待ちに待ったこの日がいよいよやってきた。葛城(かつらぎ)詠子(うたこ)は期待と興奮で高鳴る胸を抑えていた。

 彼氏の小堺(こさかい)(ひろむ)と手を繋いで目的の駅で電車を降り、駅のすぐ近くにあるビルに入る。このビルの一階に、詠子の今日の目的地がある。

 最新の没入型アトラクション、ラビットハント。それが今日の詠子の目的地だ。

「弘くん、楽しみだね」

 詠子はうきうきした気分を抑えきれず、横を歩く弘に話しかける。弘はそんな詠子を見て笑った。

「そうだな。詠子は初めてだもんな」
「弘くんは二回目なんだっけ?」
「ああ。俺は前に友達と行ったことがある。面白かったよ」

 自分が一番ではなかったことに少々の落胆を覚えながら、詠子は可愛く見えるように笑った。この落胆を見せるのは可愛くない。面倒な女になってしまいかねない。

 ラビットハントは最近公開されたアトラクションで、最新技術を用いてVR以上の没入感を体験できると好評だった。特殊なヘルメットとゴーグルを装着して座席に座ることで、脳に直接的に映像を知覚させ、脳波を解析して映像の中で歩いたり走ったりできるのだ。ゴーグルの先の世界で自由に動くことができ、その世界の中に隠れているウサギを探す、というゲームだ。特に十代の若者から高評価を得ており、高校二年生である詠子の耳にもその評判は入ってきていた。

 詠子は友人の話の輪に入るためにも、どうしてもラビットハントを体験したかった。そこで弘を誘い、偶然キャンセルが出た予約枠に滑り込んだのだ。今日の予約は神様が贈ってくれたものに違いないと詠子は思っていた。

 弘を引っ張るようにしながら、詠子は受付の前に来る。受付の美しい女性が頭を下げて詠子を歓迎する。

「ようこそ、ラビットハントへ」
「十一時から予約してます、葛城詠子です」

 詠子が名乗ると、受付係の女性は綺麗な笑顔を浮かべた。こういう表情が自然に作れる人は本当に可愛いのだろうな、と詠子は思う。

「お待ちしておりました。どうぞ、お進みください」

 電車の改札のような入口を抜けて、正面の扉を開ける。

 詠子の目の前に飛び込んできたのは、円筒型の大きな機械と、それに接続された六つの座席だった。座席は六つが直線的に並んでいて、いくつものケーブルが円筒型の機械に繋がっている。近未来感が漂っている部屋には、既に四人の若者が説明を受けながら座席に座るところだった。詠子たちがいちばん最後だったようだ。

 ラビットハントは六人一組で行われるゲームである。詠子が事前に集めた情報によると、学校を模した建物に意識が送られて、与えられたヒントをもとに、六人で協力しながらウサギを探すものだ。だから、詠子はその場での出会いがとても重要になるのだろうと考えていた。

 詠子は先に来ていた四人に目を走らせる。大学生風の男女と、詠子と同じくらいに見える男女。どちらもカップルのように見えるけれど、そこまで親密になりきれていないようにも見えた。もしかしたらまだカップルではなく、親密さを高めるためにラビットハントに参加するという作戦なのかもしれない。ラビットハントは協力して成り立つゲームだから、お互いの仲を深めることにも一役買う、というレビューもあったことを思い出す。

 見たところ、一目でわかるような危ない人はいなさそうだ。詠子はまずそこに安堵した。不良めいた人が六人に入ってくる可能性を考慮していたけれど、その心配はなさそうだった。大学生風の男女はどちらも穏やかそうな顔をしているし、高校生くらいの男女も危なげな雰囲気はない。最も危険なのは自分かもしれない。

 さあ、可愛くしなくちゃ。詠子は自分を激励して、弘の手を引いた。

「行こ、弘くん。あたしたちが最後みたい」
「おいおい、そんなに引っ張るなよ」

 弘の苦笑を横目に見ながら、詠子は座席に近づく。座席の横に控えていたスタッフが恭しく一礼する。

「ようこそ、ラビットハントへ。どうぞお座りください」

 言われるままに詠子と弘がそれぞれ座席に座る。座席は柔らかいクッションに全身が包まれるようなものだった。リクライニングを起こしたベッドのように感じられた。肘置きに腕を置くと、ますます詠子の胸の鼓動は早くなっていく。

「弘くん、あたし緊張してきちゃった」

 隣の座席に座った弘に話しかけると、弘はもうヘルメットを被ろうとしていた。二回目だからなのか、弘には余裕が感じられた。

「大丈夫。俺がリードするよ」
「ほんと? 頼りになるぅ」

 軽口を交わして、詠子もヘルメットを手に取る。たくさんのケーブルが伸びているヘルメットは少し重かった。

「ヘルメットとゴーグルを装着してください。座席に身体を預けてリラックスしてください」

 スタッフの指示の通り、詠子はヘルメットとゴーグルを着ける。ゴーグルの向こう側には校門のような建物が見えている。今からここに行くのだと思うと、詠子はリラックスなどできず、逸る気持ちを抑えることができなかった。

(可愛く、可愛く。五人全員から可愛く見られるように、頑張らねえとな)

 詠子は自分に語りかける。ふうっと深く息を吐いて、自分をリラックスさせようとする。

 しばらくして、スタッフの声が聞こえてきた。

「全員の装着を確認いたしました。皆様、目を閉じてください。それでは、ラビットハント、スタートです」

 座席が倒れていくのがわかる。寝転ぶような体勢になったところで、詠子は自分の意識がどこかへと飛ばされたような違和感を覚えた。無理やり夢の中から引っ張り出されたような、そんな感覚。これまでに味わったことのない、奇妙なものだった。

「ラビットハントへようこそ。私は皆様をサポートするAIのアイと申します」

 頭の中に声が響いてくる。アイなんて、安直な名前だ。もう少し捻った名前にすることはできなかったのだろうか。詠子がそう思った時には、最初の違和感は消え去っていた。

「皆様、ラビットハントのゲーム中は、危険ですので私の指示に従ってください。私の指示に従わなかった場合、何が起こったとしても責任は取れません」

 物騒なアナウンスだ。学校を探索するだけなのに、危険も何もないだろうに。詠子は話半分にアイの声を聞いていた。そんなことより早くラビットハントを始めてほしかった。

「ラビットハントは六人一組で行う探索ゲームです。六人で協力しあいながらゲームに参加していただくようお願いいたします。なお、途中で人数が減った場合でも補充されませんので、脱落しないようにご注意ください」

 ああ、そうそう、脱落することもあると友人が言っていた。詠子はその友人の言葉を反芻する。確か、水がかかると脱落なんだっけ。

「脳との同期が完了いたしました。それでは皆様、目を開けてください。ラビットハントを開始いたします」

 詠子は目を開けた。目を閉じる前に見えていた校門が目の前にある。

 はずだった。

「あれ?」

 そこに広がっていたのは砂浜だった。遠い向こう側までずっと続いている砂の道。右手側には海が広がっていて、左手側には鬱蒼とした森が侵入を拒んでいる。誰が何をどう見ても、ここは学校ではなかった。島の中に学校がある、という話は聞いたことがないし、そもそもそんな建物自体が見当たらない。

「なんだよ、これ?」

 詠子が振り返ると、他の五人が立っていた。これが最新の技術なのか、と詠子は感心する。六人全員がそこにいるように感じさせる技術というのは、いったいどれほど難しいものなのだろうか。

 詠子は試しに一歩踏み出してみる。足には確かに砂を踏んだ感触がある。そんなところまで再現できるのか、と詠子は驚いていた。ラビットハントは没入型アトラクションだと評判を得ていたけれど、これなら確かに没入感は凄まじい。自分がまるで本当にそこにいるかのようだ。

「おい、どういうことだよ?」

 高校生の男子が狼狽えながら空に言う。詠子にはその狼狽の理由が伝わらなかった。近くに立っていた弘のところへ行くと、弘も青ざめた顔をしていた。

「どしたの、弘くん?」
「おかしいんだ。目を開けたら学校にいるはずなのに、全然違うところにいる」
「あー、そだねぇ。どう見ても学校じゃないけど、島マップ? みたいなのもあるんじゃないの?」

 状況が飲み込めていない詠子は適当に話す。それでも弘の顔は晴れなかった。

「アイ! どういうことだよ、俺たちをどこに連れてきたんだ!」

 高校生の男子がアイに叫ぶ。おそらく彼も一度ラビットハントに参加した経験があるのだろう。だから詠子とは違って、弘と同じような反応をしているのだ。

「ここは架空の島です。皆様にはここで新しいラビットハントを行っていただきます」
「新しいラビットハントって何だよ? そんなもの、聞いてないぞ!」
「従来のラビットハントをこう評する方がいらっしゃいました。もっとひやひやするゲームを期待していた、心がひりつくようなゲームを期待していた、と」

 そのレビューは詠子も目にしたことがあった。これだけ没入感があるのなら、臨場感のあるサバイバルゲームのようなものも作れるのではないか。そういうゲームを作ることができたら、もっと面白くなるのに、とそのレビューには書かれていた。そもそもラビットハントは暴力的なゲームではないのだから、人を撃ち合うようなサバイバルゲームとはジャンルが違うのにな、と詠子は思っていた。

 まさか。詠子はこの次のアイの言葉を予測してしまった。

「ですから、私の知能をもってこのゲームを再構築し、命がけで行うようなサバイバルゲームを開発いたしました。皆様にはその新生ラビットハントのテストプレイヤーになっていただきます」
「新生……ラビットハント?」

 大学生風の女性が繰り返す。誰も今の状況を正しく理解できていないようだった。

「では、新生ラビットハントのルールをご説明します」
「待てよ。俺たち、テストプレイヤーになるなんて言ってねえぞ」

 高校生の男子がアイの言葉を遮った。早くラビットハントをプレイしたい詠子にとっては、余計な言葉を挟んできたものだと感じられる。

「いつものラビットハントに戻せよ。やりたい奴がテストプレイをやればいいだろ」
「最初に私がお伝えしたことをお忘れですか。ゲーム中は私の指示に従ってください、と申し上げたはずです」
「知るかよ。さっさと元に戻せよ! 早苗(さなえ)もそう思うだろ?」

 高校生の男子は隣にいた女子に話を振る。彼女は不安そうにしながらも、男子に寄り添うわけではなかった。その様子を見て、詠子は二人がカップルではないと思った。大方、どちらかが相手に好意を持っていて、ラビットハントに誘ったのだろう。これだけ騒いでいるのだから、ラビットハントに誘ったのは男子のほうだろうか。

「なるほど。では、戻して差し上げましょう」

 アイは無機質な声で言った。そんな簡単に戻してもらえるのなら、普通のラビットハントでもよいかもしれない。詠子がそう思った瞬間だった。

 空間からバケツ一杯分くらいの水が生まれ、高校生の男子に降り注いだのだ。男子は避けることもできずに全身ずぶ濡れになる。

「うわっ! な、何しやがる!」

 彼が空を睨むと同時に、けたたましいブザー音が彼の首元から発せられた。見ると、彼の首に巻かれた黒い首輪の中央で赤いランプが点灯し、そこからブザー音が発せられていた。あんな首輪、最初から着いていただろうか。

「プレイヤー松橋(まつはし)源大(げんた)、水濡れを確認。ゲームクリア失敗」

 アイが単調な機械音声で告げる。その直後、高校生の男子、源大が喉を押さえて苦しみ始めた。

「ぐっ……く、くるし、いっ……!」
「源大くん? 源大くんっ!」

 高校生の女子が慌てて駆け寄るも、彼は喉を押さえたまま崩れ落ち、ぴくぴくと痙攣する。そして数秒の後、全く動かなくなる。

 詠子は目の前で起こったことが信じられなかった。弘が詠子に寄り添ってきても、何の反応も返すことができずにいた。

(まさか、死んだってのかよ。脱落って、こーゆーこと?)

 源大と呼ばれた男子の身体が砂のように崩れていく。高校生の女子がそれを止めようとしたのか、手を伸ばしたけれど、何も変わらなかった。まるで最初からそこにいなかったかのように、源大の姿は消えてしまった。

 詠子の疑問には、アイがすぐに答えてくれた。感情を感じさせない声で。

「このように、首輪が水に濡れると脱落となります。道中には様々な水トラップが仕掛けられていますので、それらのトラップを掻い潜りながら、この島に隠されているウサギを見つけ出すことが皆様の目的です」
「あのっ、源大くんは、源大くんはどうなったんですか?」

 高校生の女子がアイに尋ねる。その瞳はもう泣きそうになっていた。

「死にました」
「え……?」
「脳に強力な電流を流しましたので、彼は死にました。このゲームの脱落は、現実世界での死に直結します」
「な、なんだよ、それ! そんなの聞いてないぞ!」

 弘が大声を上げてアイを非難する。アイはこともなげに応えた。

「新生ラビットハント、と申し上げたはずです。従来のラビットハントは異なるゲームですので、従来のラビットハントと同様とお考えになるのはおやめください。これは命がけのゲームなのです」

 その場にいた誰もが息を呑んだ。詠子は素早く残った四人に目を走らせる。

 大学生風の男性は冷静な表情をしている。女性は、男性の近くで怯えている。高校生の女子は、一緒に来た男子を失ったことを受け入れられないでいる。そして弘は、いきなり命がけのゲームに参加させられたことに恐怖を覚えている。

 詠子の取った行動は、彼氏である弘と同じように恐怖心を抱いている彼女。弘の手を取り、不安そうな表情を浮かべた。

「おわかりでしょう。皆様に拒否権はございません。この新生ラビットハントのテストプレイヤーとして、ゲームクリアを目指してください」

「ゲームをクリアすれば生きて帰れる。そういうことだな?」

 大学生風の男性がアイに訊いた。詠子を除けば、唯一この男性が落ち着いていた。

「はい。ウサギを見つけることができれば元の世界に帰ることができます。制限時間はございません。死ぬか、ウサギを見つけるか、そのどちらかでゲームから離脱することができます」
「ラビットハントにはヒントがある。そう聞いていたけれど?」
「ヒントは島の中に隠されています。まずはヒントを探していただき、そのヒントをもとに、島のどこかに隠されているウサギを探していただくことになります」
「おかしいだろ。ラビットハントは最初にヒントが提示されたはずだ」

 弘が食って掛かるも、アイは動揺を見せなかった。

「新生ラビットハントは、ヒントを見つけるところから始まります。従来のラビットハントとは異なると申し上げたはずです」
「そんなの、プレイヤーが不利じゃないかよ!」
「プレイヤー小堺弘。貴方も、ここで離脱したいですか?」

 それは脅しに他ならなかった。源大と同じ目に遭いたくないのなら黙っていろ、ということだった。

「弘くん、落ち着いて。大丈夫、ただのゲームだよぉ」

 詠子は弘の手を握りながら言った。弘は詠子の顔を見て、幾分か冷静さを取り戻したようで、歯噛みして空を睨むだけに留めた。

 僅かな沈黙の後、アイが言った。

「では、全員参加ということで、よろしいですね。ラビットハントを開始いたします」

 参加以外の選択肢はないだろうに。詠子はそう思ったけれど、口には出さなかった。口に出したところで無駄だと思った。

 太陽が高く昇っているから、時刻は昼前か昼過ぎだろう。日の光を遮るものがないせいで、少し暑く感じられた。辺りは虫の声も聞こえないくらい静かで、波の音だけが耳に届いた。

 詠子は改めて周りを見る。ラビットハントは学校を舞台にしているから、ゲーム中は架空の学校の制服を着用させられると聞いていた。新生ラビットハントでもそれは引き継いでいるようで、全員が紺色のブレザータイプの学生服を身に着けていた。ただ、女子もスラックスを着ており、そこは昨今の風潮に配慮したものなのかもしれない。スカートではない自分の制服姿には違和感があった。

 そして、全員の首に巻かれている黒い首輪。これが水に濡れた時点で、先程の源大のように命を落とすことになる。ラビットハントでも水をかけてくるトラップは複数あったと聞いていたから、このゲームでも水には充分注意しなければならない。

 誰も沈黙を破らなかった。詠子も焦れていたが、自分が最初に口を開くわけにはいかなかった。なぜなら、そんな女性は可愛くないと思ったからだ。

 詠子は他人からの目を過度に気にする性格だった。誰からも可愛く見られたいと思う気持ちが強く、男女問わず、すれ違う通行人であっても自分を可愛く見てほしいと思っていた。だから可愛くないと思うことはしないし、可愛いと思うことを積極的に実行する。今も、可愛い女子高生であるために、沈黙を保っている。

 本心では、悪態をついていても。

(おい、早く誰か喋れよ。弘も黙ってんじゃねえよ)

 詠子の悪態は心から漏れることはなく、弘には届かない。詠子は辛抱強く待っていた。

 やがて、大学生風の男性がしっかりとした口調で静寂を破った。

「とりあえず、自己紹介しないか。この五人でゲームをクリアすることになるんだ。お互いのことは知っておいたほうがいいと思う」

 彼がそう言うと、その横にいた女性が同調する。きっと彼が何を言っていても同じ反応だっただろうな、と詠子は分析した。

「う、うん、そうだね。じゃあ、言い出しっぺの宥介(ゆうすけ)くんから」

 大学生風の男性、宥介はちらりと女性のほうを見て、それから詠子たち三人を見た。宥介は真面目そうな見た目で、大学生にありがちな茶髪やピアスといった要素はなく、黒髪は短く整えられていた。この中で唯一、ゲームに対する恐怖心を抱いていなさそうだった。

「ぼくは大槻(おおつき)宥介。大学二年生だ。ラビットハントの経験はない。菜美(なみ)と一緒に参加している」

 大学生風の女性、菜美がその後を引き取る。菜美は茶色のロングヘアを垂らした女性で、目は細長く、それほど美人ではないと詠子は思った。彼女のおどおどとした挙動が今の不安を物語っていた。

「私は畑岡(はたおか)菜美。宥介くんと同じ大学の二年生。ラビットハントは二回目だけど、こんなのとは全然違った」

 次を三人のうち誰が述べるかで、一瞬だけ攻防が繰り広げられた。詠子は弘に喋ってほしかったが、弘が話す気配はなかったので、仕方なく詠子が次を引き取った。高校生の女子は源大を喪ったショックから立ち直っていないようだったからだ。

「あたし、葛城詠子っていいます。高二です。ラビットハントは初めてで、彼氏の弘くんと一緒に来てます。こんなことになっちゃって、びっくりしてます」

 不安さを声に滲ませながら詠子が話す。

 本心では不安感など抱いていなかった。詠子の中では、所詮はゲームだろうという思いが拭えなかった。源大は死んだと言っているけれど、そう簡単に人を殺せるはずがない。自分たちに確かめるすべがないことを利用して、死んだと言っているだけだ。今回の新生ラビットハントだって、本当にただのテストプレイヤーかもしれないのだ。

 詠子が弘を目で急かすと、ようやく弘が口を開いた。

「お、俺、小堺弘です。高二です。ラビットハントは二回目です」

 弘は菜美と同じくらい怯えているように見えた。自分の彼氏がこんなに怯えているのを見ることになるとは思わなかった詠子は、情けなさを感じていた。

(もっと堂々としろよな。あたしの彼氏だって紹介したんだからさぁ)

 そう思っても、詠子は絶対に口に出さない。誰にも本心を暴くことなどできない鉄壁の笑顔を貼り付けて、弘の自己紹介を聞いていた。

 最後になった高校生の女子が、全員の視線を受けて話し始める。

「わたし、西原(にしはら)早苗です。高校二年生で、ラビットハントは初めてです。さっきの源大くんと一緒に来ていました。あの、ほんとに、源大くんは死んじゃったんでしょうか?」

 早苗は目を引くほどの可愛さがあった。黒髪のショートボブ、くりくりとした瞳、守ってあげたくなるような小柄で華奢な身体。可愛さを詰め込んでできた女子高生だと詠子は思った。こんなに可愛く生まれることができたのなら、自分の人生も変わっていたかもしれない。

 早苗は複雑な感情を浮かべた瞳で全員を見回したが、早苗の問いには誰も答えることができなかった。しかし、宥介は静かに言った。

「わからない。それを知るためにも、このゲームをクリアする必要がある」
「じゃあヒント探さないといけないですね。どこにあるんだろ」

 宥介の言葉に同調した詠子だったが、しまった、と自分を叱った。こんなに早く順応し、前向きな言動に従うのは可愛くない。場慣れしているような印象を与えてしまう。

 詠子の言葉が空に消えるわけもなく、宥介は詠子のほうを見て応えた。

「まずそこから探さなきゃいけないんだろう。ヒントがなければウサギを見つけることはできない。そうだよね、菜美」
「う、うん。ヒントがあれば、どの辺りにウサギが隠されてるかわかると思う」
「じゃあ、やることはひとつだ。まずはヒントを探しに行く」
「さ、探しに行くって、宥介さん、どこに?」

 弘が恐怖心を隠さずに宥介に訊いた。詠子からすれば、自分の彼氏だと紹介したのだから、弘にはもっと周囲の目を気にしてほしかった。こんなに怖がっている彼氏など見たくないし、見られたくもない。

 宥介は少しだけ思案して、森のほうを指差した。

「あのAIは性格が悪そうだ。おそらく簡単に見つけられるようなところにヒントは隠されていないと思う。森の中に入っていくほうがいいんじゃないか」
「も、森の中って、この中を行くんですか?」
「それ以外に方法はないだろう。ぼくはそう思うけれど、弘くん、きみは?」

 宥介は弘に意見を求めたが、弘は森を見つめるだけで何も言えなかった。

 どうする。詠子は迷って、また仕方なく口を開くことにする。これも彼氏のためだ。可愛くないけれど、弘の好感度は稼ぐことができるはずだ。

「あたし、宥介さんに賛成です。探しに行かなきゃ始まらないでしょ」
「うん、ありがとう、詠子ちゃん。菜美、きみは?」
「私も詠子ちゃんの言う通りだと思う。行くしか、ないんだよね」
「ぼくは行くしかないと思っている。早苗ちゃん、きみは?」
「わたしも賛成です。源大くんがどうなったのか、知りたいです」

 宥介は弘のほうを見たが、弘は俯くだけだった。それを肯定と受け取ったのか、宥介は全体をまとめた。

「じゃあ、行こう。菜美、水トラップっていうのは、どういうものがある?」

 宥介はラビットハントに参加した経験のある菜美に話を振る。菜美は思い出すような仕草を見せた。もしかしたら少し前のことなのかもしれない。

「私が参加した時は、踏んだら水がかかるような罠とか、紐みたいなものに引っかかったら水が降ってくるとか、そういう感じだったよ。ねえ、弘くんは?」

「俺も、同じです」

 弘は短く答えた。もう少し意義のある情報が欲しかったな、と詠子は思ってしまう。弘は本心では森に入りたくないのだろう。きっと、怖いから。

「なるほど。森の中だと仕掛けやすそうだな。足元をよく見て歩いたほうがいいってことか」

 宥介は誰に言うでもなく呟いた。

 この瞬間、詠子はこのチームのリーダーは宥介に決まったと断じた。周囲の意見をまとめ、チームの方向性を決めるリーダーには宥介が適任だ。自分にその役目が回ってこなくて安堵する。こんなゲームのチームリーダーなんて絶対に可愛くない。

 それならば、何かあった時には宥介に判断を委ねるほうがよい。そうすることで、他の人にも宥介がリーダーなのだと感じてもらうことができる。本音を言えば弘にやってほしい役目だったけれど、弘には無理だ。リーダーが及び腰では誰もついていかない。