美咲さんのご両親が玄関で出迎えてくれた。
「お久しぶりね緋色さん⋯⋯」
美咲さんの母親は穏やかな顔をした優しそうな人だった。
そして、彼女の横には美咲さんの父親らしき人が寄り添っている。
2人が私の方を見たので、私はすかさず頭を下げて自己紹介した。
「白川日陰と申します。今日は、少しでも美咲さんの話が聞ければと思い来ました」
よく考えれば、今日は小笠原製薬が傾いた時の対策をお願いにきたはずだった。
それでも、私の頭の中は門を潜った時から美咲さんのことでいっぱいになってしまっていた。
(どうしよう、間違ったかな⋯⋯)
「美咲の話を聞きたいなんて言ってくれるなんて嬉しいわ。さあ、上がって」
美咲さんの母親に促され、私は緋色と共に応接室に通された。
応接室までの廊下にも、家族3人の写真がたくさん飾ってあった。
優しそうな両親の間で美咲さんは、いつも満面の笑顔だった。
促されるがままに席に着くと、お手伝いさんのような女性が紅茶とお茶菓子を出してきた。
先程、手土産にと緋色が美咲さんのご両親に渡したお茶菓子だ。
「緋色さん。このお菓子、美咲も好きだったやつね。あの子甘いものに目がなかったから」
緋色はいつもの自信に溢れた感じではなく、遠慮がちに頷いた。
「ひなた君も甘い物大好きなんです。2歳で甘い物食べさせて良いのか分からなかったんですが、食べているのが幸せそうでついあげてしまってます」
私は、ひなたのことを少しでも伝えたくて気がつけば口を開いていた。
「大丈夫よ。日陰さん。美咲もその頃にはチョコレートとか食べてたけれど、大人になっても虫歯1つなかったから⋯⋯」
「やはり歯のクリーニングやフッ素を塗ったり気をつけていたのですか?」
「そうそう。美咲は歯医者さんには毎月のように予防歯科でお世話になっていたわ。おもちゃも貰えるしね」
「なんと、おもちゃまで頂ける歯医者があるのですね」
私は昨今の子供が予防歯科に通うことにより、虫歯ができる子が激減していると区役所で貰った子育てパンフに載っていたのを思い出していた。
(ひなたも歯が生え揃ってきているし、良い歯医者を探さないと⋯⋯)
「ひなた君は大きくなったかな?」
「はい⋯⋯」
美咲さんの父親が尋ねた言葉に緋色が戸惑いながら短くこたえている。
ここに来てから、彼はずっと気まずそうにしている。
「そういえば、美咲は言葉がなかなか出なくて心配したわね」
「ああ、そうだったな」
美咲さんのご両親が彼女を懐かしんでいるのが分かった。
「ひなた君が言葉が出たのも、ついこないだなんです。でも、話し出したら溢れるように言葉が出てきて、今朝は自分の名前の意味まで説明してきたんですよ」
私は気がつけば物知りになっていたひなたの事を伝えていた。
(ひなた君のこと少しでも知って欲しいという私の気持ちを押し付け過ぎているかも⋯⋯)
「日の当たる場所⋯⋯」
美咲さんの母親が呟いた言葉に私は大きく頷いた。
「ひなた君はそこにいるだけで太陽みたいな子なんですが、思いやりもあって色んな事考えてる子なんです⋯⋯」
私はひなたが急に話し始めたのを見て思慮深い子だからこそ、周りの様子を見て言葉を出すタイミングを伺っていたと思っていた。
「そうなのよ。美咲もね、側から見ればわがまま娘でも色々考えてたの。アメリカ国籍を子供に取らせてあげたいとか⋯⋯ひなたの将来を考えてたのよ」
突然、口を抑えて美咲さんの母親が泣き出してしまった。
私がハンカチを差し出すと「ありがとう」と言って受け取ってくれた。
「緋色さん、美咲が亡くなった時に、私たちは悲しみのぶつけどころがなくて君を責めた。謝罪させて欲しい」
美咲さんの父親が緋色に頭を下げている。
緋色は義理の両親から非難され、自分の両親も頼れず1人でひなた君を育ていたということだ。
多忙な彼が1人でどれだけ大変だったかを思うと胸が締め付けられた。
(彼自身も美咲さんを失って苦しかったはずだ⋯⋯)
「ひなたと名付けたのは美咲さんが男の子でも、女の子でもひなたにしようと言っていたからです。良かったら、ひなたに会ってあげてください」
緋色が穏やかな声で言うと、美咲さんの父親は何度も頷いた。
「美咲の名前は、日の当たる場所で咲き誇る美しい花のように生きてほしいと思いつけたんだ。ああ、私たちの孫のひなたに会いたいね」
「ええ。緋色さん、今までなんのお手伝いもできずに申し訳なかったわ。日陰さん、ひなたの母親になってくれてありがとう。美咲もきっと、あなたのような人なら安心だと天国から見守ってるわ」
美咲さんの母親の言葉に私は涙が溢れた。
私はしっかりした母親には程遠いし、今は私の事情でひなたに窮屈な思いをさせてしまっている。
ひとしきり、ひなたと美咲さんの話をした後、緋色が小笠原製薬の件について語り出した。
「もちろん、うちとしても優秀な人材は欲しいし協力する。企業規模を考えると倒産は防いで、うちから社外監査役を送るなどして事業を継続した方が良さそうだね」
美咲さんの父親はすぐに笹沼薬品の社長の顔になった。
緋色もいつもの自信に溢れた彼に戻っている。
「小笠原の看板はおろして、社名を変更することになるでしょう。今日、保釈期間中の小笠原陽子の傷害事件も明らかになる予定です」
確かに、「小笠原」の名前はブランド力をなくして、地に落ちるだろう。
(私も小笠原社長の血を引いている⋯⋯緋色とひなたの側にいて本当に良いの?)
「日陰さん。大丈夫よ、顔をあげて。何でも頼って、私はひなたのおばあちゃんなんだから。全てが落ち着くまで、ひなたはこちらで預かりましょうか?」
俯いていた私の気持ちを察するように、美咲さんの母親が声をかけてくれる。
「お願いできるとありがたいです」
緋色はその申し出を受け入れた。
「お久しぶりね緋色さん⋯⋯」
美咲さんの母親は穏やかな顔をした優しそうな人だった。
そして、彼女の横には美咲さんの父親らしき人が寄り添っている。
2人が私の方を見たので、私はすかさず頭を下げて自己紹介した。
「白川日陰と申します。今日は、少しでも美咲さんの話が聞ければと思い来ました」
よく考えれば、今日は小笠原製薬が傾いた時の対策をお願いにきたはずだった。
それでも、私の頭の中は門を潜った時から美咲さんのことでいっぱいになってしまっていた。
(どうしよう、間違ったかな⋯⋯)
「美咲の話を聞きたいなんて言ってくれるなんて嬉しいわ。さあ、上がって」
美咲さんの母親に促され、私は緋色と共に応接室に通された。
応接室までの廊下にも、家族3人の写真がたくさん飾ってあった。
優しそうな両親の間で美咲さんは、いつも満面の笑顔だった。
促されるがままに席に着くと、お手伝いさんのような女性が紅茶とお茶菓子を出してきた。
先程、手土産にと緋色が美咲さんのご両親に渡したお茶菓子だ。
「緋色さん。このお菓子、美咲も好きだったやつね。あの子甘いものに目がなかったから」
緋色はいつもの自信に溢れた感じではなく、遠慮がちに頷いた。
「ひなた君も甘い物大好きなんです。2歳で甘い物食べさせて良いのか分からなかったんですが、食べているのが幸せそうでついあげてしまってます」
私は、ひなたのことを少しでも伝えたくて気がつけば口を開いていた。
「大丈夫よ。日陰さん。美咲もその頃にはチョコレートとか食べてたけれど、大人になっても虫歯1つなかったから⋯⋯」
「やはり歯のクリーニングやフッ素を塗ったり気をつけていたのですか?」
「そうそう。美咲は歯医者さんには毎月のように予防歯科でお世話になっていたわ。おもちゃも貰えるしね」
「なんと、おもちゃまで頂ける歯医者があるのですね」
私は昨今の子供が予防歯科に通うことにより、虫歯ができる子が激減していると区役所で貰った子育てパンフに載っていたのを思い出していた。
(ひなたも歯が生え揃ってきているし、良い歯医者を探さないと⋯⋯)
「ひなた君は大きくなったかな?」
「はい⋯⋯」
美咲さんの父親が尋ねた言葉に緋色が戸惑いながら短くこたえている。
ここに来てから、彼はずっと気まずそうにしている。
「そういえば、美咲は言葉がなかなか出なくて心配したわね」
「ああ、そうだったな」
美咲さんのご両親が彼女を懐かしんでいるのが分かった。
「ひなた君が言葉が出たのも、ついこないだなんです。でも、話し出したら溢れるように言葉が出てきて、今朝は自分の名前の意味まで説明してきたんですよ」
私は気がつけば物知りになっていたひなたの事を伝えていた。
(ひなた君のこと少しでも知って欲しいという私の気持ちを押し付け過ぎているかも⋯⋯)
「日の当たる場所⋯⋯」
美咲さんの母親が呟いた言葉に私は大きく頷いた。
「ひなた君はそこにいるだけで太陽みたいな子なんですが、思いやりもあって色んな事考えてる子なんです⋯⋯」
私はひなたが急に話し始めたのを見て思慮深い子だからこそ、周りの様子を見て言葉を出すタイミングを伺っていたと思っていた。
「そうなのよ。美咲もね、側から見ればわがまま娘でも色々考えてたの。アメリカ国籍を子供に取らせてあげたいとか⋯⋯ひなたの将来を考えてたのよ」
突然、口を抑えて美咲さんの母親が泣き出してしまった。
私がハンカチを差し出すと「ありがとう」と言って受け取ってくれた。
「緋色さん、美咲が亡くなった時に、私たちは悲しみのぶつけどころがなくて君を責めた。謝罪させて欲しい」
美咲さんの父親が緋色に頭を下げている。
緋色は義理の両親から非難され、自分の両親も頼れず1人でひなた君を育ていたということだ。
多忙な彼が1人でどれだけ大変だったかを思うと胸が締め付けられた。
(彼自身も美咲さんを失って苦しかったはずだ⋯⋯)
「ひなたと名付けたのは美咲さんが男の子でも、女の子でもひなたにしようと言っていたからです。良かったら、ひなたに会ってあげてください」
緋色が穏やかな声で言うと、美咲さんの父親は何度も頷いた。
「美咲の名前は、日の当たる場所で咲き誇る美しい花のように生きてほしいと思いつけたんだ。ああ、私たちの孫のひなたに会いたいね」
「ええ。緋色さん、今までなんのお手伝いもできずに申し訳なかったわ。日陰さん、ひなたの母親になってくれてありがとう。美咲もきっと、あなたのような人なら安心だと天国から見守ってるわ」
美咲さんの母親の言葉に私は涙が溢れた。
私はしっかりした母親には程遠いし、今は私の事情でひなたに窮屈な思いをさせてしまっている。
ひとしきり、ひなたと美咲さんの話をした後、緋色が小笠原製薬の件について語り出した。
「もちろん、うちとしても優秀な人材は欲しいし協力する。企業規模を考えると倒産は防いで、うちから社外監査役を送るなどして事業を継続した方が良さそうだね」
美咲さんの父親はすぐに笹沼薬品の社長の顔になった。
緋色もいつもの自信に溢れた彼に戻っている。
「小笠原の看板はおろして、社名を変更することになるでしょう。今日、保釈期間中の小笠原陽子の傷害事件も明らかになる予定です」
確かに、「小笠原」の名前はブランド力をなくして、地に落ちるだろう。
(私も小笠原社長の血を引いている⋯⋯緋色とひなたの側にいて本当に良いの?)
「日陰さん。大丈夫よ、顔をあげて。何でも頼って、私はひなたのおばあちゃんなんだから。全てが落ち着くまで、ひなたはこちらで預かりましょうか?」
俯いていた私の気持ちを察するように、美咲さんの母親が声をかけてくれる。
「お願いできるとありがたいです」
緋色はその申し出を受け入れた。