私と緋色さんは、お見舞いの果物を購入して森田蓮の病室を尋ねた。

 森田さんは手を壁について立っていた。

「森田さん、もう立てるまで回復したんですか?」
「寝っ転がっていられないよ。俺、被害届を出す。日影さんが、余命宣告されたら強くなれたって言ってたでしょ。その言葉を聞いて後悔しないように生きたいって思い直したんだ」

 やはり彼は父親の言ったことに、しっかり疑問を感じていたようだ。
 私が緋色の方を見ると、彼はなぜか森田さんを睨みつけていた。

「とりあえず、ベッドに座ってください。お話ししたいことがあるんです」
「俺も話したいことがある。例の谷村医師のことだけど⋯⋯」
 私は森田さんが、私に余命宣告をした医師に会う時は同行すると言ってくれていたことを思い出した。

「その件は大丈夫です。ただの変態ストーカー医師の犯行で、余命宣告は嘘でした。私、生きられます」
 森田さんはベッドに浅く腰かけ、頭を抱えながら頷いた。

「そっか⋯⋯じゃあ、もっと生きられるように確実に小笠原陽子を排除しないとね」

 ふと、顔を上げた森田さんは以前のような獲物を狙うような目をしていない。
(彼も、いとこと結婚なんて本当は嫌だよね)

 私は、彼に森田食品と小笠原製薬のやっていることについて内部告発してもらう為、説得をしようと思った。
 聞かれてはまずいことだと思ったので、彼の隣に座り耳元で内緒話をするように囁く。

「森田さん、あの⋯⋯」

「日陰、なんでそんなところに座るんだ!」
 私は緋色に腕を引かれて立たされて、来客用の椅子に座らせられた。

「例の件をお願いしようと思って、他の人に聞かれたらまずいので⋯⋯」

「個室だから、そんなに大きな声を出さない限りは聞こえない。俺から、森田君に説明する」
 確かに私より緋色が説明した方がわかりやすいだろう。
 私は持ってきた果物を切って、森田さんに食べて頂くことにした。

「森田さん! お見舞いに果物を持ってきたのですが、何を食べたいですか?」

「じゃあ、ドリアンで!」
 ドリアンといえば、めちゃくちゃ臭い果物の王様だ。
 籠に入っている果物を探してみても、ドリアンは見つからなかった。

「森田さん、もしかしてパイナップルとドリアンを間違えましたか?」
「ごめん、揶揄っただけだから。メロンを食べたいんでお願いします」

 私は病室に到着した時は思い詰めたような表情をしていた彼が柔らかい表情になっていたのでホッとした。
(私を揶揄う余裕があるなら良かった⋯⋯)

「緋色、森田さんに説明の方をお願いね」
「分かった」

 緋色が森田さんに説明をしているのを聞きながら、私は心配で胸が苦しかった。

 彼に親を裏切るような提案をするのだ。

 私は、小笠原社長のことは切り捨てられる。しかし、一緒に暮らしてきた育ての父のことは例え父が悪事に手を染めてても裏切れないと思う。
(自分はできないくせに、森田さんにはそんなこと要求して良いのかな⋯⋯)

「はぁ、そんなことが⋯⋯本当に腐ってるな」
 森田さんはやはり2社が機密度の高い個人情報を共有している事実を知らなかったようだ。

「森田さん⋯⋯父親を告発するなんて、無理なお願いですよね」

「日陰さん、父は俺のことを駒としか思ってないよ。俺は彼に反感を持っても、怖くて今まで逆らえなかったんだ。でも、日陰さんと出会って死んだ気になって父に逆らえる力をもらった気がする」

 私は彼を意思のない人だと非難したのを思い出して、申し訳なくなった。

「そんな顔しないで。俺にも味方はいるんだよ。実は送迎車の運転手が俺の父親代わりでさ、陽子に刺された時のドラレコも処分するふりして回収してくれてる。森田食品は社長を退任させることで責任を取るとして、小笠原製薬はどうするつもりなの?」

 私は昨日の森田社長の蓮さんへの態度に、父子関係を心配していた。
 しかし、彼にも私にとっても望月健太のように父と慕う人がいるようで安心した。

「小笠原製薬は、根っから腐った小笠原一族が責任をとって破滅すれば良いと思います。今時、世襲企業なんて古いと思いますし⋯⋯ただ、会社が打撃を受けることで困る社員さんはどうしたら助けられるでしょうか?」

 私の言葉になぜだか緋色と森田さんが顔を見合わせている。
(あっ! 森田食品もバリバリの世襲企業だった!)

 私は思わず口を手に当てると、森田さんが笑い出した。

「今回、俺は森田家の息子じゃなくて、唯の森田蓮として戦うつもりなんだ。だから、日陰さんは俺のことを蓮ってこれからは呼ぶんだよ」
「はい、蓮さん」
 呼べと言われたから、呼んだのに彼はなぜだか照れて赤くなった。

「まあ、小笠原製薬については、業界第2位の製薬会社がサポートすれば良いんじゃないかな?」

 なぜだか、蓮さんが緋色の方を見ながらいうので、私も彼につられて緋色を見た。

「それは、俺の方から話をする。笹沼薬品は美咲の実家だ」
 私は緋色の言葉に胸が高鳴った。
(美咲さんのご実家! 美咲さんの話が聞けるかも)

「緋色! 私も美咲さんの実家に一緒に行きたい! 美咲さんの話が聞きたいの」

 緋色はひなたに自分の出生が原因で母親が死んだことを知らせたくないと言っていた。

 でも、私は命懸けでひなたを産んだ母親を置き去りにして、母親の振りをずっとすべきではないと考えている。
(ひなたが大人になったら、美咲さんがどんな人だったか話してあげたい!)

 私の提案に、緋色が明らかに困ったように顔を顰めたのが分かった。