「本当に原因のわからない難病で、余命は1年と考えてください」
検診の結果の精密検査で言われたことは、驚くべきことだった。
「仕事は辞めた方がよいですよね?」
「まあ、体力勝負のお仕事なんで」
谷村医師は言い辛そうにしているが、仕事は辞めることになるだろう。
検診の結果は当然会社に伝わる。
私は航空会社でCAをしていた。
なぜ、この仕事をしようと思ったかと言うと母親を探すためだ。
なぜか母親の行方を追うと、私から逃げるように色々なところを点々としていた。
私は全国を飛び回りながら、母親を追い続けた。
なぜ、私を捨てたのか理由が知りたかった。
男と逃げたと言われても、幼い私を連れて行く選択肢がなかった訳じゃないと思った。
(行先が途絶えたのは、札幌か⋯⋯もう生きているか死んでいるかも分からないわね)
男と一緒に逃げたと言われていた母親を探しはじめたのは大学を卒業してからだ。
父や祖父母に私が母親を探しているということは知られる訳にはいかなかった。
家では母親の話をするのはタブーという雰囲気があったからだ。
私はステイ先で観光するふりをして、1人で母親を探し回った。
(もう、母親探しもおしまいね。私は母親に夢を見ていただけだわ。私の事をどうでも良いと思う人だったのかもしれない。私のことを連れて行きたかったと抱きしめてくれるかは分からない)
♢♢♢
「病気なんだって? 会社、辞めちゃうんでしょ。日陰がいなくなるなんて、本当に寂しくなるよ。まだ、元気そうだからギリギリまで飛び続ければよいのに」
空港のロッカーで陽子が私に話しかけてくるのを無視しようと思ったが、私は死を前にして初めて攻撃に転じることにした。
何となく私が彼女に何かすれば、何倍にもなって返ってくるような気がして私は防戦一方だった。
(怖くてやられっぱなしでいたけど、これからは違うわ)
自分が1年後に死ぬ運命にあると思うと、怖いもの無しだ。
私は陽子が私の恋人である勇の浮気相手であることを知っている。
でも、それはもっと効果的なところで使う攻撃のカードだ。
ロッカールームでわざと周りに聞こえるように私の病気について話してくる。
彼女はいつも私の足を引っ張り、陥れることを楽しみとしていた。
どうして、このような蛇のような女に目をつけられたかわからないが、彼女を駆除してからあの世に行くことにする。
彼女と出会ったのは、まだ私が幼い時だ。
近所に住む有名なお嬢様の彼女は昔からやりたい放題だった。
そして、私への異常なこだわりを見せていた。
私が高校生の時、初めて好きになり付き合った彼氏を奪ったのも彼女だ。
彼女は彼のほうが迫ってきたと言っていたが、私はそれは嘘だと分かっていた。
彼女は私の幸せになることを絶対に許さず、私を陥れる為には裏で何でもする女だった。
何度も彼女と友人関係を解消しようとしたが、うまく突き放せなかった。
就職活動も私がCAを目指していると聞いて追いかけてきた。
彼女は身長も英語力も規定に達してないのに、コネ入社した。
それほど彼女の実家は力を持っていて、彼女は望む全てのことを叶えてきた。
「私の病気のこと良く知っているのね? 誰から聞いたのかしら? それとも会社が守秘義務違反をしているのかもね。基準を満たしてないような能力のない子をコネで入社させるような会社だから仕方がないのかな」
私の言葉に陽子の顔色が変わる。
好き勝手にやっている彼女に反撃するのはこれが初めてだ。
周囲の同僚も陽子がコネ入社だとは薄々気づいていたから、私たちを遠巻きで見て噂している。
「それよりも、私の婚約パーティーには来るよね。日陰は1番の友達だから祝って欲しいの」
極端なまでに話をずらしてきた彼女が笑える。
私はその婚約パーティーで、彼女の人生をぶっ壊してやろうと思っているので参加するつもりだ。
「もちろんだよ。なんなら、友人代表の挨拶もしちゃうよ」
「結婚式には寿アナウンスもお願いね。そういえば、ラストフライトに勇は呼ぶの?」
寿アナウンスとはCAが結婚式の披露宴でやる機内アナウンス風のお祝いの余興だ。
そして、多くのCAが自分のフライトの最終便に恋人や夫を搭乗させたりする。
(そのようなものは死んでしまう私にはどうでも良い話。陽子は勇と浮気していることは私にバレていないと思っているみたい)
「私はもうフライトしないの。実は余命1年なんだ。私の分もしっかり幸せになってね陽子!」
私の「余命1年」と言うパワーフレーズに陽子を含めてみんなが固まっている。
(彼女に幸せになって欲しいなんて少しも思ってないけれど⋯⋯)
私の言葉に放心する彼女を無視して、私はロッカールームを出た。
「総飛行時間2568時間か、これだけ飛んでもお母さんには会えなかった」
(もしかして、私から逃げているのかも⋯⋯)
家に帰ろうと空港から出ようとすると、なぜか関係者出口の前で勇が花束を抱えて待っていた。
「日陰、電話もメールも全然反応がないから心配で⋯⋯陽子に連絡したら会社を辞めたって聞いたんだ」
「そうだよ。それから、余命1年って話も聞いた? 私たちの結婚もなしだね、私たち、別れましょ」
私が軽く言った言葉に勇の顔が曇る。
「日陰、とにかく退職祝いをしよう。ディナーの予約をとってあるんだ」
「そう、じゃあ、お別れのディナーをしようか」
私の言葉にますます顔を曇らせた勇は、私の手を引き高級ホテルのフレンチレストランに連れて行った。
(こんなレストラン連れてきてくれたこともない癖に、何を考えているんだか⋯⋯)
「死ぬなんて嘘だよな。だって、ワインも飲んでるじゃん」
「余命1年の人間はお酒も飲んではいけないの? この食事が済んだら、もう、連絡はしないでくれる? 次に勇と会うのは陽子の婚約パーティーね」
陽子の婚約パーティーには勇も来る。
そこで、私は勇にも復讐をするつもりだ。
「日陰、今日のお前冷たくない? 余命1年とか聞いて気が立つのは分かるけど、別れるにしても笑顔で別れようよ」
勇が私の手を撫でながら語ってきて、鳥肌が立つ。
「勇は病気の私を支えたいとかも言ってくれない冷たい人じゃない。どうして、私だけが勇みたいな冷たい人に優しくしなきゃいけないの?」
私は彼の前でも陽子の前でも聞き分けの良い優しい人間だったと思う。
それだけじゃない、誰の前でも私はいつだって好かれるように笑顔でいた。
愛想を振りまくことで母親から捨てられた私も人から愛されると考えていた。
しかし、母親は私から逃げ続け、愛想を振りまいた相手は私を馬鹿にしていた。
(もう、ニコニコ癒し系の日陰は卒業よ!)
「日陰、そんな顔をするなよ。俺と日陰は10年以上も付き合ったんだ。今日は部屋も取ってあるし、最後になるにしても2人で思い出を作ろう」
声を震わせながら私に懇願する勇は、何を考えているんだろう。
私は勇と10年以上も付き合った自分を恥じた。
余命1年しかないと聞いて、彼は最後に私を抱きたかっただけだ。
(心底、こんな男と付き合っていた自分が気持ち悪い)
私は、怒りのあまり体が震えだすのを止めるので精一杯だ。
(何なの? 勇って本当にクズ男じゃない。脳みそが下半身についているのかしら)
「望月日陰様でいらっしゃいますか? うちの社長の白川緋色があなた様とお話をしたいとのことで、宜しければお時間頂けますでしょうか?」
突然、現れたスーツの男から話しかけられる。
白川緋色といえばスカーレットホテルグループの社長の名前だ。
面識はないが、勇の顔をもう見なくて済むならば彼について言ってしまおうと思った。
(それにしても何で私の名前を知っているんだろう⋯⋯)
「勇、ホテルに泊まりたかったら1人で泊まるか、他の女でも呼んだらどお? もう勇の顔は極力見たくないの、吐き気がするから。私は用事があるから、失礼させてもらうわ」
勇はいつも微笑んで聞き分けのよかった私のトゲトゲしさに驚いていた。
後ろで私をいつまでも呼び止めるよう声を出す彼を無視し、私はスーツの男について行った。
検診の結果の精密検査で言われたことは、驚くべきことだった。
「仕事は辞めた方がよいですよね?」
「まあ、体力勝負のお仕事なんで」
谷村医師は言い辛そうにしているが、仕事は辞めることになるだろう。
検診の結果は当然会社に伝わる。
私は航空会社でCAをしていた。
なぜ、この仕事をしようと思ったかと言うと母親を探すためだ。
なぜか母親の行方を追うと、私から逃げるように色々なところを点々としていた。
私は全国を飛び回りながら、母親を追い続けた。
なぜ、私を捨てたのか理由が知りたかった。
男と逃げたと言われても、幼い私を連れて行く選択肢がなかった訳じゃないと思った。
(行先が途絶えたのは、札幌か⋯⋯もう生きているか死んでいるかも分からないわね)
男と一緒に逃げたと言われていた母親を探しはじめたのは大学を卒業してからだ。
父や祖父母に私が母親を探しているということは知られる訳にはいかなかった。
家では母親の話をするのはタブーという雰囲気があったからだ。
私はステイ先で観光するふりをして、1人で母親を探し回った。
(もう、母親探しもおしまいね。私は母親に夢を見ていただけだわ。私の事をどうでも良いと思う人だったのかもしれない。私のことを連れて行きたかったと抱きしめてくれるかは分からない)
♢♢♢
「病気なんだって? 会社、辞めちゃうんでしょ。日陰がいなくなるなんて、本当に寂しくなるよ。まだ、元気そうだからギリギリまで飛び続ければよいのに」
空港のロッカーで陽子が私に話しかけてくるのを無視しようと思ったが、私は死を前にして初めて攻撃に転じることにした。
何となく私が彼女に何かすれば、何倍にもなって返ってくるような気がして私は防戦一方だった。
(怖くてやられっぱなしでいたけど、これからは違うわ)
自分が1年後に死ぬ運命にあると思うと、怖いもの無しだ。
私は陽子が私の恋人である勇の浮気相手であることを知っている。
でも、それはもっと効果的なところで使う攻撃のカードだ。
ロッカールームでわざと周りに聞こえるように私の病気について話してくる。
彼女はいつも私の足を引っ張り、陥れることを楽しみとしていた。
どうして、このような蛇のような女に目をつけられたかわからないが、彼女を駆除してからあの世に行くことにする。
彼女と出会ったのは、まだ私が幼い時だ。
近所に住む有名なお嬢様の彼女は昔からやりたい放題だった。
そして、私への異常なこだわりを見せていた。
私が高校生の時、初めて好きになり付き合った彼氏を奪ったのも彼女だ。
彼女は彼のほうが迫ってきたと言っていたが、私はそれは嘘だと分かっていた。
彼女は私の幸せになることを絶対に許さず、私を陥れる為には裏で何でもする女だった。
何度も彼女と友人関係を解消しようとしたが、うまく突き放せなかった。
就職活動も私がCAを目指していると聞いて追いかけてきた。
彼女は身長も英語力も規定に達してないのに、コネ入社した。
それほど彼女の実家は力を持っていて、彼女は望む全てのことを叶えてきた。
「私の病気のこと良く知っているのね? 誰から聞いたのかしら? それとも会社が守秘義務違反をしているのかもね。基準を満たしてないような能力のない子をコネで入社させるような会社だから仕方がないのかな」
私の言葉に陽子の顔色が変わる。
好き勝手にやっている彼女に反撃するのはこれが初めてだ。
周囲の同僚も陽子がコネ入社だとは薄々気づいていたから、私たちを遠巻きで見て噂している。
「それよりも、私の婚約パーティーには来るよね。日陰は1番の友達だから祝って欲しいの」
極端なまでに話をずらしてきた彼女が笑える。
私はその婚約パーティーで、彼女の人生をぶっ壊してやろうと思っているので参加するつもりだ。
「もちろんだよ。なんなら、友人代表の挨拶もしちゃうよ」
「結婚式には寿アナウンスもお願いね。そういえば、ラストフライトに勇は呼ぶの?」
寿アナウンスとはCAが結婚式の披露宴でやる機内アナウンス風のお祝いの余興だ。
そして、多くのCAが自分のフライトの最終便に恋人や夫を搭乗させたりする。
(そのようなものは死んでしまう私にはどうでも良い話。陽子は勇と浮気していることは私にバレていないと思っているみたい)
「私はもうフライトしないの。実は余命1年なんだ。私の分もしっかり幸せになってね陽子!」
私の「余命1年」と言うパワーフレーズに陽子を含めてみんなが固まっている。
(彼女に幸せになって欲しいなんて少しも思ってないけれど⋯⋯)
私の言葉に放心する彼女を無視して、私はロッカールームを出た。
「総飛行時間2568時間か、これだけ飛んでもお母さんには会えなかった」
(もしかして、私から逃げているのかも⋯⋯)
家に帰ろうと空港から出ようとすると、なぜか関係者出口の前で勇が花束を抱えて待っていた。
「日陰、電話もメールも全然反応がないから心配で⋯⋯陽子に連絡したら会社を辞めたって聞いたんだ」
「そうだよ。それから、余命1年って話も聞いた? 私たちの結婚もなしだね、私たち、別れましょ」
私が軽く言った言葉に勇の顔が曇る。
「日陰、とにかく退職祝いをしよう。ディナーの予約をとってあるんだ」
「そう、じゃあ、お別れのディナーをしようか」
私の言葉にますます顔を曇らせた勇は、私の手を引き高級ホテルのフレンチレストランに連れて行った。
(こんなレストラン連れてきてくれたこともない癖に、何を考えているんだか⋯⋯)
「死ぬなんて嘘だよな。だって、ワインも飲んでるじゃん」
「余命1年の人間はお酒も飲んではいけないの? この食事が済んだら、もう、連絡はしないでくれる? 次に勇と会うのは陽子の婚約パーティーね」
陽子の婚約パーティーには勇も来る。
そこで、私は勇にも復讐をするつもりだ。
「日陰、今日のお前冷たくない? 余命1年とか聞いて気が立つのは分かるけど、別れるにしても笑顔で別れようよ」
勇が私の手を撫でながら語ってきて、鳥肌が立つ。
「勇は病気の私を支えたいとかも言ってくれない冷たい人じゃない。どうして、私だけが勇みたいな冷たい人に優しくしなきゃいけないの?」
私は彼の前でも陽子の前でも聞き分けの良い優しい人間だったと思う。
それだけじゃない、誰の前でも私はいつだって好かれるように笑顔でいた。
愛想を振りまくことで母親から捨てられた私も人から愛されると考えていた。
しかし、母親は私から逃げ続け、愛想を振りまいた相手は私を馬鹿にしていた。
(もう、ニコニコ癒し系の日陰は卒業よ!)
「日陰、そんな顔をするなよ。俺と日陰は10年以上も付き合ったんだ。今日は部屋も取ってあるし、最後になるにしても2人で思い出を作ろう」
声を震わせながら私に懇願する勇は、何を考えているんだろう。
私は勇と10年以上も付き合った自分を恥じた。
余命1年しかないと聞いて、彼は最後に私を抱きたかっただけだ。
(心底、こんな男と付き合っていた自分が気持ち悪い)
私は、怒りのあまり体が震えだすのを止めるので精一杯だ。
(何なの? 勇って本当にクズ男じゃない。脳みそが下半身についているのかしら)
「望月日陰様でいらっしゃいますか? うちの社長の白川緋色があなた様とお話をしたいとのことで、宜しければお時間頂けますでしょうか?」
突然、現れたスーツの男から話しかけられる。
白川緋色といえばスカーレットホテルグループの社長の名前だ。
面識はないが、勇の顔をもう見なくて済むならば彼について言ってしまおうと思った。
(それにしても何で私の名前を知っているんだろう⋯⋯)
「勇、ホテルに泊まりたかったら1人で泊まるか、他の女でも呼んだらどお? もう勇の顔は極力見たくないの、吐き気がするから。私は用事があるから、失礼させてもらうわ」
勇はいつも微笑んで聞き分けのよかった私のトゲトゲしさに驚いていた。
後ろで私をいつまでも呼び止めるよう声を出す彼を無視し、私はスーツの男について行った。