「蓮、ふらふらするのはもう終わりだ。小笠原製薬の社長令嬢と婚約してもらう。お前と同じ年の小笠原陽子さんだ」
父親に言われるままに、小笠原陽子とお見合いをすることになった。
お見合いをする前に彼女のことを調査すると、かなり遊んでそうなことが分かった。
(それなら、俺も結婚しても落ち着かなくて良さそうで気が楽だ)
そして、彼女の経歴が普通のお嬢様とは違うのも気になった。
大抵、お嬢様というのは小学校から大学まで私立の付属に通うことが多い。
そして卒業後はそのまま花嫁修行をするか、商社や広告代理店で職業体験をすると言ったところだ。
小笠原陽子は公立の進学校から大学に入学して、航空会社のCAになっていた。
CAは女版のガテン系みたいな仕事で、お嬢様がやる仕事ではないと遊び友達が言っていた。
「小笠原陽子? コネの入社の子でしょ。身長が低いから目立ってるよ。多分、あの子レズなんじゃないかな。超美人の友達を追っかけてきた感じ。その子の話ばかりしてるんだよね」
陽子と同じ航空会社に勤める遊び相手のCAに聞くと、彼女がコネ入社なのは有名な話だった。
「自信家のお前が人を超美人って褒めるのは珍しいな。今度紹介してよ」
「何? 私だけじゃ物足りないの? 望月日陰は合コンに誘っても来ないわよ。長く付き合っている彼氏がいるんだってさ」
望月日陰の名前を聞いたのは、それが初めてだった。
陽子との顔合わせから、俺は彼女の異常さに気がついていた。
「日陰がもうすぐ勇と結婚するだろうから、私も同じタイミングで結婚してやろうと思って。それでね、その川瀬勇ってのが冴えない男なの」
「川瀬勇って陽子さんと肉体関係あるよね」
「やっぱり、私のこと調べたりしたんだ。勇と関係を持っているのは日陰への嫌がらせのため。そうじゃないと私みたいな特別な女が、勇なんか相手にする訳ないじゃない。結婚してもお互い自由にしましょうね。蓮さんもその方が良いタイプだって知っているのよ」
陽子は、ひたすらに望月日陰の話をする女だった。
結婚相手の俺には全く興味がないようで、その辺はありがたかった。
川瀬勇はうちの会社の社員でもあり、世間は狭いなあと思った。
「信じられない、日陰がスカーレットホテルグループの白川緋色と結婚したって言うのよ。彼を婚約パーティーに連れてくるって、勝ち誇ったように連絡して来たの。どうして日陰なんかが、そんな特別な男と結婚できるのよ」
婚約パーティーの当日の準備中も、陽子はひたすらに日陰さんの話をしていた。
白川緋色といえば俺が大学1年生の時に4年生だった有名人だ。
大学の同期に彼の婚約者の美咲がいたが、それでも彼は驚く程モテていた。
彼は女など選び放題なのに、婚約者を一途に大切にしていることでも知られていた。
人目をを引くほどのルックスで有名だった彼は、25歳でスカーレットホテルグループの社長に就任した。
26歳で結婚し、27歳で息子を授かったと聞いた。
順風満帆の彼の人生で唯一同情したのは、仲の良かった妻を失ったことだ。
「その日陰って友達、長く付き合っていた彼氏の川瀬勇とは別れちゃったんだね」
「そうなのよ。どうしてよ! 日陰は冴えない勇と結婚して裏切りに苦しむはずだったのに! これじゃ、10年近く勇と裏で関係を持っていた意味がなくなっちゃうじゃない」
陽子はひたすらに日陰さんを恨み、執着する女だった。
結婚する前から彼女のそんなところにはうんざりしていたが、俺に干渉してこないし自由は与えられるからと自分を納得させていた。
婚約パーテイーに来た白川緋色の隣にいた日陰さんを見て、俺は陽子が彼女に執着していた理由を知った。
(日陰さんって、「須藤玲香」にそっくりじゃん!)
須藤玲香といえば美しく優秀で小笠原社長の秘書をやっていた女だ。
小さい頃見かけた時は、こんな美しい人が世の中に存在するのかと見惚れた。
まさに、俺の初恋の人だ。
その上、彼女が7ヶ国語を操る才女だと聞いた時には幼心に憧れたものだ。
俺が6歳の時、不審死を遂げたと聞いて俺は「美人薄命」という言葉を知った。
白川日陰を見たら、知っている人は須藤玲香を思い出すだろう。
未婚で若いまま亡くなった彼女が、子供を産んでいたとは思わなかった。
陽子がここまで執着するということは、望月日陰は小笠原社長と須藤玲香の子だ。
きっと陽子は、嫉妬深そうな小笠原夫人から愛人の子に負けないように言われ続けたのだろう。
敏腕社長と美貌の才女の娘に、家柄だけの陽子が勝てる訳がない。
(遺伝子って残酷だな⋯⋯)
てっきり、大学の先輩としてお祝いに来てくれたと思っていた白川社長の目的は陽子を糾弾することだった。
かなりプッツンな女だと思っていた陽子は、天下の白川社長を恐喝するようなヤバい女だった。
俺は白川社長が流した映像を見ただけでも、直ぐにでも婚約破棄をして逃げ出したくなった。
しかし、その後公開された音声データで、俺は本当にヤバイ女と結婚するところで破滅寸前だったことを知った。
健康食品に毒を入れるというのは、おそらく冗談だろう。
でも、製薬会社や食品会社の人間が絶対に言ってはいけない冗談だ。
その言ってはいけないことが分からない程、陽子は頭の悪い女だった。
俺が1番気になったのは、音声データの小笠原夫人の「愛人殺し」というフレーズだった。
須藤玲香の死は不審死として片付けられているが、当時から事件性を疑う声があったという。
結局、婚約は破棄になり、混乱した場は小笠原社長によっておさめられた。
♢♢♢
騒ぎから3日後、小笠原社長に呼び出された時は、もう関わりたくないと思って逃げ出したかった。
「蓮くん、君には私の娘と結婚してもらいたいと思っている」
「あの、俺、陽子さんとは性格の不一致というか、難しいと思うのですが⋯⋯」
「陽子じゃなくて、日陰だよ。彼女は私と玲香の愛の結晶だ」
日陰さんは小笠原社長の隠し子で、その事実はこの数日で世間に知れ渡っていた。
「今まで、日陰のことは隠さなければならなかった。妻が病的に嫉妬深い女なんでね。でも、日陰は私が愛した女の娘だ。だから君と一緒になって欲しい」
「日陰さんは白川社長と結婚されてますよね⋯⋯」
「白川社長は随分と私に反抗的だっただろう。私は自分を慕ってくれる男を日陰の夫として迎えたいんだ。日陰には白川社長とは離婚するように私から促すよ」
美しい日陰さんに興味がない訳ではなかった。
(婚約パーティーで陽子が日陰さんの余命が1年だと言っていたけれど、あれは何だったんだ?)
陽子は頭がおかしいから、もう彼女の言動を考察することにも疲れてきた。
俺は小笠原社長が俺と娘を結婚させると言うことに拘っていることが引っ掛かった。
(絶世の美女を抱ける代償に、厄介ごとに巻き込まれるのは嫌だな)
「日陰さん本人が離婚を嫌がるのではないでしょうか。白川社長は素敵な方ですし⋯⋯」
「結婚とは本人の意思とは関係ないものだろう。私も妻とは政略結婚だった」
(その政略結婚、失敗してますよね! 地雷女と結婚して大変なことになってますよね!)
嫉妬深い妻の小笠原夫人は多分愛人を殺しているし、娘の陽子さんは狂人ですよと突っ込みたかった。
しかし、父親にも小笠原社長の言う通りにするように言われ、俺は白川日陰に接触することになった。
小笠原社長に連れてこられたのは、料亭の庭園だった。
(ここは、社長のお気に入りなのか? 陽子との顔合わせの時にも使った場所じゃないか)
「日陰を連れてくるから、口説きおとしなさい。そういうのは得意のはずだ」
小笠原社長は俺が遊び人とわかっていて、娘を差し出そうとしている。
やっぱり、小笠原龍二も異常だ。
「ああ、できれば関わりたくないのに、なんで親父は小笠原家とそこまで関係を結びたいんだよ」
母も、元は小笠原家の人間だ。
1人呟いていると、黒いリムジンが庭園の前に止まった。
「蓮君、日陰は色々あってナーバスになっているようだから宜しく頼むよ」
小笠原社長に連れられて降りてきた日陰さんの姿に、時が止まるかと思う程見惚れた。
「日陰さん。あなたを一目見た瞬間から、恋に落ちました」
遊び慣れた俺らしくない、童貞男のような言葉を気がついたら発していた。
そして、日陰さんはそんな俺を心底軽蔑するような目で見てきた。
(俺そんな悪いこと言った!?)
彼女と関わると、ろくなことがないって分かっていた。
でも、惹かれるのを止められないのが恋なんだと俺は初めて知ることになるのだった。
父親に言われるままに、小笠原陽子とお見合いをすることになった。
お見合いをする前に彼女のことを調査すると、かなり遊んでそうなことが分かった。
(それなら、俺も結婚しても落ち着かなくて良さそうで気が楽だ)
そして、彼女の経歴が普通のお嬢様とは違うのも気になった。
大抵、お嬢様というのは小学校から大学まで私立の付属に通うことが多い。
そして卒業後はそのまま花嫁修行をするか、商社や広告代理店で職業体験をすると言ったところだ。
小笠原陽子は公立の進学校から大学に入学して、航空会社のCAになっていた。
CAは女版のガテン系みたいな仕事で、お嬢様がやる仕事ではないと遊び友達が言っていた。
「小笠原陽子? コネの入社の子でしょ。身長が低いから目立ってるよ。多分、あの子レズなんじゃないかな。超美人の友達を追っかけてきた感じ。その子の話ばかりしてるんだよね」
陽子と同じ航空会社に勤める遊び相手のCAに聞くと、彼女がコネ入社なのは有名な話だった。
「自信家のお前が人を超美人って褒めるのは珍しいな。今度紹介してよ」
「何? 私だけじゃ物足りないの? 望月日陰は合コンに誘っても来ないわよ。長く付き合っている彼氏がいるんだってさ」
望月日陰の名前を聞いたのは、それが初めてだった。
陽子との顔合わせから、俺は彼女の異常さに気がついていた。
「日陰がもうすぐ勇と結婚するだろうから、私も同じタイミングで結婚してやろうと思って。それでね、その川瀬勇ってのが冴えない男なの」
「川瀬勇って陽子さんと肉体関係あるよね」
「やっぱり、私のこと調べたりしたんだ。勇と関係を持っているのは日陰への嫌がらせのため。そうじゃないと私みたいな特別な女が、勇なんか相手にする訳ないじゃない。結婚してもお互い自由にしましょうね。蓮さんもその方が良いタイプだって知っているのよ」
陽子は、ひたすらに望月日陰の話をする女だった。
結婚相手の俺には全く興味がないようで、その辺はありがたかった。
川瀬勇はうちの会社の社員でもあり、世間は狭いなあと思った。
「信じられない、日陰がスカーレットホテルグループの白川緋色と結婚したって言うのよ。彼を婚約パーティーに連れてくるって、勝ち誇ったように連絡して来たの。どうして日陰なんかが、そんな特別な男と結婚できるのよ」
婚約パーティーの当日の準備中も、陽子はひたすらに日陰さんの話をしていた。
白川緋色といえば俺が大学1年生の時に4年生だった有名人だ。
大学の同期に彼の婚約者の美咲がいたが、それでも彼は驚く程モテていた。
彼は女など選び放題なのに、婚約者を一途に大切にしていることでも知られていた。
人目をを引くほどのルックスで有名だった彼は、25歳でスカーレットホテルグループの社長に就任した。
26歳で結婚し、27歳で息子を授かったと聞いた。
順風満帆の彼の人生で唯一同情したのは、仲の良かった妻を失ったことだ。
「その日陰って友達、長く付き合っていた彼氏の川瀬勇とは別れちゃったんだね」
「そうなのよ。どうしてよ! 日陰は冴えない勇と結婚して裏切りに苦しむはずだったのに! これじゃ、10年近く勇と裏で関係を持っていた意味がなくなっちゃうじゃない」
陽子はひたすらに日陰さんを恨み、執着する女だった。
結婚する前から彼女のそんなところにはうんざりしていたが、俺に干渉してこないし自由は与えられるからと自分を納得させていた。
婚約パーテイーに来た白川緋色の隣にいた日陰さんを見て、俺は陽子が彼女に執着していた理由を知った。
(日陰さんって、「須藤玲香」にそっくりじゃん!)
須藤玲香といえば美しく優秀で小笠原社長の秘書をやっていた女だ。
小さい頃見かけた時は、こんな美しい人が世の中に存在するのかと見惚れた。
まさに、俺の初恋の人だ。
その上、彼女が7ヶ国語を操る才女だと聞いた時には幼心に憧れたものだ。
俺が6歳の時、不審死を遂げたと聞いて俺は「美人薄命」という言葉を知った。
白川日陰を見たら、知っている人は須藤玲香を思い出すだろう。
未婚で若いまま亡くなった彼女が、子供を産んでいたとは思わなかった。
陽子がここまで執着するということは、望月日陰は小笠原社長と須藤玲香の子だ。
きっと陽子は、嫉妬深そうな小笠原夫人から愛人の子に負けないように言われ続けたのだろう。
敏腕社長と美貌の才女の娘に、家柄だけの陽子が勝てる訳がない。
(遺伝子って残酷だな⋯⋯)
てっきり、大学の先輩としてお祝いに来てくれたと思っていた白川社長の目的は陽子を糾弾することだった。
かなりプッツンな女だと思っていた陽子は、天下の白川社長を恐喝するようなヤバい女だった。
俺は白川社長が流した映像を見ただけでも、直ぐにでも婚約破棄をして逃げ出したくなった。
しかし、その後公開された音声データで、俺は本当にヤバイ女と結婚するところで破滅寸前だったことを知った。
健康食品に毒を入れるというのは、おそらく冗談だろう。
でも、製薬会社や食品会社の人間が絶対に言ってはいけない冗談だ。
その言ってはいけないことが分からない程、陽子は頭の悪い女だった。
俺が1番気になったのは、音声データの小笠原夫人の「愛人殺し」というフレーズだった。
須藤玲香の死は不審死として片付けられているが、当時から事件性を疑う声があったという。
結局、婚約は破棄になり、混乱した場は小笠原社長によっておさめられた。
♢♢♢
騒ぎから3日後、小笠原社長に呼び出された時は、もう関わりたくないと思って逃げ出したかった。
「蓮くん、君には私の娘と結婚してもらいたいと思っている」
「あの、俺、陽子さんとは性格の不一致というか、難しいと思うのですが⋯⋯」
「陽子じゃなくて、日陰だよ。彼女は私と玲香の愛の結晶だ」
日陰さんは小笠原社長の隠し子で、その事実はこの数日で世間に知れ渡っていた。
「今まで、日陰のことは隠さなければならなかった。妻が病的に嫉妬深い女なんでね。でも、日陰は私が愛した女の娘だ。だから君と一緒になって欲しい」
「日陰さんは白川社長と結婚されてますよね⋯⋯」
「白川社長は随分と私に反抗的だっただろう。私は自分を慕ってくれる男を日陰の夫として迎えたいんだ。日陰には白川社長とは離婚するように私から促すよ」
美しい日陰さんに興味がない訳ではなかった。
(婚約パーティーで陽子が日陰さんの余命が1年だと言っていたけれど、あれは何だったんだ?)
陽子は頭がおかしいから、もう彼女の言動を考察することにも疲れてきた。
俺は小笠原社長が俺と娘を結婚させると言うことに拘っていることが引っ掛かった。
(絶世の美女を抱ける代償に、厄介ごとに巻き込まれるのは嫌だな)
「日陰さん本人が離婚を嫌がるのではないでしょうか。白川社長は素敵な方ですし⋯⋯」
「結婚とは本人の意思とは関係ないものだろう。私も妻とは政略結婚だった」
(その政略結婚、失敗してますよね! 地雷女と結婚して大変なことになってますよね!)
嫉妬深い妻の小笠原夫人は多分愛人を殺しているし、娘の陽子さんは狂人ですよと突っ込みたかった。
しかし、父親にも小笠原社長の言う通りにするように言われ、俺は白川日陰に接触することになった。
小笠原社長に連れてこられたのは、料亭の庭園だった。
(ここは、社長のお気に入りなのか? 陽子との顔合わせの時にも使った場所じゃないか)
「日陰を連れてくるから、口説きおとしなさい。そういうのは得意のはずだ」
小笠原社長は俺が遊び人とわかっていて、娘を差し出そうとしている。
やっぱり、小笠原龍二も異常だ。
「ああ、できれば関わりたくないのに、なんで親父は小笠原家とそこまで関係を結びたいんだよ」
母も、元は小笠原家の人間だ。
1人呟いていると、黒いリムジンが庭園の前に止まった。
「蓮君、日陰は色々あってナーバスになっているようだから宜しく頼むよ」
小笠原社長に連れられて降りてきた日陰さんの姿に、時が止まるかと思う程見惚れた。
「日陰さん。あなたを一目見た瞬間から、恋に落ちました」
遊び慣れた俺らしくない、童貞男のような言葉を気がついたら発していた。
そして、日陰さんはそんな俺を心底軽蔑するような目で見てきた。
(俺そんな悪いこと言った!?)
彼女と関わると、ろくなことがないって分かっていた。
でも、惹かれるのを止められないのが恋なんだと俺は初めて知ることになるのだった。