リョウは泉名には聞こえない声で囁いた。彼も本当に友達想いで、意外に繊細だ。童貞のままだと爆発するなんて言って可哀想だったな。
「ありがとう。ほどほどに問い詰めてみるよ」
軽く目を眇め、泉名にも手を振ってから研究室を後にした。
一年の教室を目指しながら、今朝の出来事に耽る。
確かに朝のあいつは変だった。否、いつも変だけど……。
「未早!」
目的の教室を覗くと、やはり未早はそこにいた。窓際の席で何かの本を読んでいる。しかしこちらに気付くと慌てて本を鞄に仕舞い、こちらへやってきた。
「お、おつかれ。もういいの?」
「あぁ。待たせてごめんな。ハンバーガー食べたいんだっけ? さっそく行くか」
「うん!」
彼はパッと陽だまりのような笑顔を浮かべ、隣に並ぶ。元気がないどころかいつもより機嫌が良いように見える。不均等な疑問が頭の上で跳ねたけど違和感は押さえ込み、放課後デートに集中した。
オープンしたてで活気のあるハンバーガーショップに行き、本屋でそれぞれ購読してる雑誌を買い、馴染みの楽器屋でメンテ道具を吟味した。
健全な学生デートだ。華はないけど楽しい。股間の爆発と俺達は程遠い星にいる気がした。
互いに制服を着てる間はこれで良い。むしろこれ以上を望んだらバチが当たる。……何故かそんな風に思う。
あらかた行きたい場所を巡り、ショッピングモールの中庭にあるベンチに腰掛けた。歩道を照らす街灯が規則的に並んでいる。辺りは良いムードのカップルでいっぱいだった。
「未早、楽しかった?」
「うん。皐月は?」
「良かった。俺も楽しいよ」
屋内で買ったドリンクを手に、隣り合わせで言葉を交わす。未早の口端は常に上がっていた。でも、眼の中に光が見えない。
「あのさ、未早。もしかして何か悩みとかないか?」
「悩み? 別に何も」
「そう……」
そう言われるとお手上げだ。下手に突っ込んだら余計警戒されそう。
本当に何もないなら良いんだけど……それにしてはやっぱり、ちょっと元気ないんだ。
「そうだ! 未早、俺が書いた新作のBL小説読むか?」
「えー、どうしよう。すごく興味無い」
「そう言わずに読んでみろよ。最初は主人公が辛い目に合ってシリアスな展開が続くんだけど、最後はちゃんとハッピーエンドだから」
鞄の中を漁り、放課後泉名に読んでもらった原稿を手渡す。しかし彼は話の序盤で眉間に皺を寄せた。
「ねぇ、これ主人公の名前何て読むの?」
「聖易淙君」
「皐月」
「うん」
「死んだ方がいいよ」
「うん!?」
未早は俺の原稿を丁寧に封筒に仕舞った。そして深いため息をつき、両手で顔を覆う。
「どうせまたエッチなシーンがいっぱいなんでしょ。何かにつけて欲情して、女の子みたいな男の子を縛ったりするんだ。男なのに処女喪失がどーのこーの……」
「え? 未早、そんなのどこで知ったんだ?」
頑としてBLコンテンツに触れない未早が、男に対し処女喪失なんて言葉を使うのはおかしい。まさかとは思うけど……まさか……のまさか……。
「もしかしてお前、読んだのか」
「……少しでも皐月の話に付き合えるように、俺も頑張ろうと思って……研究室にこっそり入って、本を何冊か借りたんだ。その日に返すつもりだったのに忘れちゃって、申し訳ないことした」
なんと未早は鞄の中から、泉名お気に入りのマニアック漫画を大量に取り出した。なんてこった。勝手に持ち出しちゃいかん。いやいやそれより。
「駄目だ駄目だ! 何でよりによってこんな上級者向けを読むんだよ! お前にはまだ早い!」