とある山奥に、ひっそりと建設された実験施設がある。薄暗く、人目につかないこの場所では、日夜、様々なロボットの製造、及び育成プログラムの実験が粛々と行われていた。
「いち、にー、さん……」
タブレット端末を小脇に抱え、指差し呼称を行いながらロボットの数を数えていく。身に纏った白衣の裾が視界に入るたび、奥山圭介は自分の立場を思い出していた。
「十体……と。よし、今日も今日とて異常なし」
そう口に出しながら、タブレット端末に表示された番号にチェックを入れる。十体の番号にチェックが入ると、画面には「正常確認」の文字が浮かび上がった。
「今年の個体は期待できそうだ」
部屋の中にいるロボットに視線を戻し、圭介は口元を緩ませた。
ここにいるロボットはみな、この施設での実験が終了となり次第、世界各地へと出荷される。ロボットはそれぞれの役割に特化した形で製造されるため、この施設では「個体」と称されていた。
どの個体も役割に対して一級品だが、中でも製造の難しい「爆発物及び危険物処理」と「海底探索」の二種類の個体は、いつも販売開始と同時に売り切れになる人気個体だった。
人類の探求心も、安全の担保が無いと進んでいかないことを、圭介はここに来て知った。
また最近では、災害時に活用される「航空物資支援」や「人命救助」に特化した個体の需要が高まりつつあり、ロボットの製造いかんで、人類の寿命は左右される時代なのかも知れなかった。
それはさておき、これらはあくまで、表向きの商売である。この施設の存在意義は、次の個体の製造にあると言っても過言ではない。
「お前は、どこの国に買われるんだい?」
他国調査――簡単に言えば、他国スパイを行う個体だ。
未だ争いの絶えないこの世界において、極めて優れた知能と、一国ほどの軍事力を併せ持つ「他国調査」への需要は、年々高まっていた。
この個体の最大の特徴は、見た目が人間そのものということはもとより、改良された人間の脳が、頭に組み込まれていることにある。これにより相手の気持ちや感情を読み取りながら行動することが可能となり、潜入調査の精度や質は飛躍的に向上した。
機械から、機械「らしさ」が消えたのだ。
過去には潜入先で重役、あるいは幹部のポストまで辿り着いた例も報告されており、潜伏期間が長期に渡るほど、他国を内側から操れる可能性が高くなると評価する国もあった。
これらを実現できた要因には、脳を選ぶ基準が関係していると、この施設の職員は決定付けている。用途によっても多少の違いはあるものの、基本的には事故や病気など、何らかの原因で身体を動かすことが困難となった人間、それも「子どもの脳」だけを他国調査の個体へと移植していた。
子どもの脳だけを使う理由は大きく二つ。
一つは、新たな知能習得に若い脳が適しているということ。つまり、この個体は成長していく個体だ。施設で必要最低限(といってもかなりの高水準)の教育を施し、そこから購入先の国々の要望に合わせ、その場所に特化した個体へと変貌を遂げていくことになる。
実際に、若い脳を使うことで知識の偏りを防ぐことができるという実験結果も出ていた。
二つ目。これが一番重要となるが、人間の脳を使う以上、元の人格が定まった後の脳では、その人格に制限が掛かることが検証の末に判明した。指示に背く可能性がある、ということである。
しかし、若い脳の場合ではこれらの拒絶反応は少なく、やり方次第でいくらでも制限を解除し、感情をもコントロールすることが可能だった。
「……って、まじかよ。こりゃまた随分と単価が上がったな」
若ければ若い脳ほど、希少価値は高くなる。更にそこから厳選して脳を購入するとなると、莫大な費用が必要だった。
「国家予算って、本当に底があるのかねぇ」
それでも各国の需要は高い。少しでも優秀な個体を手に入れるため、国家存続の必要資金として、国は金を惜しまない。
一昔前、この実験を開始した直後こそ上手く適合せず、そのまま脳死してしまうケースもあったようだが、技術が格段に進歩した現在においてはそのリスクは限りなくゼロにまで軽減され、今では如何にして優秀な若い脳を手に入れられるかが鍵となる、とまで言われているからだ。
この施設に関しても、国が全面的に費用を負担してくれている。
「ま、俺には関係のない話だけど」
圭介は、この施設の裏事業かつ最重要項目で、売上の大半を占める他国調査部門の長を任されている。
「奥山さん。今年は結構、いやかなり豊作だと思いません?」
戸田純也。三年前にこの部門に配属となった新人である。今は圭介のアシスタントとして、二人は行動をともにしていた。
「ま、そうだな。移植される脳のスペックが上がった関係か、あるいは実験プログラムの質が向上した影響か……。どちらにせよ、例年より格段に早いペースで仕上がってる印象だな」
「そっすよね。半数以上の個体があらゆる数値で平均を大幅に上回っていますし、かなり期待しても良いんじゃないすかね」
戸田は「ハチ」と表示された部屋を覗きながらに言った。
この施設にいる間、個体には名前は存在せず、すべて番号で管理、呼称されている。それぞれの個体の左手首より五センチほど上に小さな液晶が組み込まれており、そこにその個体を指す番号が表示される仕組みだ。
当然、出荷時にはこの液晶は取り除かれる。
「特にこの『ハチ』に関しては、明らかに突出してますよ。さすが奥山さんが手塩にかけて育てただけのことはある。僕がここに来てから見た個体の中でも、間違いなく群を抜いています」
眉毛をピクリと上げて応えると、圭介も部屋の中を覗く。ハチは、ベッドの上で静かに座っていた。
「自分で育てておいて言うのもあれだが、それに関しては俺も同意見だ。こいつは、とんでもない才能を秘めていると思う。学問だけでなく思考判断にも優れているし、なにより感情のコントロールが抜群だ。これならどの国に出荷されることになっても、即戦力として活躍する。はずなんだが……」
ハチは圭介の視線を感じたのか、気持ちばかり、顔を入り口へと向けた。三秒ほど視線はぶつかったが、「俺を巻き込むな」とでもいうように、表情を変えること無く居住まいを正した。
「やっぱり、気になるんすか?」
「気になるというか……まあ、そうだな」
視線も会うことのなくなったハチを見つめ、圭介は口を閉ざした。
「ハチの脳は、確か五歳児のものでしたよね? もう製造されて十三年すから、人間の歳では十八歳。これだけほかが優れているとなると、たしかに奇妙ではあるっすよね」
戸田はハチを睨むように見つめると、大きなため息を吐き出した。
この施設では、出荷準備の整った個体から順に売られていく。出荷準備とは、施設が定めた一定の基準値を超えたものを指し、期間にして大体三年から五年、長くても八年で売られるというのが普通だった。
そして、出荷された個体の番号を、次の個体が受け継いでいく。これが、この施設の決まりとなっている。従って、八番は十三年もの間変わらずハチのものだった。
「まあ他国調査においては『言葉』が必須っすからね。今なお、合言葉はあえて直接言葉にさせる、なんていう国もありますから。そうなると、我々としても基準を変えるわけにはいきませんし」
「そうだよなぁ……」
他の機能には支障はないが、脳を移植すると、どうしても一時的に言葉が失われてしまう。元々の脳のスペックに依存するところはあるが、言葉は実験プログラムをこなしていくうち、時間とともに回復させるしかない。
だが、ハチは全ての項目において他の追随を許さないレベルであるにもかかわらず、「言葉」だけは未だに発することがなかった。
いや、正確には拒んでいた。
圭介がそう判断したのには理由がある。
今から約十年前。そろそろ出荷準備をと進めていた圭介は、ハチに聞いたことがあった。
「ハチももうじき、ここを卒業する頃だ。どうだ、なにか思うところはあるか?」
何気ない会話のつもりだった。しかし、普段は表情を変えないハチが突然微笑み、声には出さずにゆっくりと口を動かした。
圭介には、ハチがこう言った気がした。
――今にわかる、と。
それが一体何を指しているのか、十年の時が経った今でもわからない。ただ、ハチの中で何らかの考えがあるということだけは事実だった。
このことを圭介は戸田には伝えていない。話しているのは、施設長である扇原だけだ。
「ハチの能力が優れていることに変わりはない。好きなようにさせれば良い」と、扇原は平然な顔をして言っていた。
どうやら今でもその考えは変わっていないようで、ハチが出荷できない代わりに、他の個体の実験プログラムを早めるよう指示が出るほどであった。
ブー……、とけたたましく大きなブザーの音が鳴り響く。今日は各個体の能力を測る試験日になっている。
「考えていても仕方ないですし、始めましょうか」
ああ、と相槌を打つと、圭介と戸田はハチの部屋に入り、試験を進めた。
「いち、にー、さん……」
タブレット端末を小脇に抱え、指差し呼称を行いながらロボットの数を数えていく。身に纏った白衣の裾が視界に入るたび、奥山圭介は自分の立場を思い出していた。
「十体……と。よし、今日も今日とて異常なし」
そう口に出しながら、タブレット端末に表示された番号にチェックを入れる。十体の番号にチェックが入ると、画面には「正常確認」の文字が浮かび上がった。
「今年の個体は期待できそうだ」
部屋の中にいるロボットに視線を戻し、圭介は口元を緩ませた。
ここにいるロボットはみな、この施設での実験が終了となり次第、世界各地へと出荷される。ロボットはそれぞれの役割に特化した形で製造されるため、この施設では「個体」と称されていた。
どの個体も役割に対して一級品だが、中でも製造の難しい「爆発物及び危険物処理」と「海底探索」の二種類の個体は、いつも販売開始と同時に売り切れになる人気個体だった。
人類の探求心も、安全の担保が無いと進んでいかないことを、圭介はここに来て知った。
また最近では、災害時に活用される「航空物資支援」や「人命救助」に特化した個体の需要が高まりつつあり、ロボットの製造いかんで、人類の寿命は左右される時代なのかも知れなかった。
それはさておき、これらはあくまで、表向きの商売である。この施設の存在意義は、次の個体の製造にあると言っても過言ではない。
「お前は、どこの国に買われるんだい?」
他国調査――簡単に言えば、他国スパイを行う個体だ。
未だ争いの絶えないこの世界において、極めて優れた知能と、一国ほどの軍事力を併せ持つ「他国調査」への需要は、年々高まっていた。
この個体の最大の特徴は、見た目が人間そのものということはもとより、改良された人間の脳が、頭に組み込まれていることにある。これにより相手の気持ちや感情を読み取りながら行動することが可能となり、潜入調査の精度や質は飛躍的に向上した。
機械から、機械「らしさ」が消えたのだ。
過去には潜入先で重役、あるいは幹部のポストまで辿り着いた例も報告されており、潜伏期間が長期に渡るほど、他国を内側から操れる可能性が高くなると評価する国もあった。
これらを実現できた要因には、脳を選ぶ基準が関係していると、この施設の職員は決定付けている。用途によっても多少の違いはあるものの、基本的には事故や病気など、何らかの原因で身体を動かすことが困難となった人間、それも「子どもの脳」だけを他国調査の個体へと移植していた。
子どもの脳だけを使う理由は大きく二つ。
一つは、新たな知能習得に若い脳が適しているということ。つまり、この個体は成長していく個体だ。施設で必要最低限(といってもかなりの高水準)の教育を施し、そこから購入先の国々の要望に合わせ、その場所に特化した個体へと変貌を遂げていくことになる。
実際に、若い脳を使うことで知識の偏りを防ぐことができるという実験結果も出ていた。
二つ目。これが一番重要となるが、人間の脳を使う以上、元の人格が定まった後の脳では、その人格に制限が掛かることが検証の末に判明した。指示に背く可能性がある、ということである。
しかし、若い脳の場合ではこれらの拒絶反応は少なく、やり方次第でいくらでも制限を解除し、感情をもコントロールすることが可能だった。
「……って、まじかよ。こりゃまた随分と単価が上がったな」
若ければ若い脳ほど、希少価値は高くなる。更にそこから厳選して脳を購入するとなると、莫大な費用が必要だった。
「国家予算って、本当に底があるのかねぇ」
それでも各国の需要は高い。少しでも優秀な個体を手に入れるため、国家存続の必要資金として、国は金を惜しまない。
一昔前、この実験を開始した直後こそ上手く適合せず、そのまま脳死してしまうケースもあったようだが、技術が格段に進歩した現在においてはそのリスクは限りなくゼロにまで軽減され、今では如何にして優秀な若い脳を手に入れられるかが鍵となる、とまで言われているからだ。
この施設に関しても、国が全面的に費用を負担してくれている。
「ま、俺には関係のない話だけど」
圭介は、この施設の裏事業かつ最重要項目で、売上の大半を占める他国調査部門の長を任されている。
「奥山さん。今年は結構、いやかなり豊作だと思いません?」
戸田純也。三年前にこの部門に配属となった新人である。今は圭介のアシスタントとして、二人は行動をともにしていた。
「ま、そうだな。移植される脳のスペックが上がった関係か、あるいは実験プログラムの質が向上した影響か……。どちらにせよ、例年より格段に早いペースで仕上がってる印象だな」
「そっすよね。半数以上の個体があらゆる数値で平均を大幅に上回っていますし、かなり期待しても良いんじゃないすかね」
戸田は「ハチ」と表示された部屋を覗きながらに言った。
この施設にいる間、個体には名前は存在せず、すべて番号で管理、呼称されている。それぞれの個体の左手首より五センチほど上に小さな液晶が組み込まれており、そこにその個体を指す番号が表示される仕組みだ。
当然、出荷時にはこの液晶は取り除かれる。
「特にこの『ハチ』に関しては、明らかに突出してますよ。さすが奥山さんが手塩にかけて育てただけのことはある。僕がここに来てから見た個体の中でも、間違いなく群を抜いています」
眉毛をピクリと上げて応えると、圭介も部屋の中を覗く。ハチは、ベッドの上で静かに座っていた。
「自分で育てておいて言うのもあれだが、それに関しては俺も同意見だ。こいつは、とんでもない才能を秘めていると思う。学問だけでなく思考判断にも優れているし、なにより感情のコントロールが抜群だ。これならどの国に出荷されることになっても、即戦力として活躍する。はずなんだが……」
ハチは圭介の視線を感じたのか、気持ちばかり、顔を入り口へと向けた。三秒ほど視線はぶつかったが、「俺を巻き込むな」とでもいうように、表情を変えること無く居住まいを正した。
「やっぱり、気になるんすか?」
「気になるというか……まあ、そうだな」
視線も会うことのなくなったハチを見つめ、圭介は口を閉ざした。
「ハチの脳は、確か五歳児のものでしたよね? もう製造されて十三年すから、人間の歳では十八歳。これだけほかが優れているとなると、たしかに奇妙ではあるっすよね」
戸田はハチを睨むように見つめると、大きなため息を吐き出した。
この施設では、出荷準備の整った個体から順に売られていく。出荷準備とは、施設が定めた一定の基準値を超えたものを指し、期間にして大体三年から五年、長くても八年で売られるというのが普通だった。
そして、出荷された個体の番号を、次の個体が受け継いでいく。これが、この施設の決まりとなっている。従って、八番は十三年もの間変わらずハチのものだった。
「まあ他国調査においては『言葉』が必須っすからね。今なお、合言葉はあえて直接言葉にさせる、なんていう国もありますから。そうなると、我々としても基準を変えるわけにはいきませんし」
「そうだよなぁ……」
他の機能には支障はないが、脳を移植すると、どうしても一時的に言葉が失われてしまう。元々の脳のスペックに依存するところはあるが、言葉は実験プログラムをこなしていくうち、時間とともに回復させるしかない。
だが、ハチは全ての項目において他の追随を許さないレベルであるにもかかわらず、「言葉」だけは未だに発することがなかった。
いや、正確には拒んでいた。
圭介がそう判断したのには理由がある。
今から約十年前。そろそろ出荷準備をと進めていた圭介は、ハチに聞いたことがあった。
「ハチももうじき、ここを卒業する頃だ。どうだ、なにか思うところはあるか?」
何気ない会話のつもりだった。しかし、普段は表情を変えないハチが突然微笑み、声には出さずにゆっくりと口を動かした。
圭介には、ハチがこう言った気がした。
――今にわかる、と。
それが一体何を指しているのか、十年の時が経った今でもわからない。ただ、ハチの中で何らかの考えがあるということだけは事実だった。
このことを圭介は戸田には伝えていない。話しているのは、施設長である扇原だけだ。
「ハチの能力が優れていることに変わりはない。好きなようにさせれば良い」と、扇原は平然な顔をして言っていた。
どうやら今でもその考えは変わっていないようで、ハチが出荷できない代わりに、他の個体の実験プログラムを早めるよう指示が出るほどであった。
ブー……、とけたたましく大きなブザーの音が鳴り響く。今日は各個体の能力を測る試験日になっている。
「考えていても仕方ないですし、始めましょうか」
ああ、と相槌を打つと、圭介と戸田はハチの部屋に入り、試験を進めた。