今、俺は小笠原製薬が森田食品に機密情報の横流しをしていた件で謝罪会見をしている。

 オンラインで会見はライブ配信され、会見場には数社のマスコミを集めている。

 小笠原社長の息がかかっていないと思われる連中を、白川社長と調べて秘密裏に招集したつもりだ。

「我が森田食品はこの度の情報管理について、深く反省し代表取締役社長である森田孝彦氏を解任いたしました。また、上層部も一新する予定です」

 俺は根回しをして、父を午前中の取締役会で解任した。

「蓮さんは、新たに社長として森田食品を引っ張っていくこととなるのですが、今回の件について何も知らなかったと言うことですか?」

「情けないことに存じ上げませんでした。社内の体制を一新する為には私よりふさわしい方を社長に据えることも考えました。しかし、私は父の罪と向き合って、会社を変えていきたいと思っています」

 会見場の外が騒がしくなってきた。

 おそらく、怒り狂った父と小笠原社長が会見場の場所を割り出し突撃してきたのだろう。
 彼らの注意を日陰さんの結婚式ではなく、こちらに引けて良かった。

 俺の合図に応じて司会進行役が終了の合図を告げる。

「皆様、今後生まれ変わった森田食品を見て頂けるように、誠心誠意努力致します。では、失礼します」

 ざっと、20分の会見。
 思ったよりも会見場所が露見してしまうのが早かった。

 会見場を出ると、父と小笠原社長が首を揃えて待っていた。
 2人ともここで騒ぎを起こすとまずいと思ったのか、俺たちはSPに囲まれながら個室に移動した。

「蓮! お前、自分が何をやったか分かっているのか、育てられた恩も忘れて裏切り者が!」

 父が振り上げた手を力強く掴んだ。

 今まで、どうして彼を恐れていたのか不思議に思うほど焦って暴力に訴える彼が子供に見える。

 「余命1年と思ったら強くなれた」と日陰さんが言っていた。
 俺の余命が後少しだったら、世界一美しい彼女の笑顔を少しでも見たい。

 それが、女好きの森田蓮だ。

「蓮くん、君もどうせ日陰に誘惑され、唆されたのだろう。アレは玲香と同じで男を狂わす女だ。君の父親も玲香に手を出した。私は自分のモノに手を出されるのが1番嫌いなんだ。玲香には消えてもらったよ。汚れた彼女では私の心の隙間は埋められない」

 小笠原社長のと言葉に、一瞬時が止まった気がした。
 俺の心にヒュウと心臓を凍らすような風が吹いた。

 父は俺の初恋が玲香さんだと知っていた。

 それよりも、俺は自分と寝た女の娘である日陰さんと俺を結婚させようとしていた父が理解できない。

 父が秘密倶楽部で自分の欲望を発散させてたことを耳にしても、自分も遊んでたから父親でも男ならそんなもんだと思ってた。

 でも、玲香さんは俺にとって初恋の人で、日陰さんは俺にとって特別な人だ。
(気持ち悪い⋯⋯吐き気がする⋯⋯耐えられない)

「違う! 違うんだ! 蓮! 須藤玲香が俺を誘惑してきて、たった1度魔が差してしまっただけなんだ。そしてその後は、それをネタに会社の権利を譲れと強請ってきた。俺はてっきり小笠原社長の差金だと思って⋯⋯」

 玲香さんは、野心のためなら何でもしそうな聖女の見た目をした悪女だった。

 幼い俺は、そんな映画に登場するような危険な彼女に惹かれた。
 彼女は自分の女の魅力で、森田食品の権力にも力を伸ばそうとしたのだろう。

「蓮くん、顔が真っ青だよ。でも、玲香を殺したのは私であって、私ではない。妻の真知子だよ。毒を塗ったカップをそのまま出してお茶会をした、家柄だけの足らない女だ」

 知らずに出したお茶で愛人が死んだことにより、小笠原夫人は共犯にされた。

 意図せず殺人をさせられたことのストレスで、娘まで歪めるような育て方をしてしまったのだ。

 小笠原社長が玲香さんを見る視線は恋に溺れた男のそれだった。
 彼から見ると別の男と関係を持った玲香さんを許せないと思ったのだろう。

 俺は玲香さんは彼を含めた全ての男に対して、恋だの愛など感じさせない冷たい視線を向けていたのを知っている。

 吐き気をもようしそうになるのを耐えながら、俺は今後の責任について2人に問いかけた。

「父さんも小笠原社長もこんなところで、俺と話してても良いんですか? これから、2人は相当叩かれると思いますけど⋯⋯」

 2人はこれから追い詰められるだろう。

 人には知られたくないような病歴が商売のために使われたなんて許されない。
 これから、多くの人間が怒り賠償を請求してくると俺は予想している。

「君は1つ勘違いしている。私が富や名声を失うことが怖いと思っているだろう。私はこの世界に生まれ出てから、富も権力も全てを持っていた。私が求め続けたのは純粋な愛だ。玲香にそれを感じたことがあったが、私の勘違いだった。私は彼女を失ってから、ずっと初恋の櫻子姉様だけを思っていた」

 父は小笠原社長の信じられない言葉に膝をついた。

「櫻子姉様って、母さん?」
 本当に気持ち悪くて、今にも胃液まで吐きそうだ。

「私たちは姉弟ゆえに、求め合っても結ばれることを許されなかった。だから、ずっと夢を見ていたのだよ。私の遺伝子を継いだ子と櫻子姉様の遺伝子を継いだ子が混ざり合って、私たちの愛の結晶を作っていくのを⋯⋯」

 母さんも不思議なくらい必死に日陰さんとの結婚を強制してきたのを思い出す。

(姉弟で求め合ってた? 何を言ってるんだ? 巻き込むなよ!)

 身勝手さに怒りを感じるのをこえて、気持ち悪い。

 厳しくても、間違った事をしても、両親は俺の幸せを願っていると信じてた。
 でも、実際は俺は彼らにとって、本当に目的を達成する為のただの道具だ。

(小笠原社長だけじゃない、父さんも、母さんも自分らの欲望を満たしたいだけじゃないか!)

 頭が割れそうなくらいの頭痛がするのは、痛みが俺の心を守っているのだろう。

「小笠原社長! プライベートジェットのご準備ができました」

 秘書が小笠原社長に囁いた言葉に、一気に我に返り頭に血がのぼった。

「逃げるんですか? 全ての責任を放棄して?」
 大企業の社長である彼は自分の職務に責任を持つべきだ。
(多くの社員の人生を背負っているという自覚がないのか?)

「責任? 一体何の? 最近の楽しみは私たちの愛の結晶の誕生だけだった。それがないなら、私を日本に縛りつけとくことはできないよ」

 小笠原社長のような人をサイコパスとでも言うのだろう。
 俺のような、ただの女好きには理解できない人間だ。

「れ、蓮!」
 父が今まで見たことのないような情けない顔をしていた。

「触んなよ! 2度と俺の前にも日陰さんの前にも顔を出すな。説明責任だけは果たせよ」
 俺は気がつくと、足に縋ってきた父を押し倒していた。

 今、聞いた話を俺は一生心の奥にしまっておくことにした。

 父親が母親を殺していたなんて残酷な事実も、俺の父親と彼女の母親が関係があったなんて事も日陰さんには知って欲しくない。

 俺に戦う勇気をくれた彼女に俺ができるのは、彼女を苦しめるだろうこの秘密を守っていくことだけだ。