご飯を作ってから来たので大丈夫ですよ。ひなたと3人で食べましょう」
「うちの奥さんは本当にできるな」
私の頬に軽くキスをしてくる緋色さんに驚いていると、どこからか視線を感じた。
(勇だ⋯⋯勇は私の味方だったの? 勇は森田食品に勤めているのに大丈夫なの?)
扉を塞がれても、緋色さんのホテルだったから私たちは裏口から難なく出られた。
会場を出て送迎車に乗り込むと、私は緋色さんに問いかけた。
「あの音声データは勇から受け取ったものですよね。勇は大丈夫なんでしょうか?」
彼が私と付き合っている時に、勇が陽子と肉体関係を持っていたことは間違いなさそうだ。
それは明らかに恋人であった私に対する裏切りであるはずなのに、何故か私は彼を心配している。
勇は私を裏切ってたはずだ。
彼は結婚するって言ったのに、病気と分かると私の手を離した冷たい男だった。
「大丈夫ではないだろうな。おそらく解雇されるんじゃないか? でも、彼のことはうちで面倒を見ようと思う」
緋色さんが私を抱き寄せながら話をしてくる。
「正直、混乱しています。私は勇が陽子と一緒に私を裏切って嘲笑っている会話を聞いたんです」
「君を貶めることに喜びを見出している小笠原陽子の信頼を得るための演技だ。君は人から向けられる好意に鈍いところがあるぞ。川瀬勇は君を自分の存在よりも大切に思える唯一の存在だと言っていた」
大切だとか、愛しているだとかそう言った言葉を勇は言わない。
私には直接言わないくせに、緋色さんには私を大切だと伝えていたなんて本当に変な男だ。
冴えない地味な男だけど、川瀬勇は私にとって信頼できる存在だった。
彼はいつも私を優先してくれていたからこそ、死ぬまで一緒にいてくれると思っていたし陽子と共謀して裏切っていたと知った時はショックだった。
「私は勇のことを男性として愛してはいなかったけれど、信じていました」
私にとって勇は誰よりも信頼を寄せていて、頼りにしていた男だったことは確かだ。
彼が陽子と裏切っていたことを思い出すと涙が溢れてきた。
私は涙を流すのを見られたくなくて、思わず手で顔を隠した。
私は勇のことをかなり頼りにしていたし、彼のアドバイスはいつも聞いてきた。
陽子が私が言ってもいない悪口を言ったと周囲に噂を流した時、彼は必ず彼女との会話を録音するようにと私に言った。
特にやりたいことがなくて就職に悩んでいた時に、母親を探すならCAになるのはどうかと言ったのも勇だ。
流石の陽子も身長が足りないから、CAにはなれない。
就職先まで追っかけてこないだろうとも言っていた。
結局、身長が足りなくても陽子はコネ入社をしてきた。
進学先だって、学力が足りなくても陽子は裏口入学をして私を追ってきた。
彼女の私への執着心は異常だ。
私の初恋の人を奪ったのだって、陽子は私から奪うことが目的だったのは明白だった。
勇との関係を私に陽子が暴露しなかったのは何故だろう。
(私が一番ショックを受けるタイミングで暴露しようと思ったのかも⋯⋯結婚後とか)
「もしかして、勇は私を陽子から守っていたんですか?」
「そうだよ。そして彼もあの音声データを披露した以上、自らを危険に晒している」
「どういうことですか? 確かに、健康食品に毒を入れるなんて冗談でも言ってはいけない話ですが」
陽子はいつも私の前では良い友人を演じていた。
裏で私のことを悪く言っていることは知っていたが、勇の前の彼女は紛れもなく悪女だった。
(勇の前の陽子が本当の陽子なの? 陽子も沢山の顔を持っていてどれが本当か分からないわ)
「まあ、あれは小笠原陽子のつまらないブラックジョークかもしれないな。小笠原社長があの音声データを聞いて慌てたのはそっちじゃない。あの音声には隠し通さなければならない真実が隠されていたんだ」
小笠原社長の一声で、一気に拍手が巻き起こる。
(信じられない。状況がひっくり返された)
私は心配で緋色さんの顔を覗き見た。
(顔は笑っているけれど、もしかして怒っている?)
よく考えれば、招待客は小笠原社長の息のかかった人間が大半だ。
小笠原社長が「白」と言ったら、当然みんな揃って「白」と言うだろう。
騒いでだ人間たちも戸惑いながら、お祝いムードに同調し始めている。
「皆様、最高のサービスとはなんだと思いますか? 期待通りのものを与えられても、記憶には残りません。私はサプライズこそが最高のサービスだと考えます」
緋色さんの声に拍手が沸き起こった。
彼も先程の映像を、もう余興にしてしまうつもりなのだろう。
小笠原製薬も森田食品も大企業だ。
私の復讐を果たすことよりも、大きな企業との関係の方が大事だと判断したのかもしれない。
「緋色さん、もう十分です。帰りましょ、ひなたが待っています」
私は小声で緋色さんに耳打ちした。
あと、1年しか生きられない私のことよりも、これから人生が続いていく緋色さんやひなたの事を優先するべきだ。
なんだか危険な感じがするし、復讐は諦めた方が良いだろう。
陽子に復讐をするということは、大企業を敵に回すことだということを忘れていた。
緋色さんの映像で、少しは陽子の行動に疑問を持った人間もいるかもしれない。
私は、もうそれで納得しようと思った。
「まだ、終わってないよ。はあ、できれば使いたくなかったけれど、君を10年以上想い続けた彼の助けを借りないとかな」
緋色さんの言葉の意味を、私は全く理解できなかった。
「10年以上ってなんの⋯⋯」
私が言い終わらないうちに、緋色さんが手を挙げて誰かに合図を出す。
「陽子お嬢様、本当に森田蓮と結婚するの? 今みたいに遊べなくなるよ。1人の男で満足できる女じゃないでしょ」
私は突然聞き慣れた元彼である勇の声が会場中に響き渡って驚いてしまった。
(この音声データは陽子と勇の会話?)
「もう、勇ってば大丈夫よ。私は結婚しようと好きな時に好きなことができるの。私は特別な上級国民なんだから。森田食品の御曹司と結婚するのはパパからのミッションなのよ」
「森田食品と小笠原製薬で健康食品でも開発するの?」
「ふふっ、勘がいいじゃない。その健康食品にちょっとした仕込みをするのよ」
「何? 小笠原夫人が、愛人殺しをした時みたいに毒でも盛るの?」
「ママはやりすぎなのよね。まあ、健康状態が悪くなっても死にはしないわよ。死にはしなくても、薬がまた売れるかもね。世の中はバカばかりだから、お金は集まるところに集まるようにできているのよ」
音声データが終わるなり会場が沈黙に包まれたと思ったら、一気に皆が騒ぎ出す。
「愛人殺しって何?」
「健康食品にウイルスでも仕込む気なのか?」
「これって物凄いやばい会話じゃない」
お祝いムードなんて一切なくなる、冗談にしてはキツすぎる内容だ。
「明日の一面差し替えだ!」
記者の1人が会場の外に出ようとした時に、急に黒服の人間たちが扉の前に立ちはだかった。
「皆様、失礼しました。実は妻と娘は精神疾患を患っていて虚言癖があります。長期に渡り私は2人を支えてきましたが、このように仕事に差し支えるようになってくると辛いものですね。妻と娘のことは大切に思っていますが、私にとって社員もまた家族です。蓮君は娘の病を知りながら受け入れてくれると言った懐の広い方でした。私も1人では抱えきれず、それに甘えそうになっていましたが間違っていたと今は思います。蓮君、君の好意に甘えてすまなかった。この婚約は破棄してもらっていいだろうか」
目に涙を浮かべながら、声を絞り出すように小笠原社長が語り出す。
何が起こったのか理解が追いつかなくて青くなり震えている陽子。
その横で小笠原社長の言葉に必死に頷く森田蓮がいた。
「小笠原社長。1人で苦しまず、これからは周りを頼ってください。話をするだけでも、楽になることがあると思います。婚姻関係などなくても、私たちは世界の人々の健康を作っていく仲間じゃないですか」
森田蓮の父親であろう森田社長が返した言葉にパラパラと拍手が漏れる。
これが茶番だと気がついている人だっているだろうに、それを言ってはいけない雰囲気だ。
「緋色さん、帰りましょ。もう、復讐は十分果たせました」
「そうだな。今日はもう疲れただろう。何も食べられなかったな。帰ってケータリングでもとろう」
「ご飯を作ってから来たので大丈夫ですよ。ひなたと3人で食べましょう」
「うちの奥さんは本当にできるな」
私の頬に軽くキスをしてくる緋色さんに驚いていると、どこからか視線を感じた。
(勇だ⋯⋯勇は私の味方だったの? 勇は森田食品に勤めているのに大丈夫なの?)
扉を塞がれても、緋色さんのホテルだったから私たちは裏口から難なく出られた。
会場を出て送迎車に乗り込むと、私は緋色さんに問いかけた。
「あの音声データは勇から受け取ったものですよね。勇は大丈夫なんでしょうか?」
彼が私と付き合っている時に、勇が陽子と肉体関係を持っていたことは間違いなさそうだ。
それは明らかに恋人であった私に対する裏切りであるはずなのに、何故か私は彼を心配している。
勇は私を裏切ってたはずだ。
彼は結婚するって言ったのに、病気と分かると私の手を離した冷たい男だった。
「大丈夫ではないだろうな。おそらく解雇されるんじゃないか? でも、彼のことはうちで面倒を見ようと思う」
緋色さんが私を抱き寄せながら話をしてくる。
「正直、混乱しています。私は勇が陽子と一緒に私を裏切って嘲笑っている会話を聞いたんです」
「君を貶めることに喜びを見出している小笠原陽子の信頼を得るための演技だ。君は人から向けられる好意に鈍いところがあるぞ。川瀬勇は君を自分の存在よりも大切に思える唯一の存在だと言っていた」
大切だとか、愛しているだとかそう言った言葉を勇は言わない。
私には直接言わないくせに、緋色さんには私を大切だと伝えていたなんて本当に変な男だ。
冴えない地味な男だけど、川瀬勇は私にとって信頼できる存在だった。
彼はいつも私を優先してくれていたからこそ、死ぬまで一緒にいてくれると思っていたし陽子と共謀して裏切っていたと知った時はショックだった。
「私は勇のことを男性として愛してはいなかったけれど、信じていました」
私にとって勇は誰よりも信頼を寄せていて、頼りにしていた男だったことは確かだ。
彼が陽子と裏切っていたことを思い出すと涙が溢れてきた。
私は涙を流すのを見られたくなくて、思わず手で顔を隠した。
私は勇のことをかなり頼りにしていたし、彼のアドバイスはいつも聞いてきた。
陽子が私が言ってもいない悪口を言ったと周囲に噂を流した時、彼は必ず彼女との会話を録音するようにと私に言った。
特にやりたいことがなくて就職に悩んでいた時に、母親を探すならCAになるのはどうかと言ったのも勇だ。
流石の陽子も身長が足りないから、CAにはなれない。
就職先まで追っかけてこないだろうとも言っていた。
結局、身長が足りなくても陽子はコネ入社をしてきた。
進学先だって、学力が足りなくても陽子は裏口入学をして私を追ってきた。
彼女の私への執着心は異常だ。
私の初恋の人を奪ったのだって、陽子は私から奪うことが目的だったのは明白だった。
勇との関係を私に陽子が暴露しなかったのは何故だろう。
(私が一番ショックを受けるタイミングで暴露しようと思ったのかも⋯⋯結婚後とか)
「もしかして、勇は私を陽子から守っていたんですか?」
「そうだよ。そして彼もあの音声データを披露した以上、自らを危険に晒している」
「どういうことですか? 確かに、健康食品に毒を入れるなんて冗談でも言ってはいけない話ですが」
陽子はいつも私の前では良い友人を演じていた。
裏で私のことを悪く言っていることは知っていたが、勇の前の彼女は紛れもなく悪女だった。
(勇の前の陽子が本当の陽子なの? 陽子も沢山の顔を持っていてどれが本当か分からないわ)
「まあ、あれは小笠原陽子のつまらないブラックジョークかもしれないな。小笠原社長があの音声データを聞いて慌てたのはそっちじゃない。あの音声には隠し通さなければならない真実が隠されていたんだ」