俺と日陰はドラマや漫画で流行中の契約婚をした訳ではない。
法律に基づいた結婚をして、夫婦になった。
しかし、日陰の認識ではひなたの母親になる為の契約婚だったらしい。
(こんなにも、女性に相手にされないのは初めてだ⋯⋯)
美咲という許嫁がいても、近寄って来る女性は多かった。
その全てを煩わしいと思っていた。
美咲のことは女性というより、最初から家族のように思っていた。
だから、異性としてここまで意識したのは日陰が初めてだ。
日陰が人目を惹く美しさを持ってるからだろうか。
(いや、美しいだけの女性なら幾らでもいる⋯⋯)
俺は彼女の外見ではない何かに恐ろしいほどに惹かれている。
「日陰、ひなたのことについては助かった。正直、あの子の事はこのままではいけないと分かっていたが、自分では現状を変えることができなかった」
ひなたに関しては俺も逃げていた部分があった。
発語が遅いことも気になっていたが、それを相談に行く勇気はなかった。
「いいえ、私も手探りで色々やっている状態です。何が正解かは分かりません。ただ、ひなた君のお母さんになれて本当に幸せだなって思いました」
日陰の笑顔がまた見られた。
不思議なことにひなたの実の親である俺より、彼女の方が愛情が深そうだ。
(俺が惹かれているのは、彼女の母性なのか?)
「日陰の母親はどのような方だったんだ?」
俺の母親は父の浮気でメンタルを壊してからは、母親として機能をしていない。
俺にとって母親は母ではなく、病人だ。
子供に対して、これ程愛情を抱ける日陰の母親は素敵な方なんだろう。
「私の母は私が1歳の時に男の人と逃げたそうです。母親を探していたのですが、写真も全て捨てられてしまって殆ど手がかりがありません。流石にあと1年しか生きられないとなると、母親探しは諦めました」
泣きそうな顔で話す日陰に胸が締め付けられる。
(俺が彼女の母親を見つけてきたら、彼女の笑顔が見られるだろうか)
「余命1年と言ったが、その病気は治す手段はないのか? 君は生きることを諦めているように見える」
「手術すれば治るかもしれませんが、成功率は4%程度らしいです。だから、私は残された人生をやりたいことだけやって生きます」
改めて彼女が1年後死ぬという事実を叩きつけられた気がした。
美咲の死からなんとか立ち直れたのに、俺はこれからどんどん惹かれていくだろう日陰の死から立ち直れるだろうか。
でも、彼女自身が手術を望んでいない以上、俺がどうこう言えることではない。
「やりたいこととは、復讐とひなたの母親になることか? 友人と恋人に復讐したいと言っていたが俺に手伝えることはあるか?」
「今、私が考えている復讐計画を聞いて頂けますか? 来月に友人が婚約パーティーをする予定なんです。そこで、友人と元彼の裏切りをぶちまけようと思っています」
「元彼とは、レストランに一緒にいた男か⋯⋯」
「はい。10年以上彼とは付き合っていたのですが、どうやらずっと友人と関係を持っていて私を嘲笑っていたようなんです。友人は高校の時、私の初恋の人を奪った前科もあり私に妙な執着のある子です。今まで私を貶めるような彼女の行動には目を瞑ってました。正直、何か仕返ししたら余計にやり返してきそうなところが怖かったからともいえます。でも、もう私も死ぬので思いっきり2人を地獄に堕としてやろうと決意したまでです」
レストランで見かけた彼女の元彼は、特に目立つような男ではなかった。
それでも、彼は女神のように美しい彼女と10年以上も付き合えていたらしい。
そして、彼女が高校時代、初恋を経験していることにも俺は嫉妬している。
俺は今、30歳を手前にして初恋のような感情を彼女に抱いている自覚がある。
(誰かに片想いするもの、これが初めてだ)
「その友人の婚約パーティー、俺も一緒に行っても良いか? 日陰の夫として何かサポートできることがあるかもしれない」
「まあ、緋色さんみたいな良い男が隣にいれば、友人はダメージを喰らうでしょうね。私の友人は私が幸せになるのを我慢できない人間なんです」
「俺のこと良い男だとは思ってくれているんだな」
俺の言葉に日陰は少し驚いたような顔をした。
「美的感覚は正常に持ってますよ。ちなみに、緋色さんと私が結婚したと分かれば親友は緋色さんを誘惑してくると思います」
「俺がそんな誘惑に屈すると思うか?」
誘惑してくる女など、今まで沢山いたから上手くあしらえる自信があった。
「全く思いません。ひなた君を悲しませるようなことを緋色さんはしないでしょうから」
日陰は俺が浮気をしないだろう理由を、子供を悲しませない為だと考えている。
「俺は日陰にどうしようもなく惹かれているから、他の女に目はいかないよ」
どうしても自分の気持ちを知って欲しくて彼女に伝えてみるが、彼女は全く俺の言葉を信用していないようだった。
「そういう、口説きのおふざけはなしにしましょう。友人の婚約者が森田食品の御曹司の森田蓮なんですが、面識はありますか?」
俺の本気の告白は簡単に流されてしまった。
「森田蓮とはパーティーで何度か挨拶を交わしたこともあるし、仕事上の話をしたこともある。彼の婚約者といえば、君の友人は小笠原陽子か。それだと、彼女の浮気を暴露したところで結婚を破談にする復讐は難しいかもしれない」
「どういうことですか?」
「そもそも、森田蓮は界隈じゃ有名な遊び人だ。手広く事業を展開している小笠原製薬との繋がりを持つための結婚だろう。婚約者が浮気者でも、それはそれで都合が良いと思うかもしれない」
「そうなんですか。では、婚約パーティーで復讐できるのは元彼に対してだけですね。元彼の川瀬勇は森田食品の社員なので、流石に次期社長の婚約者に手をつけたことが露見したらダメージを受けると思います」
日陰の話を聞く限り、小笠原陽子はかなりの曲者だ。
友人の恋人であり、婚約者の会社の社員でもある男と関係を持っている。
小笠原陽子をパーティーで見かけたことがあるが、何処にでもいるお嬢様に見えた。
日陰のような魅力的な女性と付き合える幸運を手にしながら、浮気をする川瀬勇という男も理解できない。
「川瀬勇と小笠原陽子に関しては俺の方でも調査してみる。叩けば決定的なダメージを与えるようなネタが出るかも知れない」
「ありがとうございます。それにしても、緋色さんは私が人に対して復讐したいと思っていることを軽蔑しないのですね」
「裏切られたことに対して復讐したいと思うのは自然な感情だ。それに、俺は日陰の願いはできる限り叶えたいと思っている」
食事の手を止めて思わず日陰の頬に手を伸ばしたら、避けられてしまった。
「川瀬勇のどこが好きだったんだ?」
男として彼女の元彼に負けているようには思えなくて、思わず彼女に疑問をぶつけてしまう。
ヤキモチを妬いて小さな男と思われただろうか。
「異性として彼のことを見たことはありません。ただ、初恋の人に失恋した時、慰めてくれたのが彼だったんです。長く一緒にいるのならときめいきをくれる人よりも、安心できる人が良いかなと思って付き合いました。陽子が羨むような相手でもなかったので、まさか彼女が勇とも関係を持とうとするとは思いませんでした。そう言った意味でも安心だったんです。見事に裏切られましたし、勇も誠実に見えるだけで冷たい男でした。私は本当に人を見る目がないですね」
彼女の落ち込んだような表情を見るに、本当に川瀬勇を信頼していたのが分かった。
「俺は裏切らないよ。絶対に日陰の味方だ」
続けて思わず紡いでしまいそうになった愛の言葉は飲み込んだ。
彼女にとっては結婚したとはいえ、会って日の浅い俺の愛など信じられないだろう。
でも、俺にとって彼女は絶望から救ってくれた女神であり、知れば知るほど好きになってしまう女性だ。
「陽子に緋色さんと結婚したことを告げようと思います。緋色さんが本当に陽子の誘惑に乗らないか見てみたいです」
日陰の提案に思わず苦笑してしまう。
あの程度の女の誘惑に乗るような愚かな男だと、少しでも疑われたのなら心外だ。
「美しい妻の為に、愚かなお嬢様の餌になるとするか。しっかりと、復讐のネタも掴んでくるから任務が完了したら君からご褒美をもらうぞ」
「良いですよ。ご褒美を目指して頑張ってくださいね、旦那様」
彼女が微笑みながら「旦那様」と呼んでくれただけなのに、気持ちが異常に高ぶるのが分かった。
本当にこんな女性を手にしながら、浮気する馬鹿な男がいるのが信じられない。
法律に基づいた結婚をして、夫婦になった。
しかし、日陰の認識ではひなたの母親になる為の契約婚だったらしい。
(こんなにも、女性に相手にされないのは初めてだ⋯⋯)
美咲という許嫁がいても、近寄って来る女性は多かった。
その全てを煩わしいと思っていた。
美咲のことは女性というより、最初から家族のように思っていた。
だから、異性としてここまで意識したのは日陰が初めてだ。
日陰が人目を惹く美しさを持ってるからだろうか。
(いや、美しいだけの女性なら幾らでもいる⋯⋯)
俺は彼女の外見ではない何かに恐ろしいほどに惹かれている。
「日陰、ひなたのことについては助かった。正直、あの子の事はこのままではいけないと分かっていたが、自分では現状を変えることができなかった」
ひなたに関しては俺も逃げていた部分があった。
発語が遅いことも気になっていたが、それを相談に行く勇気はなかった。
「いいえ、私も手探りで色々やっている状態です。何が正解かは分かりません。ただ、ひなた君のお母さんになれて本当に幸せだなって思いました」
日陰の笑顔がまた見られた。
不思議なことにひなたの実の親である俺より、彼女の方が愛情が深そうだ。
(俺が惹かれているのは、彼女の母性なのか?)
「日陰の母親はどのような方だったんだ?」
俺の母親は父の浮気でメンタルを壊してからは、母親として機能をしていない。
俺にとって母親は母ではなく、病人だ。
子供に対して、これ程愛情を抱ける日陰の母親は素敵な方なんだろう。
「私の母は私が1歳の時に男の人と逃げたそうです。母親を探していたのですが、写真も全て捨てられてしまって殆ど手がかりがありません。流石にあと1年しか生きられないとなると、母親探しは諦めました」
泣きそうな顔で話す日陰に胸が締め付けられる。
(俺が彼女の母親を見つけてきたら、彼女の笑顔が見られるだろうか)
「余命1年と言ったが、その病気は治す手段はないのか? 君は生きることを諦めているように見える」
「手術すれば治るかもしれませんが、成功率は4%程度らしいです。だから、私は残された人生をやりたいことだけやって生きます」
改めて彼女が1年後死ぬという事実を叩きつけられた気がした。
美咲の死からなんとか立ち直れたのに、俺はこれからどんどん惹かれていくだろう日陰の死から立ち直れるだろうか。
でも、彼女自身が手術を望んでいない以上、俺がどうこう言えることではない。
「やりたいこととは、復讐とひなたの母親になることか? 友人と恋人に復讐したいと言っていたが俺に手伝えることはあるか?」
「今、私が考えている復讐計画を聞いて頂けますか? 来月に友人が婚約パーティーをする予定なんです。そこで、友人と元彼の裏切りをぶちまけようと思っています」
「元彼とは、レストランに一緒にいた男か⋯⋯」
「はい。10年以上彼とは付き合っていたのですが、どうやらずっと友人と関係を持っていて私を嘲笑っていたようなんです。友人は高校の時、私の初恋の人を奪った前科もあり私に妙な執着のある子です。今まで私を貶めるような彼女の行動には目を瞑ってました。正直、何か仕返ししたら余計にやり返してきそうなところが怖かったからともいえます。でも、もう私も死ぬので思いっきり2人を地獄に堕としてやろうと決意したまでです」
レストランで見かけた彼女の元彼は、特に目立つような男ではなかった。
それでも、彼は女神のように美しい彼女と10年以上も付き合えていたらしい。
そして、彼女が高校時代、初恋を経験していることにも俺は嫉妬している。
俺は今、30歳を手前にして初恋のような感情を彼女に抱いている自覚がある。
(誰かに片想いするもの、これが初めてだ)
「その友人の婚約パーティー、俺も一緒に行っても良いか? 日陰の夫として何かサポートできることがあるかもしれない」
「まあ、緋色さんみたいな良い男が隣にいれば、友人はダメージを喰らうでしょうね。私の友人は私が幸せになるのを我慢できない人間なんです」
「俺のこと良い男だとは思ってくれているんだな」
俺の言葉に日陰は少し驚いたような顔をした。
「美的感覚は正常に持ってますよ。ちなみに、緋色さんと私が結婚したと分かれば親友は緋色さんを誘惑してくると思います」
「俺がそんな誘惑に屈すると思うか?」
誘惑してくる女など、今まで沢山いたから上手くあしらえる自信があった。
「全く思いません。ひなた君を悲しませるようなことを緋色さんはしないでしょうから」
日陰は俺が浮気をしないだろう理由を、子供を悲しませない為だと考えている。
「俺は日陰にどうしようもなく惹かれているから、他の女に目はいかないよ」
どうしても自分の気持ちを知って欲しくて彼女に伝えてみるが、彼女は全く俺の言葉を信用していないようだった。
「そういう、口説きのおふざけはなしにしましょう。友人の婚約者が森田食品の御曹司の森田蓮なんですが、面識はありますか?」
俺の本気の告白は簡単に流されてしまった。
「森田蓮とはパーティーで何度か挨拶を交わしたこともあるし、仕事上の話をしたこともある。彼の婚約者といえば、君の友人は小笠原陽子か。それだと、彼女の浮気を暴露したところで結婚を破談にする復讐は難しいかもしれない」
「どういうことですか?」
「そもそも、森田蓮は界隈じゃ有名な遊び人だ。手広く事業を展開している小笠原製薬との繋がりを持つための結婚だろう。婚約者が浮気者でも、それはそれで都合が良いと思うかもしれない」
「そうなんですか。では、婚約パーティーで復讐できるのは元彼に対してだけですね。元彼の川瀬勇は森田食品の社員なので、流石に次期社長の婚約者に手をつけたことが露見したらダメージを受けると思います」
日陰の話を聞く限り、小笠原陽子はかなりの曲者だ。
友人の恋人であり、婚約者の会社の社員でもある男と関係を持っている。
小笠原陽子をパーティーで見かけたことがあるが、何処にでもいるお嬢様に見えた。
日陰のような魅力的な女性と付き合える幸運を手にしながら、浮気をする川瀬勇という男も理解できない。
「川瀬勇と小笠原陽子に関しては俺の方でも調査してみる。叩けば決定的なダメージを与えるようなネタが出るかも知れない」
「ありがとうございます。それにしても、緋色さんは私が人に対して復讐したいと思っていることを軽蔑しないのですね」
「裏切られたことに対して復讐したいと思うのは自然な感情だ。それに、俺は日陰の願いはできる限り叶えたいと思っている」
食事の手を止めて思わず日陰の頬に手を伸ばしたら、避けられてしまった。
「川瀬勇のどこが好きだったんだ?」
男として彼女の元彼に負けているようには思えなくて、思わず彼女に疑問をぶつけてしまう。
ヤキモチを妬いて小さな男と思われただろうか。
「異性として彼のことを見たことはありません。ただ、初恋の人に失恋した時、慰めてくれたのが彼だったんです。長く一緒にいるのならときめいきをくれる人よりも、安心できる人が良いかなと思って付き合いました。陽子が羨むような相手でもなかったので、まさか彼女が勇とも関係を持とうとするとは思いませんでした。そう言った意味でも安心だったんです。見事に裏切られましたし、勇も誠実に見えるだけで冷たい男でした。私は本当に人を見る目がないですね」
彼女の落ち込んだような表情を見るに、本当に川瀬勇を信頼していたのが分かった。
「俺は裏切らないよ。絶対に日陰の味方だ」
続けて思わず紡いでしまいそうになった愛の言葉は飲み込んだ。
彼女にとっては結婚したとはいえ、会って日の浅い俺の愛など信じられないだろう。
でも、俺にとって彼女は絶望から救ってくれた女神であり、知れば知るほど好きになってしまう女性だ。
「陽子に緋色さんと結婚したことを告げようと思います。緋色さんが本当に陽子の誘惑に乗らないか見てみたいです」
日陰の提案に思わず苦笑してしまう。
あの程度の女の誘惑に乗るような愚かな男だと、少しでも疑われたのなら心外だ。
「美しい妻の為に、愚かなお嬢様の餌になるとするか。しっかりと、復讐のネタも掴んでくるから任務が完了したら君からご褒美をもらうぞ」
「良いですよ。ご褒美を目指して頑張ってくださいね、旦那様」
彼女が微笑みながら「旦那様」と呼んでくれただけなのに、気持ちが異常に高ぶるのが分かった。
本当にこんな女性を手にしながら、浮気する馬鹿な男がいるのが信じられない。