楽器倉庫は音楽室に隣接している。手の届かない高い位置に小窓があるが陽射しはほとんど入らない。昼も薄暗く、夏場もひんやりした室温だ。
足音を殺して中を覗くと、未早が言った通り泉名が居た。だけど練習するでもなく、楽器を持ったまま譜面台の前でボーッと突っ立っている。
せっかく熱くなっていた心と頭は常温に戻りかけていた。ここまで一目散に走ってきたというのに、すぐに声を掛けられず後ろから彼を盗み見、……観察してしまう。

思い返すと、この場所も特別だ。ふと昔の記憶が蘇る。
一年のときは部員が全然いなかったから二人でこの倉庫に籠って遊んだ。最初はそれこそ練習そっちのけで、宝探しに夢中だった。埃っぽくて色褪せた大量の楽譜に、ボロボロで修復不可能な楽器。そんな物すら発見した時は楽しくて、二人で馬鹿みたいにはしゃいでいた。
大事なものなんて何も背負っていなかった。でも今は違う。目指しているゴールも、見せびらかすように掲げている信念も、知らず知らずのうちにズレが生じていった。
難しいことなんて何も考えなくて良かった……目が合うだけで笑い合っていた、あの頃が今では懐かしい。

「……何?」
「えっ」

ぼんやり考えていた虚しい思考は、短い言葉に遮断された。
泉名はこちらを振り返ることもせずに問い掛けてきた。後ろにいるのは他の部員ではなく、紅本だと確信してるような冷めきった語調だった。
「練習中に悪い。さっきのこと……っていうか、ここ最近のこと謝りたいんだ。お前だって、俺に言いたいことがたくさんあるだろ?」
倉庫室の扉を閉める。ガコン、という重たい音が部屋の中に響き渡った。そこでようやく泉名は振り返る。

「紅本は焦らないの? 俺達、今年で全部終わるんだよ。部活も生徒会も、研究会も……高校生活が終わっちゃうのに、何でそんなのんびりやってられんの」
「のんびりって……え? コンクールの練習や受験勉強より腐った創作にハマってること?」
「それもあるけど、何か全体的にぬるいじゃん。日に日に勢いをなくしてる気がする。昔はどんな小さなことも全力でやってたのに、最近の紅本は何かヘンだよ。心ここにあらずってカンジ」

……。
数秒の間瞼を伏せ、自分なりにその原因を探ってみる。結果、すぐに思い至った。
未早だ。
俺は初めての恋人ができたことに大いに浮かれて、全体的にゆるふわな日常を送っている。一に未早、二に未早、三、四が未早で五にBLって具合だ。おかしい。部活どこ行った。
「それとも、何か悩みでもあんの」
「いや、悩みはない! むしろ毎日幸せ過ぎて辛い……! 俺は贅沢者だよ、罰当たりだ」
全力で手を振って否定する。ついでに意味不明な謝罪も零れ落ちた。

「やっぱ人間て追い込まれてる時の方が力発揮するよな。幸せ過ぎると色々抜けが出るっていうか……悪かった。これからは気を引き締めて、何でも真面目に取り組むよ!」
「……」