「緋色さん、お待たせ致しました。今日の婚約パーティーは、さっさと切り上げましょう。早く今日のひなたを緋色さんに見て欲しいんです」
今日は陽子の婚約パーティーだ。
復讐の為に準備をしようと思っていたが、最近の私はそれどころではなかった。
ひなたは耳の精密検査をしたが異常がなかった。
薬で眠りにつかせた状態で、脳に音が届いているかを確かめる検査で脳に反応があったのだ。
例え言葉が出なくても、ひなたに聞こえているのならばと私は彼に語りかけ続けた。
すると、ある日ひなたが私に絵本を持ってきて「ママ読んで」と言って来た。
その日を皮切りに彼はどんどん言葉を話すようになった。
先生によると日本語に触れる機会自体が、今まで少なかったのではないかということだった。
それに偶に言葉を溜め込んで、急に喋り出すような子もいるらしい。
検査をしたり、言葉の教室に通わせたり私が心配しすぎだったかもしれない。
それでも、私にとっては子供に対して沢山の懸命な母親たちを見られた貴重な時間だった。
残された命の時間が短いとか、復讐とかそんなことを忘れられる時間をひなたは私にくれた。
「ひなたがどうかしたか? 最近は忙しくしてて、ひなたの寝顔しか見られていないな。それにしてもいつの間にか日陰はひなたのことを呼び捨てにしてくれるようになったな」
「あっ⋯⋯すみません。勝手に呼び捨てにしてしまって。ただ、ひなたが今日も沢山お喋りをしてくれて、緋色さんにも聞いて欲しかっただけです」
「いや、嬉しいんだよ」
緋色さんは微笑んでいるが、いつもより少し疲れている気がして心配になる。
「緋色さん、お疲れのようですが大丈夫ですか? 今日は私1人で婚約パーティーに出席しますよ。緋色さんは早めに帰宅して休んでください。この勇と陽子の浮気の証拠で一矢報いて来ます」
私が録音データが入っているスマホを掲げると、その手首をそっと緋色さんが掴んでくる。
「小笠原陽子への復讐については俺に任せてくれないか? それと、川瀬勇だが彼は日陰の為に小笠原陽子に近づいていた可能性が高い。彼に復讐すると日陰が後で後悔するかもしれない」
予想外のことを緋色さんが言ってくるので驚いてしまう。
私と付き合いながら陽子と関係を持っていた勇は、明らかに私の敵だと思うのだが違うのだろうか。
「勇が私の味方だなんて事があるのですか? 彼は私と10年以上付き合いながら陽子とも関係を持って、病気の私を裏で笑ってたような男ですよ」
自分で言っていて寂しい気持ちになった。
10年間、勇のことは異性としては見られなかったが情はあった。
私は彼に「余命1年でも最期の瞬間まで一緒にいたい」と言って欲しかった。
しかし、彼は私の余命を知ってもホテルに誘って「思い出作り」などとふざけた事を言うだけだった。
私の欲しかった言葉をくれたのは出会ったばかりの緋色さんだった。
「日陰、そんな泣きそうな顔をしないで。君が幸せそうにしているのが、1番小笠原陽子にはダメージがあるんだから。それから、川瀬勇については今日が終わったら改めて接触するつもりだ。彼のことは任せてくれ。夫として元彼と君が会うのは嫌なんだ」
まるで私のことを愛しているような言い方をしてくる彼に戸惑ってしまう。
(緋色さんが私を選んだのは余命が1年しかないからだ⋯⋯)
私のことを好きなように見えても、そんなはずはない。
それに、私が彼と築きたいのはひなたの親としての関係だけだ。
緋色さんは勇と「改めて接触」という言い方をした。
私の元彼である勇に接触して、既に何か話したのだろう。
何だかモヤモヤするが、私も勇とはもう会いたくないから勇のことは彼に任せてしまおうと思った。
勇を思い出す度に、陽子と一緒に私を馬鹿にしていたような会話をしていたことを思い出して吐き気がするからだ。
「分かりました。緋色さんにお任せします。では、参りましょうか」
私は彼に腕を絡めると、決戦の場である婚約パーティーに突撃した。
会場はスカーレットホテルのセレブレーションホールで行われた。
芸能人も結婚式するような豪華絢爛な場所だ。
陽子の父の小笠原社長や、森田食品の森田社長だけでなく錚々たるメンバーがいる。
(こんなところで私は復讐しようとしていたのね。急に緊張して来ちゃった)
「大丈夫。ここは、俺の陣地だから」
「あの、復讐計画の実行が緋色さんの迷惑にはなりませんか?」
「俺の心配をしてくれてるの? 可愛い奥さんだな」
私がビビってしまっていることに気がついたのか、緋色さんが私の心を落ちつかせるようなことを言ってくる。
私は一緒に暮らしていても、未だ彼のことがよく分からない。
仕事熱心で、できる男の典型のように見える時もある。
良いお父さんのように見える時と、私を口説くただの男に見える時もある。
(私のことを好きなようなそぶりを見せてくるけど⋯⋯私は彼に好かれるようなことは何もしていないからそれはない)
陽子が私に気がつき、小さく手を振ってくるのが見えた。
隣にいる茶髪でチャラそうに見えるのが、彼女の婚約相手の森田蓮だろう。
「陽子、婚約おめでとう」
私は思ってもない言葉を発しながら陽子に花束を渡すと、彼女は隣にいる緋色さんを凝視していた。
「白川社長、ご結婚されたとお聞きしました。お美しい奥様で羨ましいです。今日は俺と陽子の為にお忙しいところいらっしゃってくださったのですね。本当になんとお礼を言って良いか」
緋色さんの顔を見るなり、陽子の婚約者の森田蓮が頭を下げてくる。
(チャラそうに見えるけれど、礼儀に関してはしっかりしてそう⋯⋯)
「白川社長、亡くなった奥様の忘れ形見のお子さんの面倒を見る女性ができて良かったですね。日陰は病気のことを白川社長にはお話ししたの? 余命1年しか生きられないことを隠しながら結婚したんじゃないでしょうね」
突然発した陽子の言葉に、周りの注目が集まる。
「森田君、森田食品とはこれからも仕事をしたいと思っていたが、君の婚約者の陽子さんは虚言を吐くような女性のようだ。君の会社との付き合い方も考え直した方が良いかもな。こちらもあまりリスクは負えないのでね」
「私は間違ったことは言ってません! 日陰が後1年で死ぬのは、本当のことです。それなのに結婚なんて、私は白川社長のことを考えて忠告してあげているのですよ」
動揺した陽子が大きな声を出す。
婚約パーティーは始まる前から、異様な雰囲気に包まれた。
「もし、それが本当だとしても普通余命1年の人に対してそんな言い方する?」
「なんか、小笠原陽子ってやばい女じゃない?」
周囲の人がザワザワと騒ぎ出した。
「白川社長、昼間のことをバラされたくなければ、この場をおさめてよ」
緋色さんの耳元に口を近づけて陽子が囁くのが聞こえる。
(昼間のことってなんだろう⋯⋯)
「皆様、実は今、私は小笠原陽子さんより恐喝をされています。私は大学の可愛い後輩である森田君をお祝いしたい気持ちがありましたが、彼のことを思うならばこの事実を明かすべきだと思いました。皆様、正面の壁を見てください」
その瞬間、正面の壁に映像が映し出される。
(緋色さんと陽子。これは緋色さんの仕事場の映像?)
「君が緩いことなんてみんな知っているから、そんなことで森田蓮との婚約はダメになったりしませんよ。人を貶めることばかりに気を取られてないで、まずは自分のことを見つめ直した方が良いですよ」
緋色さんの言葉に始まる映像にみんなの注目が一気に集まる。
(なんの話をしているの? もしかして、勇に被害が及ばなように前の会話の部分の映像をカットしたりしてる? これだと、緋色さんが陽子を咎めているように聞こえてしまう)
私は不安な気持ちになり、緋色さんにしがみ付くと彼は私を安心させるように抱き寄せた。
突然、映像の中の陽子が叫んで、自分の着ていたブラウスを引き裂いてストッキングごとパンツをおろした。
「きゃああ! 誰か助けてー! 襲われる」
その後、警備員と秘書が入室してきて映像が終わった。
映像が終わるなり、あたりが騒然となる。
陽子は絶句して下を向いて震えていた。
「今の何? 自分で下着を脱いで襲われたって叫んだってこと?」
「小笠原陽子やばくない?」
「自分で襲われたふりして、恐喝していたなんて犯罪じゃん」
騒然とする中、招待客の陽子を非難する声が聞こえてくる。
婚約パーティーのお祝いムードは一気に失われた。
今日は陽子の婚約パーティーだ。
復讐の為に準備をしようと思っていたが、最近の私はそれどころではなかった。
ひなたは耳の精密検査をしたが異常がなかった。
薬で眠りにつかせた状態で、脳に音が届いているかを確かめる検査で脳に反応があったのだ。
例え言葉が出なくても、ひなたに聞こえているのならばと私は彼に語りかけ続けた。
すると、ある日ひなたが私に絵本を持ってきて「ママ読んで」と言って来た。
その日を皮切りに彼はどんどん言葉を話すようになった。
先生によると日本語に触れる機会自体が、今まで少なかったのではないかということだった。
それに偶に言葉を溜め込んで、急に喋り出すような子もいるらしい。
検査をしたり、言葉の教室に通わせたり私が心配しすぎだったかもしれない。
それでも、私にとっては子供に対して沢山の懸命な母親たちを見られた貴重な時間だった。
残された命の時間が短いとか、復讐とかそんなことを忘れられる時間をひなたは私にくれた。
「ひなたがどうかしたか? 最近は忙しくしてて、ひなたの寝顔しか見られていないな。それにしてもいつの間にか日陰はひなたのことを呼び捨てにしてくれるようになったな」
「あっ⋯⋯すみません。勝手に呼び捨てにしてしまって。ただ、ひなたが今日も沢山お喋りをしてくれて、緋色さんにも聞いて欲しかっただけです」
「いや、嬉しいんだよ」
緋色さんは微笑んでいるが、いつもより少し疲れている気がして心配になる。
「緋色さん、お疲れのようですが大丈夫ですか? 今日は私1人で婚約パーティーに出席しますよ。緋色さんは早めに帰宅して休んでください。この勇と陽子の浮気の証拠で一矢報いて来ます」
私が録音データが入っているスマホを掲げると、その手首をそっと緋色さんが掴んでくる。
「小笠原陽子への復讐については俺に任せてくれないか? それと、川瀬勇だが彼は日陰の為に小笠原陽子に近づいていた可能性が高い。彼に復讐すると日陰が後で後悔するかもしれない」
予想外のことを緋色さんが言ってくるので驚いてしまう。
私と付き合いながら陽子と関係を持っていた勇は、明らかに私の敵だと思うのだが違うのだろうか。
「勇が私の味方だなんて事があるのですか? 彼は私と10年以上付き合いながら陽子とも関係を持って、病気の私を裏で笑ってたような男ですよ」
自分で言っていて寂しい気持ちになった。
10年間、勇のことは異性としては見られなかったが情はあった。
私は彼に「余命1年でも最期の瞬間まで一緒にいたい」と言って欲しかった。
しかし、彼は私の余命を知ってもホテルに誘って「思い出作り」などとふざけた事を言うだけだった。
私の欲しかった言葉をくれたのは出会ったばかりの緋色さんだった。
「日陰、そんな泣きそうな顔をしないで。君が幸せそうにしているのが、1番小笠原陽子にはダメージがあるんだから。それから、川瀬勇については今日が終わったら改めて接触するつもりだ。彼のことは任せてくれ。夫として元彼と君が会うのは嫌なんだ」
まるで私のことを愛しているような言い方をしてくる彼に戸惑ってしまう。
(緋色さんが私を選んだのは余命が1年しかないからだ⋯⋯)
私のことを好きなように見えても、そんなはずはない。
それに、私が彼と築きたいのはひなたの親としての関係だけだ。
緋色さんは勇と「改めて接触」という言い方をした。
私の元彼である勇に接触して、既に何か話したのだろう。
何だかモヤモヤするが、私も勇とはもう会いたくないから勇のことは彼に任せてしまおうと思った。
勇を思い出す度に、陽子と一緒に私を馬鹿にしていたような会話をしていたことを思い出して吐き気がするからだ。
「分かりました。緋色さんにお任せします。では、参りましょうか」
私は彼に腕を絡めると、決戦の場である婚約パーティーに突撃した。
会場はスカーレットホテルのセレブレーションホールで行われた。
芸能人も結婚式するような豪華絢爛な場所だ。
陽子の父の小笠原社長や、森田食品の森田社長だけでなく錚々たるメンバーがいる。
(こんなところで私は復讐しようとしていたのね。急に緊張して来ちゃった)
「大丈夫。ここは、俺の陣地だから」
「あの、復讐計画の実行が緋色さんの迷惑にはなりませんか?」
「俺の心配をしてくれてるの? 可愛い奥さんだな」
私がビビってしまっていることに気がついたのか、緋色さんが私の心を落ちつかせるようなことを言ってくる。
私は一緒に暮らしていても、未だ彼のことがよく分からない。
仕事熱心で、できる男の典型のように見える時もある。
良いお父さんのように見える時と、私を口説くただの男に見える時もある。
(私のことを好きなようなそぶりを見せてくるけど⋯⋯私は彼に好かれるようなことは何もしていないからそれはない)
陽子が私に気がつき、小さく手を振ってくるのが見えた。
隣にいる茶髪でチャラそうに見えるのが、彼女の婚約相手の森田蓮だろう。
「陽子、婚約おめでとう」
私は思ってもない言葉を発しながら陽子に花束を渡すと、彼女は隣にいる緋色さんを凝視していた。
「白川社長、ご結婚されたとお聞きしました。お美しい奥様で羨ましいです。今日は俺と陽子の為にお忙しいところいらっしゃってくださったのですね。本当になんとお礼を言って良いか」
緋色さんの顔を見るなり、陽子の婚約者の森田蓮が頭を下げてくる。
(チャラそうに見えるけれど、礼儀に関してはしっかりしてそう⋯⋯)
「白川社長、亡くなった奥様の忘れ形見のお子さんの面倒を見る女性ができて良かったですね。日陰は病気のことを白川社長にはお話ししたの? 余命1年しか生きられないことを隠しながら結婚したんじゃないでしょうね」
突然発した陽子の言葉に、周りの注目が集まる。
「森田君、森田食品とはこれからも仕事をしたいと思っていたが、君の婚約者の陽子さんは虚言を吐くような女性のようだ。君の会社との付き合い方も考え直した方が良いかもな。こちらもあまりリスクは負えないのでね」
「私は間違ったことは言ってません! 日陰が後1年で死ぬのは、本当のことです。それなのに結婚なんて、私は白川社長のことを考えて忠告してあげているのですよ」
動揺した陽子が大きな声を出す。
婚約パーティーは始まる前から、異様な雰囲気に包まれた。
「もし、それが本当だとしても普通余命1年の人に対してそんな言い方する?」
「なんか、小笠原陽子ってやばい女じゃない?」
周囲の人がザワザワと騒ぎ出した。
「白川社長、昼間のことをバラされたくなければ、この場をおさめてよ」
緋色さんの耳元に口を近づけて陽子が囁くのが聞こえる。
(昼間のことってなんだろう⋯⋯)
「皆様、実は今、私は小笠原陽子さんより恐喝をされています。私は大学の可愛い後輩である森田君をお祝いしたい気持ちがありましたが、彼のことを思うならばこの事実を明かすべきだと思いました。皆様、正面の壁を見てください」
その瞬間、正面の壁に映像が映し出される。
(緋色さんと陽子。これは緋色さんの仕事場の映像?)
「君が緩いことなんてみんな知っているから、そんなことで森田蓮との婚約はダメになったりしませんよ。人を貶めることばかりに気を取られてないで、まずは自分のことを見つめ直した方が良いですよ」
緋色さんの言葉に始まる映像にみんなの注目が一気に集まる。
(なんの話をしているの? もしかして、勇に被害が及ばなように前の会話の部分の映像をカットしたりしてる? これだと、緋色さんが陽子を咎めているように聞こえてしまう)
私は不安な気持ちになり、緋色さんにしがみ付くと彼は私を安心させるように抱き寄せた。
突然、映像の中の陽子が叫んで、自分の着ていたブラウスを引き裂いてストッキングごとパンツをおろした。
「きゃああ! 誰か助けてー! 襲われる」
その後、警備員と秘書が入室してきて映像が終わった。
映像が終わるなり、あたりが騒然となる。
陽子は絶句して下を向いて震えていた。
「今の何? 自分で下着を脱いで襲われたって叫んだってこと?」
「小笠原陽子やばくない?」
「自分で襲われたふりして、恐喝していたなんて犯罪じゃん」
騒然とする中、招待客の陽子を非難する声が聞こえてくる。
婚約パーティーのお祝いムードは一気に失われた。