ベビーシッターにひなたを預けると、緋色と共に送迎車に乗った。
今日はあいにくの雨で、少し肌寒い。
「緋色、本当に私が一緒に行っても良いの?」
彼は昨日は戸惑ってたようなのに、美咲さんの実家に私を連れてって行ってくれるらしい。
「昨日は、悪かった。美咲の母親が娘を失ってしまったショックから立ち直っているか分からなかったから⋯⋯」
私は首を振って緋色にくっついた。
緋色が私が寒がっているのに気がついたのか、抱き寄せてくれた。
私の方が相手側の状況も分からず、自分の主張ばかり通そうとして間違っていた。
「美咲の家庭は絵に描いたような円満家族だよ。うちと違って⋯⋯」
緋色の少ない言葉からも、彼の複雑な心境が理解できる。
そして美咲さんのご両親は娘を大切にしたからこそ、彼女を失った事に苦しんでいるのだろう。
「結婚式に、緋色のご両親は?」
私は聞いて良いか迷いながらも、彼に尋ねた。
「母は外に出られるような状況じゃないし、父は俺に興味がないしな。早々リタイアして、島を買って愛人と過ごしてるよ」
私は緋色が自分と同じように正しい家族の形が分からないながらも、ひなたと向き合ってきたことに気がついた。
「緋色、私とひなたがいるよ」
私の言葉に返事をするように、緋色が私の頭を抱えて大人の口づけをしてくる。
私は運転手がバックミラー越しに見つめているのに気がつき、慌てて運転席との間のカーテンを閉めた。
「もっと、しても良いってこと?」
カーテンを閉めた私の行動を勘違いした彼が尋ねてくる。
「ちょっと危ないかと思って! 安全運転できるようにしようかと⋯⋯あと、今日も蓮さんのお見舞いに行きたいんだけど⋯⋯」
私は蓮さんのことが心配だった。
昨日すれ違った彼の母親は、私と蓮さんの結婚に強く拘っているように見えた。
彼女は彼の父親のように彼の身体を心配して来たのではなく、彼に要求を伝えにきたに違いない。
彼女の持つ雰囲気に、私は小笠原社長と同じような底知れない怖さも感じていた。
「森田君から、今日にも退院して陽子の傷害事件を明らかにすると連絡があった。警察に揉み消されないように、ドラレコの映像をネットに流した上で被害届を出すらしい」
私は警察までも小笠原の毒に毒されている事実に身震いした。
「緋色、変なこと言っても良い? 須藤玲香さんの不審死が事件だとしたら、殺したのは小笠原夫人じゃない気がするの⋯⋯」
私は緋色の耳元で内緒話するようにそっと告げた。
余命宣告があった時、私は小笠原夫人とは陽子も含めてお茶をすることが多かったことを思い出した。
だから、勝手に長期に渡り小笠原夫人に毒を盛られた可能性を想像した。
思い出してみるとお茶会の時の会話は大抵、私より陽子が上だというマウントをとる内容のものが多かった。
私がテニス大会で優勝すれば、夫人は本気を出せば陽子の方ができるはずだと主張していた。
陽子は「当然よ」と言いながら、母親プレッシャーに顔を歪めることが多かった。
今思えば、陽子は学校も部活も就職先さえ、私を追いかけるように一緒だった。
不自然な程に彼女は私に対抗意識を燃やしてきて、私はそれにうんざりしていた。
小笠原夫人の望みは娘を愛人の娘に勝たせることであり、私を殺すことではない気がしてきたのだ。
それに嫉妬に狂って愛人を殺したように予想されているが、私は彼女が小笠原社長を愛しているように見えたことはない。
彼女は愛だの恋だのよりも、家柄が上か下かに拘る人物だ。
愛人の存在にプライドが傷つくことがあっても、殺人をするような狂気を持っているようには思えない。
「じゃあ、一体誰が⋯⋯」
緋色が私の言葉に戸惑っているのが分かった。
須藤玲香が死んだのが事故ではなく、事件だと仮定する。
殺しなんてするのは幼い頃からかけられたプレッシャーでおかしくなった陽子か、動機は分からないが何でも揉み消せる小笠原社長だ。
(小笠原社長は私のことも生かして良かったと言っていた⋯⋯人命を軽視しているわ)
「私と血の繋がりのある人⋯⋯私、緋色とひなたと一緒にいて良いのかな?」
私の予想通りだとしたら、私は殺人犯の姉になるか、娘になるかだ。
「日陰⋯⋯どんな真実があっても、俺は君を傷つけるような真実はねじ曲げる。君が俺の正義だ」
私は緋色の言葉にそっと目を閉じると、彼は私にまた深い口づけをした。
♢♢♢
美咲さんのご実家の笹沼邸は、私がよくお邪魔した小笠原邸以上に要塞のような邸宅だった。
壁の向こうから巨人が現れても、生き残れそうなくらい塀が高い。
「ご無沙汰してます。白川です」
「どうぞ、お入りください」
大きな門のシャッターが自動で開いて、車のまま中に入った。
庭を車で走っていると、子供が遊ぶようなお洒落なブランコや滑り台などが見えた。
(美咲さんが子供の頃に使ってたものかしら?)
こんな娘さんの思い出が詰まった庭で、もういない娘を思いどんな時間を過ごしてきたのか。
私は美咲さんの母親の気持ちが自分に流れ込んでくるようで、胸が詰まった。
今日はあいにくの雨で、少し肌寒い。
「緋色、本当に私が一緒に行っても良いの?」
彼は昨日は戸惑ってたようなのに、美咲さんの実家に私を連れてって行ってくれるらしい。
「昨日は、悪かった。美咲の母親が娘を失ってしまったショックから立ち直っているか分からなかったから⋯⋯」
私は首を振って緋色にくっついた。
緋色が私が寒がっているのに気がついたのか、抱き寄せてくれた。
私の方が相手側の状況も分からず、自分の主張ばかり通そうとして間違っていた。
「美咲の家庭は絵に描いたような円満家族だよ。うちと違って⋯⋯」
緋色の少ない言葉からも、彼の複雑な心境が理解できる。
そして美咲さんのご両親は娘を大切にしたからこそ、彼女を失った事に苦しんでいるのだろう。
「結婚式に、緋色のご両親は?」
私は聞いて良いか迷いながらも、彼に尋ねた。
「母は外に出られるような状況じゃないし、父は俺に興味がないしな。早々リタイアして、島を買って愛人と過ごしてるよ」
私は緋色が自分と同じように正しい家族の形が分からないながらも、ひなたと向き合ってきたことに気がついた。
「緋色、私とひなたがいるよ」
私の言葉に返事をするように、緋色が私の頭を抱えて大人の口づけをしてくる。
私は運転手がバックミラー越しに見つめているのに気がつき、慌てて運転席との間のカーテンを閉めた。
「もっと、しても良いってこと?」
カーテンを閉めた私の行動を勘違いした彼が尋ねてくる。
「ちょっと危ないかと思って! 安全運転できるようにしようかと⋯⋯あと、今日も蓮さんのお見舞いに行きたいんだけど⋯⋯」
私は蓮さんのことが心配だった。
昨日すれ違った彼の母親は、私と蓮さんの結婚に強く拘っているように見えた。
彼女は彼の父親のように彼の身体を心配して来たのではなく、彼に要求を伝えにきたに違いない。
彼女の持つ雰囲気に、私は小笠原社長と同じような底知れない怖さも感じていた。
「森田君から、今日にも退院して陽子の傷害事件を明らかにすると連絡があった。警察に揉み消されないように、ドラレコの映像をネットに流した上で被害届を出すらしい」
私は警察までも小笠原の毒に毒されている事実に身震いした。
「緋色、変なこと言っても良い? 須藤玲香さんの不審死が事件だとしたら、殺したのは小笠原夫人じゃない気がするの⋯⋯」
私は緋色の耳元で内緒話するようにそっと告げた。
余命宣告があった時、私は小笠原夫人とは陽子も含めてお茶をすることが多かったことを思い出した。
だから、勝手に長期に渡り小笠原夫人に毒を盛られた可能性を想像した。
思い出してみるとお茶会の時の会話は大抵、私より陽子が上だというマウントをとる内容のものが多かった。
私がテニス大会で優勝すれば、夫人は本気を出せば陽子の方ができるはずだと主張していた。
陽子は「当然よ」と言いながら、母親プレッシャーに顔を歪めることが多かった。
今思えば、陽子は学校も部活も就職先さえ、私を追いかけるように一緒だった。
不自然な程に彼女は私に対抗意識を燃やしてきて、私はそれにうんざりしていた。
小笠原夫人の望みは娘を愛人の娘に勝たせることであり、私を殺すことではない気がしてきたのだ。
それに嫉妬に狂って愛人を殺したように予想されているが、私は彼女が小笠原社長を愛しているように見えたことはない。
彼女は愛だの恋だのよりも、家柄が上か下かに拘る人物だ。
愛人の存在にプライドが傷つくことがあっても、殺人をするような狂気を持っているようには思えない。
「じゃあ、一体誰が⋯⋯」
緋色が私の言葉に戸惑っているのが分かった。
須藤玲香が死んだのが事故ではなく、事件だと仮定する。
殺しなんてするのは幼い頃からかけられたプレッシャーでおかしくなった陽子か、動機は分からないが何でも揉み消せる小笠原社長だ。
(小笠原社長は私のことも生かして良かったと言っていた⋯⋯人命を軽視しているわ)
「私と血の繋がりのある人⋯⋯私、緋色とひなたと一緒にいて良いのかな?」
私の予想通りだとしたら、私は殺人犯の姉になるか、娘になるかだ。
「日陰⋯⋯どんな真実があっても、俺は君を傷つけるような真実はねじ曲げる。君が俺の正義だ」
私は緋色の言葉にそっと目を閉じると、彼は私にまた深い口づけをした。
♢♢♢
美咲さんのご実家の笹沼邸は、私がよくお邪魔した小笠原邸以上に要塞のような邸宅だった。
壁の向こうから巨人が現れても、生き残れそうなくらい塀が高い。
「ご無沙汰してます。白川です」
「どうぞ、お入りください」
大きな門のシャッターが自動で開いて、車のまま中に入った。
庭を車で走っていると、子供が遊ぶようなお洒落なブランコや滑り台などが見えた。
(美咲さんが子供の頃に使ってたものかしら?)
こんな娘さんの思い出が詰まった庭で、もういない娘を思いどんな時間を過ごしてきたのか。
私は美咲さんの母親の気持ちが自分に流れ込んでくるようで、胸が詰まった。