緋色は私が美咲さんのご実家に行きたいというと微妙な顔をした。
彼がそんな表情をするのも当然かも知れない。
でも、私は美咲さんの気持ちを考えるほど一生ひなたの前でママのふりはできないと感じていた。
気まずくなって、病室を出た後、花瓶を抱えながら俯いていくあてもなく歩いた。
気がつけば病院の外の広場まで出ていて、自分でも呆れてしまった。
「日陰!」
私を育ててくれた父の声がして、顔をあげると首にサポーターをした望月健太がいた。
彼の隣にいるのは、おそらく私が求め続けた母親である望月加奈だ。
「ちょっとお父さん、首、どうしたの?」
考えなしに自分が発した言葉を後悔した。
加奈さんが私をどう思っているのか気になった。
「日陰⋯⋯お父さん、雪国に慣れてなくて横断歩道で私を見かけて走ってきたの。案の定転んじゃった」
「横断歩道の白いところって、アイスバーンだと転びやすいよね」
私はまるで自分を娘のように話しかけてくれた加奈さんに感動した。
「私のこと探してくれてたのに、逃げ続けてごめんね。目もぱっちりで鼻筋も通った可愛い子で、私とは全然違くてあなたの成長を見るのが怖かった」
加奈さんは当然ように私のことを抱きしめてくる。
彼女は確かに私と似ているところは1つもないけれど、彼女は私が想像し続けた優しいお母さんの顔をしていた。
「私が探してたってどうして⋯⋯知って⋯⋯」
目に涙が溢れてしまって、胸が詰まってしまい言葉が続かなかった。
「あなたのお友達の川瀬君があなたの近況を伝え続けてくれたのよ。今は白川さんって方と結婚してひなた君って2歳の子と暮らしていることも聞いたわ」
私は勇が私に母親を探すためにCAになれと提案しながら、自分はすでに彼女を発見していたことを知った。
(勇が考えていることは本当に分からないよ⋯⋯)
気がつけば緋色が私を探しにきていて、望月夫妻と仲良く話をしている。
私の好きな人たちが会話している様を夢みたいな気持ちで見つめていたら、突然の緋色の声に現実に戻された。
「日陰の両親として、1週間後の結婚式に列席してください」
私は望月夫妻は私さえいなければ、仲良く過ごしてこられた素敵な夫婦だと思っている。
25年も彼らに苦しい時を過ごさせた私の結婚式に列席して欲しいなど、私からはとてもじゃないけど頼めなかった。
「当然よ。楽しみね。日陰の晴れ姿が⋯⋯その前にお父さんは首を治さなきゃね」
加奈さんの優しい声がする。
ずっと想像していたお母さんの声だ。
彼女だって、私に対しては複雑な気持ちがあるだろうに母親として接してくれている。
私は1歳で私から離れた彼女の存在を一緒に集めたドングリからしか知らない。
でも、彼女は私が思ってた通りのお母さんだった。
「私、結婚式、全力で頑張るね」
私は自分で言って、花嫁が結婚式で何を頑張るのかは分からなかった。
思わず謎の決意表明をしてしまったが、望月夫妻は笑顔で頷いてくれた。
♢♢♢
「緋色、花瓶を蓮さんの病室に届けたら家に帰ろうか」
病院の廊下を歩きながら、私の頭はどこかふわふわしていた。
ずっと会いたかったお母さんに会えて、私を受け入れてくれたからだろう。
「あら、日陰ちゃんよね。森田櫻子です。あなたの義理の母になる予定の蓮の母よ。蓮のお見舞いにきたのね。すっかりいい感じじゃない」
目の前にいる艶やかな中年女性が私を見るなり話しかけてくる。
「森田夫人。以前1度お会いしたことがありますが、白川緋色と申します。申し訳ございませんが、日陰は私の妻なので森田家に嫁ぐことはありませんよ」
緋色は私と彼女の間に入って、鋭い口調で言い返した。
「スカーレットホテルグループの白川社長ですね。お母様の具合は大丈夫? 英雄色を好むというのを、親子でこうも見せられると心配になるわ。日陰さんは美しいから当然手をつけたくなるわよね。でも、この子はもう代わりのいない特別な子だから、他で発散してくださいね。お母様のように壊されては堪りませんもの⋯⋯」
私は緋色のご両親にはあったことがない。
彼が私をご両親に会わせないのは、きっと理由があると思い指摘したことはなかった。
そして、なぜ今、森田蓮の母親はこんな緋色を傷つけたくて堪らない顔をしているのだろう。
明らかに緋色は彼女の言葉に傷ついていて、いつもと様子が違う。
「森田夫人、私は白川緋色の妻でひなたの母親です。息子さんも何十億人も女がいるのに、いとこと結婚などしたくないと思ってますよ。この花瓶の水を取り替えたので、どうぞ息子さんのところにお持ちください」
私は持っていた花瓶を森田櫻子に押し付けると、無言の緋色の手を引いて止まっている送迎車の元に急いだ。
緋色を後部座席に乗せて、運転手に自宅に帰るように伝える。
私と緋色はそこまで長い時間を過ごした訳ではない。
彼が何を求めているのか分からないけれど、今、彼がとても傷ついていることだけは分かった。
彼が本当は私を利用しようとしているだけでも構わない。
彼のことを慰める言葉を言いたかった。
私は彼の顔を両手で包み込み、自分の方に向かせて伝えた。
「緋色、こっちを向いて! 私はあなたを愛してるわ。だから拒否されない限りは離れないから⋯⋯」
私は彼に、どんな時も側にいるってことを伝えたい。
どの家庭も色々なことがある。
おそらく彼の親のことは彼にとって言われたくないことで、それを分かっていて森田櫻子は攻撃してきた。
今の緋色はいつもの自信に溢れる彼じゃない。
私が「愛している」と声に出して伝えるのは、初恋を失った10年以上ぶりだ。
この言葉を口に出してしまうと、裏切られた時のショックが大きいから自分を守る為に口にはしなかった。
でも、今は一時でも彼の心を慰められるのなら口にしたい。
(自分の心を守っている場合じゃない⋯⋯傷ついても構わない、緋色の心を少しでも癒せるのなら⋯⋯)
「日陰、俺は変態だよ。どこにいても君が幸せなら良いなんて器の大きいことは言えない。俺は君を自分のものにしたい」
私の知らない深く全てを奪うようなキスをしてくる緋色に、私は息を切らしながら必死にこたえた。
彼がそんな表情をするのも当然かも知れない。
でも、私は美咲さんの気持ちを考えるほど一生ひなたの前でママのふりはできないと感じていた。
気まずくなって、病室を出た後、花瓶を抱えながら俯いていくあてもなく歩いた。
気がつけば病院の外の広場まで出ていて、自分でも呆れてしまった。
「日陰!」
私を育ててくれた父の声がして、顔をあげると首にサポーターをした望月健太がいた。
彼の隣にいるのは、おそらく私が求め続けた母親である望月加奈だ。
「ちょっとお父さん、首、どうしたの?」
考えなしに自分が発した言葉を後悔した。
加奈さんが私をどう思っているのか気になった。
「日陰⋯⋯お父さん、雪国に慣れてなくて横断歩道で私を見かけて走ってきたの。案の定転んじゃった」
「横断歩道の白いところって、アイスバーンだと転びやすいよね」
私はまるで自分を娘のように話しかけてくれた加奈さんに感動した。
「私のこと探してくれてたのに、逃げ続けてごめんね。目もぱっちりで鼻筋も通った可愛い子で、私とは全然違くてあなたの成長を見るのが怖かった」
加奈さんは当然ように私のことを抱きしめてくる。
彼女は確かに私と似ているところは1つもないけれど、彼女は私が想像し続けた優しいお母さんの顔をしていた。
「私が探してたってどうして⋯⋯知って⋯⋯」
目に涙が溢れてしまって、胸が詰まってしまい言葉が続かなかった。
「あなたのお友達の川瀬君があなたの近況を伝え続けてくれたのよ。今は白川さんって方と結婚してひなた君って2歳の子と暮らしていることも聞いたわ」
私は勇が私に母親を探すためにCAになれと提案しながら、自分はすでに彼女を発見していたことを知った。
(勇が考えていることは本当に分からないよ⋯⋯)
気がつけば緋色が私を探しにきていて、望月夫妻と仲良く話をしている。
私の好きな人たちが会話している様を夢みたいな気持ちで見つめていたら、突然の緋色の声に現実に戻された。
「日陰の両親として、1週間後の結婚式に列席してください」
私は望月夫妻は私さえいなければ、仲良く過ごしてこられた素敵な夫婦だと思っている。
25年も彼らに苦しい時を過ごさせた私の結婚式に列席して欲しいなど、私からはとてもじゃないけど頼めなかった。
「当然よ。楽しみね。日陰の晴れ姿が⋯⋯その前にお父さんは首を治さなきゃね」
加奈さんの優しい声がする。
ずっと想像していたお母さんの声だ。
彼女だって、私に対しては複雑な気持ちがあるだろうに母親として接してくれている。
私は1歳で私から離れた彼女の存在を一緒に集めたドングリからしか知らない。
でも、彼女は私が思ってた通りのお母さんだった。
「私、結婚式、全力で頑張るね」
私は自分で言って、花嫁が結婚式で何を頑張るのかは分からなかった。
思わず謎の決意表明をしてしまったが、望月夫妻は笑顔で頷いてくれた。
♢♢♢
「緋色、花瓶を蓮さんの病室に届けたら家に帰ろうか」
病院の廊下を歩きながら、私の頭はどこかふわふわしていた。
ずっと会いたかったお母さんに会えて、私を受け入れてくれたからだろう。
「あら、日陰ちゃんよね。森田櫻子です。あなたの義理の母になる予定の蓮の母よ。蓮のお見舞いにきたのね。すっかりいい感じじゃない」
目の前にいる艶やかな中年女性が私を見るなり話しかけてくる。
「森田夫人。以前1度お会いしたことがありますが、白川緋色と申します。申し訳ございませんが、日陰は私の妻なので森田家に嫁ぐことはありませんよ」
緋色は私と彼女の間に入って、鋭い口調で言い返した。
「スカーレットホテルグループの白川社長ですね。お母様の具合は大丈夫? 英雄色を好むというのを、親子でこうも見せられると心配になるわ。日陰さんは美しいから当然手をつけたくなるわよね。でも、この子はもう代わりのいない特別な子だから、他で発散してくださいね。お母様のように壊されては堪りませんもの⋯⋯」
私は緋色のご両親にはあったことがない。
彼が私をご両親に会わせないのは、きっと理由があると思い指摘したことはなかった。
そして、なぜ今、森田蓮の母親はこんな緋色を傷つけたくて堪らない顔をしているのだろう。
明らかに緋色は彼女の言葉に傷ついていて、いつもと様子が違う。
「森田夫人、私は白川緋色の妻でひなたの母親です。息子さんも何十億人も女がいるのに、いとこと結婚などしたくないと思ってますよ。この花瓶の水を取り替えたので、どうぞ息子さんのところにお持ちください」
私は持っていた花瓶を森田櫻子に押し付けると、無言の緋色の手を引いて止まっている送迎車の元に急いだ。
緋色を後部座席に乗せて、運転手に自宅に帰るように伝える。
私と緋色はそこまで長い時間を過ごした訳ではない。
彼が何を求めているのか分からないけれど、今、彼がとても傷ついていることだけは分かった。
彼が本当は私を利用しようとしているだけでも構わない。
彼のことを慰める言葉を言いたかった。
私は彼の顔を両手で包み込み、自分の方に向かせて伝えた。
「緋色、こっちを向いて! 私はあなたを愛してるわ。だから拒否されない限りは離れないから⋯⋯」
私は彼に、どんな時も側にいるってことを伝えたい。
どの家庭も色々なことがある。
おそらく彼の親のことは彼にとって言われたくないことで、それを分かっていて森田櫻子は攻撃してきた。
今の緋色はいつもの自信に溢れる彼じゃない。
私が「愛している」と声に出して伝えるのは、初恋を失った10年以上ぶりだ。
この言葉を口に出してしまうと、裏切られた時のショックが大きいから自分を守る為に口にはしなかった。
でも、今は一時でも彼の心を慰められるのなら口にしたい。
(自分の心を守っている場合じゃない⋯⋯傷ついても構わない、緋色の心を少しでも癒せるのなら⋯⋯)
「日陰、俺は変態だよ。どこにいても君が幸せなら良いなんて器の大きいことは言えない。俺は君を自分のものにしたい」
私の知らない深く全てを奪うようなキスをしてくる緋色に、私は息を切らしながら必死にこたえた。