「お父さん、お母さん、何で……?」
世都は呆然としてしまう。龍ちゃんも驚いた表情でフロアに出て来た。
「まず、俺の正体を言うとくわ」
高階さんは言うと、紫色のボディバッグから黒い名刺入れを取り出し、世都に名刺を差し出した。
「中津リサーチサービスの、高階誠と言います」
世都は名刺を見つめ、龍ちゃんも横から覗き込む。ゴシック体を主体とした分かりやすい名刺だった。
住所を見ると大阪市の中津だった。岡町からだと阪急電車宝塚線1本で行ける。時間にして15分ぐらい。どちらも普通電車しか停車しないこともあり、行き来しやすい。
「リサーチサービス、て、調査会社ですか?」
「そう。浮気調査から企業調査まで何でもやる会社や。小柳さんと坂道さんは、うちの大事なクライアントやねん」
「クライアントて、え、高階さん、うちの両親に頼まれて、うちのお店を調査しとったってことですか?」
「それはちょっとちゃう。「はなやぎ」の経営状態とか、そんな大層なことや無くて、ただ単に女将と龍平くんの様子を見とっただけや」
「どういうことですか?」
世都も龍ちゃんも戸惑いを隠せない。両親は一体何がしたいのか。調査会社に頼んでまで、どういうつもりなのか。
世都は怪訝にしか思えなかった。
家のことや子どものことを何もしない、やろうとしない両親が、子どもたち、要はお世話をしてくれる人と離れて困っているだろうとは思っていた。
だが少なくとも世都は、そのままお父さんの身の回りのことをし続けて、果ては介護を、なんてつもりは無かった。お父さんや世都に迷惑を掛けたく無いと、潔く高齢者住宅に移ったお祖父ちゃんお祖母ちゃんを見ていたこともあるのだろう。
何より親として子どもである世都にあまり関わらなかったことで、世都の中にはお父さんの面倒を見続けることができるほどの情ができあがらなかったのだ。
子どもが無条件に親を求めるのは、小さな間だけである。物心がつき、自分の意思を持つ様になると、親のあり方を見て判断する様になる。そのとき子どもが親をどう思うかは、それまでの親の行動に反映されるのだ。
親子だから必ずしも気が合うわけでは無いし、大人になっても親の呪縛に囚われることだってあるだろう。親子によって様々な関係性があるはずだ。
だから世都がお父さんを置いて実家を出たことも、そのうちのひとつである。お父さんはお世話をしてくれる人がいれば、全力でそれに寄り掛かる人だ。かつてはお祖母ちゃん、そしてそれは世都に引き継がれた。それではだめなのだ。
きっと、龍ちゃんもそうだったのだろう。お父さんとお母さんは似た者夫婦だった。龍ちゃんもお母さんに寄り掛かられていたのだと思う。経済的な心配が無かっただけ幸いだったが、世都も龍ちゃんも家政婦では無い。学校があり、やがてはお仕事があった。夫婦ですら共働きなら分担するものを、丸投げされるのはたまったものでは無かった。
世都がいなくなれば、いよいよお父さんも自分のことは自分でする様になるだろう。もしくは家政婦さんにでも来てもらうだろう。そう考えるのは不自然では無かった。実際はしばらくはヘルプの電話が来たわけだが。そして世都はそれをスルーし続けたのだが。
冷たいと思われるだろうか。だが世都は自分の中に冷酷な部分があることを自覚している。気遣いや思いやりは大事だと思うが、甘やかすのはいけない。その線引きは大事だ。
そうは言っても、世都は、そして龍ちゃんはお父さんお母さんとの親子関係を放棄した様なものだ。それを恨みに思われていても仕方が無いと思っている。
しかしあらためてふたりを見ると、身なりは綺麗に整っている様に見える。ふたりともロングコートを着込んでいるが、汚れやほつれなども見えないし、ぱりっとしている。自分で整えているのか、家政婦さんに来てもらっているのか、それともあらたな連れ合いなどを見付けてお世話をしてもらっているのか。
どれであっても構わないとは思うのだが。でもパートナーを見付けたのなら、できるなら一言あっても良かったのでは、と思うのは身勝手だろうか。
「高階さん、私から言うわ」
お父さんがおずおずと声を出す。その声には張りが無く、後ろめたさを感じてしまう。
「世都、龍平、実はな、私ら、先々やけど、再婚することにしたんや」
「……お父さんと、お母さんが?」
「そうや」
「は?」
「へ?」
世都と龍平は揃って素っ頓狂な声を上げ、目を剥いた。
「と、とりあえず座ろか。烏龍茶でええ?」
驚きつつも世都はキッチンに入り、龍ちゃんがお父さんたちをソファ席に案内してくれる。お父さんとお母さんはおぞおずと奥に座り、高階さんは飄々とカウンタの1席に腰を降ろした。
世都は呆然としてしまう。龍ちゃんも驚いた表情でフロアに出て来た。
「まず、俺の正体を言うとくわ」
高階さんは言うと、紫色のボディバッグから黒い名刺入れを取り出し、世都に名刺を差し出した。
「中津リサーチサービスの、高階誠と言います」
世都は名刺を見つめ、龍ちゃんも横から覗き込む。ゴシック体を主体とした分かりやすい名刺だった。
住所を見ると大阪市の中津だった。岡町からだと阪急電車宝塚線1本で行ける。時間にして15分ぐらい。どちらも普通電車しか停車しないこともあり、行き来しやすい。
「リサーチサービス、て、調査会社ですか?」
「そう。浮気調査から企業調査まで何でもやる会社や。小柳さんと坂道さんは、うちの大事なクライアントやねん」
「クライアントて、え、高階さん、うちの両親に頼まれて、うちのお店を調査しとったってことですか?」
「それはちょっとちゃう。「はなやぎ」の経営状態とか、そんな大層なことや無くて、ただ単に女将と龍平くんの様子を見とっただけや」
「どういうことですか?」
世都も龍ちゃんも戸惑いを隠せない。両親は一体何がしたいのか。調査会社に頼んでまで、どういうつもりなのか。
世都は怪訝にしか思えなかった。
家のことや子どものことを何もしない、やろうとしない両親が、子どもたち、要はお世話をしてくれる人と離れて困っているだろうとは思っていた。
だが少なくとも世都は、そのままお父さんの身の回りのことをし続けて、果ては介護を、なんてつもりは無かった。お父さんや世都に迷惑を掛けたく無いと、潔く高齢者住宅に移ったお祖父ちゃんお祖母ちゃんを見ていたこともあるのだろう。
何より親として子どもである世都にあまり関わらなかったことで、世都の中にはお父さんの面倒を見続けることができるほどの情ができあがらなかったのだ。
子どもが無条件に親を求めるのは、小さな間だけである。物心がつき、自分の意思を持つ様になると、親のあり方を見て判断する様になる。そのとき子どもが親をどう思うかは、それまでの親の行動に反映されるのだ。
親子だから必ずしも気が合うわけでは無いし、大人になっても親の呪縛に囚われることだってあるだろう。親子によって様々な関係性があるはずだ。
だから世都がお父さんを置いて実家を出たことも、そのうちのひとつである。お父さんはお世話をしてくれる人がいれば、全力でそれに寄り掛かる人だ。かつてはお祖母ちゃん、そしてそれは世都に引き継がれた。それではだめなのだ。
きっと、龍ちゃんもそうだったのだろう。お父さんとお母さんは似た者夫婦だった。龍ちゃんもお母さんに寄り掛かられていたのだと思う。経済的な心配が無かっただけ幸いだったが、世都も龍ちゃんも家政婦では無い。学校があり、やがてはお仕事があった。夫婦ですら共働きなら分担するものを、丸投げされるのはたまったものでは無かった。
世都がいなくなれば、いよいよお父さんも自分のことは自分でする様になるだろう。もしくは家政婦さんにでも来てもらうだろう。そう考えるのは不自然では無かった。実際はしばらくはヘルプの電話が来たわけだが。そして世都はそれをスルーし続けたのだが。
冷たいと思われるだろうか。だが世都は自分の中に冷酷な部分があることを自覚している。気遣いや思いやりは大事だと思うが、甘やかすのはいけない。その線引きは大事だ。
そうは言っても、世都は、そして龍ちゃんはお父さんお母さんとの親子関係を放棄した様なものだ。それを恨みに思われていても仕方が無いと思っている。
しかしあらためてふたりを見ると、身なりは綺麗に整っている様に見える。ふたりともロングコートを着込んでいるが、汚れやほつれなども見えないし、ぱりっとしている。自分で整えているのか、家政婦さんに来てもらっているのか、それともあらたな連れ合いなどを見付けてお世話をしてもらっているのか。
どれであっても構わないとは思うのだが。でもパートナーを見付けたのなら、できるなら一言あっても良かったのでは、と思うのは身勝手だろうか。
「高階さん、私から言うわ」
お父さんがおずおずと声を出す。その声には張りが無く、後ろめたさを感じてしまう。
「世都、龍平、実はな、私ら、先々やけど、再婚することにしたんや」
「……お父さんと、お母さんが?」
「そうや」
「は?」
「へ?」
世都と龍平は揃って素っ頓狂な声を上げ、目を剥いた。
「と、とりあえず座ろか。烏龍茶でええ?」
驚きつつも世都はキッチンに入り、龍ちゃんがお父さんたちをソファ席に案内してくれる。お父さんとお母さんはおぞおずと奥に座り、高階さんは飄々とカウンタの1席に腰を降ろした。