泉名の反応は、俺が制作した同人誌並に薄かった。
もう怒っている雰囲気ではない。けど、今度は彼の方が上の空に見える。
そういえば最近色んなところに顔を出し過ぎて、泉名と話す機会が少なくなってたな。まさか。
「泉名、お前……もしかして、俺が最近かまってやらなかったから拗ねてたのか!?」
それなら全ての行動に納得がいく。と思ったのも束の間、フルートの先端で鳩尾を突かれた。あまりの痛みに膝折れして床に倒れてしまう。
「おまっ……楽器と、俺の肋骨が曲がったらどうすんだよ……」
「お前がおぞましいこと言うからだろ!」
泉名は顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまった。確かに俺もちょっとふざけた。今のは自業自得ってことにしよう。
しょうがないから彼の後を小走りで追いかける。追いかけてほしそうに見える……のは、どこまでいっても俺の勘違いなのか。
だとしても構わない。今の泉名を独りにする方が怖い。どれだけ殺傷力ある言葉で罵倒されたとしても、全然傷付く気がしなかった。
何でだろう。怖くない。
「価値観ってことにしよう!」
気付けば前へ踏み出して、泉名の腕を掴んでいた。
「俺が実は吹奏楽よりオーケストラが好きなことも、お前がおよそ凡人には理解できない、アブノーマルな本ばっか買ってくんのも! 人間なんだから好みも違うし、ぶつかんのが普通なんだ。むしろ俺達、今まで仲良過ぎたんだよ。無難に付き合ってきちゃったから、喧嘩の仕方もわかんなくてこんなことになってる。本当は言いたいこともいっぱいあるのに……」
「言いたいこと?」
「あぁ。お前にずっと言いたかったけど、我慢してたことがある。俺のペンを勝手に使ってそのまま放置するところ、燃えるゴミと燃えないゴミを全然理解してないところ、どうでもいいメッセージは即返してくんのに大事な質問に中々返信してこないところ! どんな小さな事でも報告しろって言うくせに、報告したら全て『へぇ』で済ませるところとか、俺は二年間ずっと耐えてきた」
音楽室の中央まで来たところで泉名は脚を止めた。もう部員は誰一人残っていなくて、しんとした部屋に自分達の声だけが反響する。
「それはすいませんね! で? 言いたいことはそれだけ!?」
「……週末は必ず差し入れしてくれるところとか、見たいって言った漫画をいつの間にか予約してくれてるところとか。俺が、どんな弱音や愚痴を吐いても笑って聴いてくれるところとか。すごい感謝してたのに、そういえばお礼を言ったことないわ……って、今さら気付いた。お前の方が俺よりずっと大人で、嫌なこと色々溜め込んでたよな。それを当たり前だと思ってて、本当にごめん」