緋色さんの話によると、私の病気は詐病の可能性もあるとのことだった。

 なぜ、病気を偽る必要があるのかは分からない。

 それでも、ひなたのお母さんでいられる時間が少しでもあるなら嬉しかった。

「私が死んでも、生きられるにしても時期が来たらひなたに美咲さんのことを伝えてください」

 私は声が掠れそうになるのを抑えながら緋色さんに伝えた。

 美咲さんが命懸けで産んだ存在がひなただ。
 そのことを無かったことにしてしまうのはいけないと思った。

「それは、日陰が生きてひなたに伝えて。日陰、君が会いたいなら望月加奈には会えるけれど会いにいく?」
 突然また私に跨りながら話してくる緋色さんに驚いてしまう。

 さっき、ひなたを挟んだ向こう側にいたはずなのに瞬間移動して来たのだろうか。
(私に一目惚れしたような話をしてくるし、変に緊張してしまうわ⋯⋯)

「会いに行きたいです。私が会いたかった母親は望月加奈さんです」
 私が会いたくて探していたのは、私を産んだという須藤玲香ではない。

「5歳の時にビニール袋に入ったドングリが沢山あるのを見つけたんです。父に聞いたら、それは私が1歳の時に母と拾ったものだと言っていました。私は一緒にドングリ拾いをしてくれたお母さんを探していたんです」

 生まれも育ちも違う緋色さんに私の気持ちが伝わるかは分からない。

 私は小笠原社長の秘書であった須藤玲香を幼い時に陽子の家で見たことがある。
 あの時は彼女が私を産んだ母親だとは知らなかったし、彼女も私に興味がなさそうだった。

 私が6歳か7歳くらいの時から彼女を見なくなったから、その時には彼女は亡くなっていたのだろう。

 彼女は私を一瞥くらいしたことがあったかもしれない。

 しかし、実の子である私に興味を持っていた感じでは無かった。
 私が求めているのは須藤玲香ではなく、私が母親だと思っていた望月加奈だ。

「そうか、分かった。明日、君の健康状態を改めて検査しよう。終わり次第、望月加奈に会いに北海道旅行だ。ひなたも一緒に連れて行こうか。その方が君も嬉しいだろう」

 そっと私の涙の跡にキスをして、緋色さんがまた自分の寝る場所に戻っていく。

 私はその時の彼の表情が少し寂しそうで、名残惜しく感じてしまった。

 確かにひなたは私にとって希望の光のような存在だ。
 でも、緋色さんも私にとってかけがえのない存在になり始めている。

 余命を考えると、その気持ちを温めることさえ怖い。

 復讐して、夢だった子供を持って、それで満足して死ぬべきだろう。

(でも、やっぱり、私が緋色さんのこと何とも思ってないみたいに勘違いされるのだけは嫌!)

「緋色さん、ありがとうございます。何だか明日が来るのが楽しみになって来ました。あと、私は緋色さんのこと好きですよ」

 自分でも何でそんなことを言ったのかは分からない。

 彼じゃ無かったら、きっと「お母さん」になりたいと思っても即結婚なんてしていない。

 それくらい私だって彼に惹かれていたことに気がついていて、それを知って欲しかった。

 ただ「死」というものが目の前にあってときめく心臓を止めていただけだ。

 それでも彼のような男から好意を向けられて、一緒のベッドで寝てときめかない程私は錆びていなかったようだ。

「好きです」なんて幼い告白をしてしまって、改めて恥ずかしくなった私はシーツを頭まで被った。

 その後、シーツの上から緋色さんがキスして来たのがわかったけれど私は寝たふりを決め込んだ。

♢♢♢

「昨日の婚約パーティーの件、全くニュースになっていないんですね」

「圧力がかかったんだろうな。小笠原製薬にとっても、森田食品にとってもプラスのネタじゃないしな」

 私はインターネットでリアルタイム検索をかけるが、昨日のことについてネットに呟いたりしている列席者もいない。

(記者だっていたし小笠原家と利害関係もない列席者もいたのに、こんなに情報統制できるなんて⋯⋯)

「何か怖いですね。今の時代って一見何かしたら晒される怖さがあると思ってましたが、本当の強者は晒されずのうのうと生きているものなんですね。人が1人殺されているかも知れないのに」

 芸能人の不倫とかを連日晒しているマスコミは何なんだろう。
 もっと、晒して叩くべき出来事はあるはずなのに長いものに巻かれてしまっている。

「大丈夫か? 日陰」

 緋色さんが私を心配そうに撫でてくる。
 私の産みの母親である須藤玲香さんが殺されている可能性があるから、私が傷ついていると思っているんだろう。

「私、須藤玲香さんには何の感情もないんです。彼女を昔見かけたことがありますが、如何にも愛人っぽい秘書でしたね」

 艶のある長い黒髪に、透き通るような白い肌をした妙に色気のある美女だった記憶がある。
 母親という言葉とは程遠いボンドガールみたいな女性だ。

 私の存在を確認しても、私のことを彼女が愛しそうに見てくれたことは一度もない。

 何だか心がざわついてくる。

(あの人が母親だったと言われても、実感が湧かないわ)


「日陰の中での母親は望月加奈なんだな」

 私を愛そうに撫でてくる緋色さんの手の温かさに、私は気持ちが落ち着いてくるのが分かった。
 私と緋色さんはひなたをベビーシッターに預けて、スカーレットホテルに隣接する病院に向かった。