俺の表情をどう受け取ったのか日陰は逃げるように花瓶を持って病室を出て行った。
「私、お花のお水かえてきますね。お2人でメロンを食べててください」
「白川社長、2人きりになっちゃいましたね⋯⋯日陰さんは美咲の話を聞いて、ひなた君に話してあげたいだけなんじゃないでしょうか」
俺よりも日陰を理解しているかのうような森田蓮の言い方に、俺は苛立ちを隠せない。
日陰が俺に美咲の話を聞かないのは、俺が話したくないことを察しているからだろう。
美咲は典型的な大切に育てられすぎた我儘なお嬢様だった。
母親同士が仲が良く、婚約をしたが最初はその自分勝手ぶりにうんざりした。
しかし、彼女と関わるうちに妹の我儘を何でも聞いてあげる兄のような気持ちになった。
俺たちは恋人のような関係ではなく、兄妹のような関係から夫婦になった。
妊娠期間になんのトラブルもなかったことで、出産をハワイの助産院でしたいという彼女の我儘を聞いたことが彼女を殺した。
たらればだが、緊急対応のできる最新設備の整った日本の病院で出産させれば良かったと今でも後悔している。
溺愛する一人娘を失った美咲の母親の状況を考えると、日陰と一緒に笹沼邸を訪ねるのが正解とは思えない。
「そんなことは、君に言われなくても分かってるよ」
日陰は美咲に嫉妬したりもしていないように見える。
俺だけが一方的に、彼女の元彼に嫉妬しているのが少し寂しい。
「それより、結婚の話聞いたぞ。言っとくけど、俺は日陰を手放す気なんてないから」
「俺は白川社長から、彼女を奪いたいなんて思ってません。ただ、彼女に幸せになって欲しいと思ってます。俺は名前で呼んで貰えただけで満足してますよ」
森田蓮まで普段のプレイボーイ気質が身を隠し、川瀬勇のように悟った顔をしている。
彼はこれから自分の父親を告発し、親の意に反して元婚約者でいとこの陽子に対して被害届を出す。
おそらく彼自身もこれから叩かれるだろうし、失うものもあるだろう。
「森田君、小笠原陽子に対する被害届はすぐにでも提出してほしい。情報漏洩に関しては、俺たちの結婚式後にしてくれ。1週間後にマスコミを呼んで大々的に日陰と結婚式を挙げる予定だ。そこで日陰と小笠原家との関係を引き離すつもりだ」
彼は俺の意図をすぐに理解したようだ。
彼もまた日陰を守りたい男の1人なのだから当然かもしれない。
「わかりました。その時までには身体も完全回復するんで、俺も結婚式に呼んで貰えませんか? 日陰さんのウェディングドレス姿がみたいです」
「分かった⋯⋯」
俺は自分のものにならないのに、彼女のウェディングドレス姿だけが見たいという男の気持ちは理解できない。
しかし、彼がこれから彼女の為に負うリスクを考えたら了承するしかない。
「日陰さんは、どこまで花瓶の水をかえに行ったんでしょうか⋯⋯」
森田の言葉に俺はハッとした。
いくら彼女が天然でも、近くの川まで水をかえに行った訳じゃないだろう。
「森田君。お大事に。メロンでも食べて元気になってくれ」
俺は日陰を探しに行こうと立ち上がり、メロンの乗った皿を差し出した。
よく見るとりんごをカットする時にやるように、メロンの皮がウサギのようにカットされている。
(すごい! あんな硬い皮をどうやって⋯⋯)
俺は予想外の発言や行動ばかりする日陰がより心配になって、慌てて病室を出た。
病院中を走り回ったが、日陰の姿がない。
彼女はすれ違う人が皆振り返るほど美しいので、いたらすぐに分かるはずだ。
「日陰、一体どこに⋯⋯」
俺が窓の外を見た時に、病院前の広場で花瓶を持った日陰らしき人影と2人の男女が見えた。
(あれは、望月夫妻? なんでここに⋯⋯)
俺は彼らとは日陰より先にコンタクトを取るつもりだった。
川瀬勇が日陰と会う準備ができていない、望月加奈を逃し続けたことを思い出す。
(つまり、望月加奈は日陰を傷つける可能性があるってことだよな)
いつの間に、彼らは北海道から東京に戻ってきたのだろうか。
俺は慌てて病院の広場に出た。
「日陰!」
俺が慌てて駆け寄ると、望月夫妻は驚いた顔をしていた。
望月健太は首にサポーターのようなものを巻いている。
「父が、札幌に行った時、凍った道で転んだらしくムチウチになってしまったんです」
「面目ない。雪が積もってないから油断していたら滑ってしまって」
俺に状況を説明する日陰に応じて、望月加健太が病院にいる理由を語り出す。
「全くあなたときたら、雪用のブーツも履かないでダッシュするんだから⋯⋯。もっと、慎重にならないとね」
望月加奈は特に日陰に悪い感情を持っているようには見えない。
25年も空白があったとは思えないくらい、望月健太に寄り添っている。
「面目ない⋯⋯」
頭を掻いて謝る望月健太の隣にいて笑っている望月加奈を、日陰が微笑ましそうに見つめている。
「初めまして、望月加奈さん。スカーレットホテル代表取締役社長をしている白川緋色と申します。この度、日陰さんと結婚させて頂きました」
俺は気がつけば、頭を下げていた。
(須藤玲香じゃない、間違いなく望月加奈が日陰の母親だ⋯⋯)
「緋色ってば、あなたは有名人だからお母さんも流石に知っているよ」
日陰が幸せそうに俺の肩を叩く。
その反動で彼女が抱えていた花瓶が落ちそうになって慌てて支えた。
「私、お花のお水かえてきますね。お2人でメロンを食べててください」
「白川社長、2人きりになっちゃいましたね⋯⋯日陰さんは美咲の話を聞いて、ひなた君に話してあげたいだけなんじゃないでしょうか」
俺よりも日陰を理解しているかのうような森田蓮の言い方に、俺は苛立ちを隠せない。
日陰が俺に美咲の話を聞かないのは、俺が話したくないことを察しているからだろう。
美咲は典型的な大切に育てられすぎた我儘なお嬢様だった。
母親同士が仲が良く、婚約をしたが最初はその自分勝手ぶりにうんざりした。
しかし、彼女と関わるうちに妹の我儘を何でも聞いてあげる兄のような気持ちになった。
俺たちは恋人のような関係ではなく、兄妹のような関係から夫婦になった。
妊娠期間になんのトラブルもなかったことで、出産をハワイの助産院でしたいという彼女の我儘を聞いたことが彼女を殺した。
たらればだが、緊急対応のできる最新設備の整った日本の病院で出産させれば良かったと今でも後悔している。
溺愛する一人娘を失った美咲の母親の状況を考えると、日陰と一緒に笹沼邸を訪ねるのが正解とは思えない。
「そんなことは、君に言われなくても分かってるよ」
日陰は美咲に嫉妬したりもしていないように見える。
俺だけが一方的に、彼女の元彼に嫉妬しているのが少し寂しい。
「それより、結婚の話聞いたぞ。言っとくけど、俺は日陰を手放す気なんてないから」
「俺は白川社長から、彼女を奪いたいなんて思ってません。ただ、彼女に幸せになって欲しいと思ってます。俺は名前で呼んで貰えただけで満足してますよ」
森田蓮まで普段のプレイボーイ気質が身を隠し、川瀬勇のように悟った顔をしている。
彼はこれから自分の父親を告発し、親の意に反して元婚約者でいとこの陽子に対して被害届を出す。
おそらく彼自身もこれから叩かれるだろうし、失うものもあるだろう。
「森田君、小笠原陽子に対する被害届はすぐにでも提出してほしい。情報漏洩に関しては、俺たちの結婚式後にしてくれ。1週間後にマスコミを呼んで大々的に日陰と結婚式を挙げる予定だ。そこで日陰と小笠原家との関係を引き離すつもりだ」
彼は俺の意図をすぐに理解したようだ。
彼もまた日陰を守りたい男の1人なのだから当然かもしれない。
「わかりました。その時までには身体も完全回復するんで、俺も結婚式に呼んで貰えませんか? 日陰さんのウェディングドレス姿がみたいです」
「分かった⋯⋯」
俺は自分のものにならないのに、彼女のウェディングドレス姿だけが見たいという男の気持ちは理解できない。
しかし、彼がこれから彼女の為に負うリスクを考えたら了承するしかない。
「日陰さんは、どこまで花瓶の水をかえに行ったんでしょうか⋯⋯」
森田の言葉に俺はハッとした。
いくら彼女が天然でも、近くの川まで水をかえに行った訳じゃないだろう。
「森田君。お大事に。メロンでも食べて元気になってくれ」
俺は日陰を探しに行こうと立ち上がり、メロンの乗った皿を差し出した。
よく見るとりんごをカットする時にやるように、メロンの皮がウサギのようにカットされている。
(すごい! あんな硬い皮をどうやって⋯⋯)
俺は予想外の発言や行動ばかりする日陰がより心配になって、慌てて病室を出た。
病院中を走り回ったが、日陰の姿がない。
彼女はすれ違う人が皆振り返るほど美しいので、いたらすぐに分かるはずだ。
「日陰、一体どこに⋯⋯」
俺が窓の外を見た時に、病院前の広場で花瓶を持った日陰らしき人影と2人の男女が見えた。
(あれは、望月夫妻? なんでここに⋯⋯)
俺は彼らとは日陰より先にコンタクトを取るつもりだった。
川瀬勇が日陰と会う準備ができていない、望月加奈を逃し続けたことを思い出す。
(つまり、望月加奈は日陰を傷つける可能性があるってことだよな)
いつの間に、彼らは北海道から東京に戻ってきたのだろうか。
俺は慌てて病院の広場に出た。
「日陰!」
俺が慌てて駆け寄ると、望月夫妻は驚いた顔をしていた。
望月健太は首にサポーターのようなものを巻いている。
「父が、札幌に行った時、凍った道で転んだらしくムチウチになってしまったんです」
「面目ない。雪が積もってないから油断していたら滑ってしまって」
俺に状況を説明する日陰に応じて、望月加健太が病院にいる理由を語り出す。
「全くあなたときたら、雪用のブーツも履かないでダッシュするんだから⋯⋯。もっと、慎重にならないとね」
望月加奈は特に日陰に悪い感情を持っているようには見えない。
25年も空白があったとは思えないくらい、望月健太に寄り添っている。
「面目ない⋯⋯」
頭を掻いて謝る望月健太の隣にいて笑っている望月加奈を、日陰が微笑ましそうに見つめている。
「初めまして、望月加奈さん。スカーレットホテル代表取締役社長をしている白川緋色と申します。この度、日陰さんと結婚させて頂きました」
俺は気がつけば、頭を下げていた。
(須藤玲香じゃない、間違いなく望月加奈が日陰の母親だ⋯⋯)
「緋色ってば、あなたは有名人だからお母さんも流石に知っているよ」
日陰が幸せそうに俺の肩を叩く。
その反動で彼女が抱えていた花瓶が落ちそうになって慌てて支えた。