「どうやって──ですか?」

 棒読みで繰り返し、公武はすがるように災害用チーム主任へ振り返った。
 災害用チーム主任があわてて首を振る。メカニカル部門主務もソーラーシステム開発チームリーダーも蓄電池開発チームリーダーも営業も顔をこわばらせていく。

「資材を社へ忘れたということか?」と松前が社員へ問い詰めると、社員全員が顔を見合わせた。全員が戸惑った顔をして公武へ顔を向けた。
「僕ですか?」と公武は目を丸くする。

「『おにぎりん』が使う米のセッティングなんだからお前んとこの案件だろうよ」
「そうはいっても、公武はプログラミングで手いっぱいだっただろう。そもそも『おにぎりん』はまだ試作段階だからな。詰めに入ったら誰かが気づいたかもしれないが」

 災害用チーム主任とメカニカル部門主務のうめき声に「とにかく米はあるが炊けない状況ということか」と松前がまとめる。
「わかりました」と公武が顔をあげた。

「自宅から鍋を持ってきます。それでともかく少しでも米を炊きます。電力の確保はワンボックス車のソーラーパネルでできそうですから避難所へご迷惑をおかけすることはありません」
「そうだな。念のためと思ってデカいIHヒーターは持ってきた。水もあるぞ」と災害用チーム主任がいい添えた。「鍋も持ってこいよ」と嘆く松前を、「そんなデカい鍋も持ってくるなら一台では荷物を運びきれなかったですよ」と営業がなだめる。

 小清水が「阿寒さん、あんた、どんなサイズの鍋を持っているんだい」とたずねた。

「内径二十四センチ容量四リットルの両手鍋です」
「話にならないよー」と小清水は呆れた。
「でしたら」と柚月は口をはさむ。
「ウチに十三リットルくらい入る鍋があります。それを持ってきます」
「大きいですね。お借りできますか?」

「だからー」と小清水は柚月と公武の肩をバシバシと叩く。

「何回炊くつもりだいって。炊き出しをやってくれるのはありがたいんだけどさ。ここに避難している人がどれだけいるのかわかってんのかい」

 しゅんとうなだれる一同を見て、「沼ちゃんっ」と小清水が声を張りあげた。

「なんとかならないかい? 給食室の備品の使用許可はいつ降りるんだい。お役所仕事にもほどがあるよっ」
「おれはもう公務員じゃないしさ」
「八年前は国家公務員だったんだろう。なんとかおしよ」

「そうはいってもさ」と沼田が弱った声を出したときだ。
 沼田のうしろから「体育館の奥になんかデカい鍋がなかったっけか」と声が聞こえた。

 振り返るといつの間にか人垣ができていた。

 にぎやかにやりとりをする柚月たちに、なんだなんだ、と身を乗り出している。その中から「あー。そうだね。あった、あった」と小学校のPTA役員らしい人たちの声が聞こえた。

「町内会のイベントで買った大鍋を学校行事で借りたんだっけ」、「返そうとしたけどデカすぎて公民館へ置くには邪魔だっていわれて」、「そうそう。そのまま学校に置かせてくれっていわれたでしょ」、「校長は渋ったんだけど、そのあと校長が異動していってさ。いつの間にかうやむやになった気がするんだよ」、「だったら」と声が続く。

「まだこの小学校の体育館倉庫にあるんでないかい?」

 沼田の肩がピクリと動く。そして驚くほどの素早さで体育館へ走り出した。

「ちょっと沼ちゃんっ」、「体育館倉庫にあるんですか?」と小清水をはじめ柚月たちも沼田のあとを追った。体育館倉庫の中は真っ暗だ。
「なんも見えんべ」とうめく沼田へ災害用チーム主任がヘッドライトを向ける。

 沼田はその灯りを頼りにどんどん奥へと進む。やがてなにかがライトに反射した。「おおお」と沼田がそれへ駆けよる。

 見あげるほど大きな鍋だった。いかにも業務用っぽいステンレス製の鍋だ。
 沼田はドヤ顔で鍋を叩く。

「本当にあったな。よおし、これを使え」
「なんであんたがエラそうなんだよ。PTAさんのおかげっしょや」

 小清水が沼田の背中を叩く間にも「ではお借りしますっ」と営業が声を張りあげた。
 ひとりではとても運べないほどの大鍋だ。営業の誘導で災害用チーム主任たち五人がかりで運び出す。体育館からワンボックス車まで、なにごとか、とますます取り巻く人垣は増えていった。

「よおし到着っ。鍋確保―。問題解決―。炊飯準備開始ーッ」

 おーッ、と雄叫びがあがる。

 災害用チーム主任はあっという間に少量の水で鍋の内側を洗いあげ、あうんの呼吸でメカニカル部門主任が米を投入していく。ソーラーシステム開発チームリーダーはソーラーパネルの角度を操作だ。
 好天も手伝って「蓄電率八十パーセント、電力スタンバイ、いいぞ」と蓄電池開発チームリーダーが声を張りあげ、あっという間に炊飯準備が整っていく。

 公武も「よおし」と背筋を伸ばした。

「ではいってまいります」

 柚月へ会釈をして颯爽とワンボックス車へ乗り込む。
 すぐに「公武―、これでいいのかあ?」と声がかかっている。『おにぎりん』を稼働させるのだろう。そのにぎやかな様子に避難所の人々も興味津々だ。

 不意に足元で小さい感触があった。
 振り向くと、幼稚園くらいの女の子が柚月の足に触れながら顔を出していた。目を輝かせて公武たちのワンボックス車を見ている。
「なにやってんだってー?」と兄弟らしい男の子がその女の子に駆けよった。

 二人だけではない。何人もの子どもたちが「なに作るのー?」、「なにができるのー?」と柚月へ声をかけてくる。
「あんたたち、お姉ちゃんのお邪魔をしちゃ駄目っしょ」と母親らしき人も「で? なにがはじまるんだい?」と柚月へ楽しそうに声をかけてきた。

 ──続く地震におびえる生活だ。
 余震どころか、より激しい地震が起きることもある。
 みんなが眉間にしわをよせて過ごしていた。どうなるのかまったくわからない日々。イライラとした空気が避難所のどこへいっても漂っていた。

 それが──。

 公武さんの会社の人がきて一時間かそこら。
 あっという間に空気を変えてしまった。すごいなあ。

 やがてふわりと米の炊ける匂いが漂ってきた。

「ご飯の匂いだ」と子どもたちは飛び跳ねて、「いい匂いだねえ」と小清水も目を細める。そんなワクワクが膨らむ中、防災チーム主任と営業がワンボックス車の前に長テーブルのセットをはじめた。
 わっと声があがる。
「もう少し待ってくださいねー」と営業は声をかけつつ、安全確保のために行列整理用のポールとベルトを敷いていく。
 そして営業が満面の笑みで声を張りあげる。

「おにぎりロボット『おにぎりん』の登場ですー」
「おにぎりー?」、「ロボットー?」と子どもたちの驚く声が響き、公武が姿を現した。営業と二人で大きな箱をそっと長テーブルの中央へ設置する。そしてそっとカバーを外した。歓声がさらに大きくなる。

 それは上半身だけのロボットだった。

 機械というより人間型ロボットと呼びたくなるほどの柔らかなフォルムだ。
 エプロンをつけていてほほ笑んだ表情だ。長い髪まであって後ろでひとつに結んでいた。
 それを見て柚月は目を見開く。
「どういうことだい」と小清水が柚月の肩を叩く。

「あのロボット、柚月ちゃんにそっくりっしょや」