血の気が引く思いで未早から漫画をひったくる。
こんなもんが王道だと思われたら大変だ。腐男子及び恋人としての沽券に関わる。
「処女喪失って書いてあるから女も出てくるのかと思ったんだよ。そしたら男しか出てこなくて、掘られることを言うんだって知ったんだ。あと驚いたんだけど、男の乳首のことも雄っぱいとか言うし」
「シャラーップ! もういい! 忘れろ!」
慌てて未早の口を手で塞ぐ。幸い近くに人がいなかった為、誰にも聞かれずに済んだ。ほっと胸を撫で下ろすけど、寿命が三年は縮んだ気がする。

相変わらず油断ならない恋人だ。まさか俺の知らないところでBL鑑賞に浸っていたとは。

「いいか未早、泉名は筋金入りの変態なんだ。あいつの好みを理解しようとしたら人として大切なものを失う。俺はファンタジーと思うことで楽しんでるタチだけど、これらの作品は特に人の道を踏み外した危険極まりない作品なんだよ」
「そうかなぁ。プレイの内容はSMとあまり変わらなかったよ。皐月がスマホの待ち受けにしてるゲイの画像の方がよっぽど卑猥だと思う」

ウハッやはり見られていたか。
嫌な手汗をかいていた。けどここは先輩として、泉名の漫画を回収する。
「どっちにしてもこれはしんどかったろ。理解できないものを無理して受け入れる必要はないんだよ。もっと苦しくなる。……って、前に言った気がしたけど……違うわ、あれは俺が書いた小説の中の台詞だ」
「そんな台詞があったね。皐月、現実と妄想がごちゃ混ぜになってるよ」
俺も非常にそう思う。ハンパない危機感を覚えた。
未早は苦笑しながら後ろに仰け反る。落ち着いているけど、その分、声も元気がなかった。
「あのな。……無理すんな」
無理して理解しなくていい。何も共通の趣味がないといけないわけじゃない。これからは何でも二人で挑戦して、新しい楽しみを見つけていく予定だ。
もちろん互いに好みがあるから意見が食い違うこともあるだろう。でも、きっとそれすら楽しい。恋人とはそういう関係のはずだ。

「細マッチョが好きな人間にある日突然ゴリマッチョを好きになれって言うのは無理な話だろ? 腐女子目線で美化されたゲイの世界に足を踏み入れるのは、お前にとって負担でしかないんだよ」
「そうかもね。……でも俺がBLを受け入れられないのは、美化されてるって理由だけじゃない」

未早はそこでやっと視線を合わせ、それからため息を吐いた。

「俺以上にBLが嫌い、理解できない、って人が身近にいるから……俺もその人の意見に同調しちゃうんだ。心のどっかで否定してるし、馬鹿にしてる。理解したいけど、理解したくない。俺は違うっていう一線を常に引いていたいんだと思う」