廊下に取り残され、先輩の後ろ姿を見た途端に焦りだした。
俺はまだこの学校の造りもよく分かってなくて、下手したら簡単に迷子になってしまいそうだ。ふらふら歩けば方向感覚を失う。ここにいることの意味そのものを忘れてしまう。
落ち着け。俺は紅本先輩に会う為にこの学校に入ったんだ。でも。
会って……どうするつもりだった?
何を伝える為に。……そう考えたら、先輩を追いかけて引き留めていた。
「待ってください! 俺、先輩からもっとたくさん教わりたい事があったんです。一年じゃ全然足りなくて……先輩とずっと一緒にいたかった!」
必死に叫んだ。周りを気にする余裕はまるでない。
「お願いします! 音楽じゃなくていいから……もっと色んなことを俺に教えてください!」
「未早……」
色んなこと。自分で言っておきながら、どういう意味かサッパリ分からなかった。───けど。
「ありがと。あんなもん見せたってのに、まだそんなこと言ってくれんだな。……お前」
紅本先輩は泣きそうな顔で微笑んでいた。
「ぶっちゃけ俺がキモくないか?」
「そんなこと思うわけないじゃありませんか! BLの話ですか? ハイ理解はできませんけれども、それとこれとは話が別です! 先輩が好きなものは全部好きになる自信があります! BLについてググリまくって真面目に勉強します!」
「ちょっと声大きい! 聞かれたら困るから!」
先輩は慌てて俺の口を手で塞いできた。でもそれは弱い力で振りほどく。
「未早、無理についてくる必要はないんだよ。どんなに頑張ってもコッチの世界を受け入れられない人間はいるんだ。俺は、お前を巻き込みたいとは思わない」
「巻き込み事故でも構いません。先輩がいるなら」
「いやお前は単純に、先輩として俺を慕ってるだけだよ。それ以上の気持ちはない。勘違いだ」
「勘違い?」
ようやく彼の手は離れたけど、声が震えてしまった。
「先輩と少しでも一緒にいたくてこの学校を選んだのに……」
呟くと、掠めるように頬を撫でられた。先輩は心配そうに顔を覗いてくる。
「泣いてるの?」
「……泣いてませんよ」
「いや、お前中学のときは泣き虫だったからさ。泣いてんのかなって思って」
先輩は苦笑してから俺の頭に手を置いた。
「突き放すようなこと言って悪かった。お前が俺にドン引きしなかっただけで凄い嬉しかったのに……ごめんな」
どれぐらい俺の本気が伝わったかは分からないけど、少なくとも拒否られはしなかったみたいだ。
……良かった。
嬉しくて、逆に胸が痛かった。