高校1年生に上がった僕は、親友であり、同じ高校に進学する事になった朝森海斗と一緒に、入学式に向かう道のりを歩いていた。

「受験終わった後の春休みは本当天国だったな。僕、溜まってたラノベとか漫画をめちゃめちゃ消化したよ。あと、イラストもだいぶ練習できたかな」

「……へぇ。卓はすっかり読書と芸術の春だったわけだ」

 そんな落ち着いた様子で微笑んで見せる海斗は、今日も格好良かった。なんというか、アンニュイな感じのイケメンなのだ、海斗は。
 髪型はさらさらとした黒髪をナチュラルな感じにスタイリングした、そこはかとないお洒落さのふんわりヘア。
 二重でぱっちりとしつつも少し儚い感じの瞳に銀縁の眼鏡をかけて、儚い系インテリイケメンというある種の女子には最強に受けそうな印象に仕上がっている。

「海斗は違うの? ま、海斗の成績だったら、この桜が丘高校に進学するのくらい、元々大して勉強しなくても訳ないだろうけど。というか本当に、もっと良い高校行かなくて良かったの?」

「うーん、まあ色々事情があってね……僕も悩んだんだけど、やっぱり大事にしたいものがあって」

「……へぇ。良く分からないけど、まあ海斗がそういうならそうなんだろうね」

 僕はこの海斗という友人の知性に、全幅の信頼を置いている所があった。

 海斗は本当に頭が良くて、どんな問題を出しても瞬時に正解を閃くような、独特の優れた感性を持っている所がある。

 その感性の良さは、中学で海斗が所属していた美術部に置いても十全に活かされていて、海斗は全国規模のコンクールで入選するほどの腕前を持つ。

 そんな海斗だから、僕が頑張ったら進学できる程度の高校――いわゆる中の上くらいの、ほどほどの進学校――を受けると聞いた時は驚いた。

 だが海斗は、何度聞いても、そのはっきりとした理由をはぐらかして教えてくれなかった。

 まあこういうのは無理に聞くようなものでもない。

 そう思い、これまで僕はあまり深くは突っ込まずにいたが……

「あれ、たっくんに海斗君ですね。おはようございます」

 そんな俺たちの登校風景に、一人の少女が現れる。

 五十鈴五花。

 僕がかつて一時期付き合っていた元カノにして――

 男を弄ぶ、最悪のビッチだ――

 だが表向きは付き合っていた事などない事になっている僕たちだ。

 僕は、彼女との約束くらいは守るべく、最低限の対応をする事を余儀なくされた。

「久々だね、五十鈴。キミも同じ高校とはね」

「そうですね、なんだか運命を感じちゃいますね。海斗君も、一緒になれて、嬉しいです」

 そういわれた海斗を見ると、なんだか切なそうな表情で、五花の事を眺めている様子だった。

(……?)

 海斗がそんな様子を見せる理由が良く分からず、俺は首をかしげた。

「五十鈴みたいな女の子にそういう事言われると、勘違いする男が出るからダメだよ」

 だが次の瞬間、海斗はいつもの調子を取り戻して、そんな返答を五花に返す。

 僕はそれを見て、気のせいかと思い、普通に会話に加わる事にした。

「五十鈴の事だし、勘違いしてる男を見て楽しんでるくらいの、いい性格してるんじゃないの?」

 俺の少し攻めた会話にも、五十鈴は余裕の笑みを浮かべたままだ。

「いやですねぇ、わたしの事なんだと思ってるんですか? こんな純粋で無垢なやんごとなき美少女なのに」

「鬼か悪魔」

「むかつきますねぇ!」

 そんな、表面上は、同じ中学から進学した男女の友達といった風の会話をしながら、僕たちは校門をくぐる。

 案内に従いクラス分けの表示を眺めた俺は、海斗とは隣のクラスに、五十鈴とは同じクラスになっていると知り、逆なら良かったのに、と心から思うのだった。

「あれ、たっくんまた同じクラスですね。なんだか縁がありますねぇ」

「嬉しくないけどね」

「ええ……最近たっくん冷たいですねぇ」

 そのまま僕と五十鈴は1年1組に、海斗は1年2組に向かう。

 そうして、学校のホームルームが始まり、僕たちは夢の高校生活の始まりを、静かに迎えたのだった。




 *****




 その日の夕方、家に帰ると母親がいた。

 母親は、片親で僕を育ててくれた結構な苦労人なのだが、それを全く感じさせない明るさが魅力の、いい人だと思っている。それなりに年を取っているが、いまでも結構美人の範疇に入るかもしれない。

「卓、今日は大事な話があるのぉ」

 その口調は、年をまったく感じさせない、むしろ幼い部類に入るようなものだ。

 水商売の仕事などをしていた時期もあるようだから、あまり社会経験というものに揉まれていないのかもしれない。今ではスーパーで正社員として働いているようだが、職場ではどうしているのかちょっと心配である。

「何?」

「わたし、再婚することになってぇ」

「……は?」

 あまりにも寝耳に水だった。

「そうなんだ。まあ、なんていうか、おめでとう?」

「ありがとー。それで、なんていうか、その相手の男の人と、その娘さんが、今日からこの家に住む事になっててぇ」

「……はぁ!?」

 思わず絶句してしまいそうになる衝撃が僕を襲う。

 当然だ。

 娘って、母さんと再婚するくらいだし、もしかすると、僕くらいの年なのではないだろうか?

 それって、なんというか、すごくライトノベルのラブコメにありがちな展開ではないだろうか?

 それは僕にとって、魅力的である以上に、一種の恐怖を感じさせる出来事だった。

「いやいやいや、いきなりすぎるでしょ。報告、連絡、相談、できてなさすぎ」

「そうねぇ、ごめぇん。なんか、言ったら怒られそうで、言うに言えなくてぇ」

「……そうか。本当に、来るんだね」

「そうよ、もうすぐ、来ると思う……」

 その瞬間、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。

「お邪魔します」

「お邪魔します」

 成人した男性の声と、なんだかずいぶんと聞き覚えのある少女の声がした。

 え、この声は……そんな、まさか……

「こんにちは。君が卓くんだね。よろしくお願いするよ。五十鈴舞人と言う。こっちが、娘の五花だ」

「……あれ、たっくんですね」

「マジで……?」

 正直言えば、五十鈴、という珍しめの苗字を聞いた時点で、良くない予感はした。

 だが、まさか、本当にこんなラノベみたいな事が起こるとは……

「いやぁ、まさか()()()()()()と兄妹になるなんて偶然ですね! 改めてよろしくです、たっくん!」

 そこに現れたのは、誰あろう、五十鈴五花その人だった。

 どうやら、超絶美少女の元カノジョにして、超絶ビッチのクソ女が、僕の義妹になってしまったらしい――

「ふひひ……」

 五花は、見た事もない気持ち悪い表情で、なぜか僕を見て笑っていた。