技術の話ならともかく、吹奏楽に対する見方を変えさせられる日が来るとは思わなかった。
本当は感謝していたのに。

「先輩は泉名部長の何に怒ってるんです?」

未早はベルを膝に置いて目を眇める。部活中は仕方ないけど、敬語を使われると先輩と後輩として完全に分裂する。部活を介して言い合うだけの関係になる。

何となく、また泉名のことを思い浮かべた。不思議なことに、どんな場所でも彼は笑ってる姿しか想像できない。二年間、部活でも生徒会でも、趣味の場でも一緒に過ごしてきたけど……彼が怒ってるところは見たことなかった。

どんなピンチに見舞われても冷静だった。そんな時ほど笑うように努めていたのかもしれない。
泉名は強い。そんで優しい。だから俺も、あいつの一番近くでフォローしてやりたいと思った。……そんな大事なことを忘れていた。
「もう怒ってないよ。さっきまでは、しょうもないことに一々衝突して……分かり合えないことに腹立ってたけど」
「じゃあそれそのまま伝えましょう。部長は先輩にとっても大事な人でしょ?」
「うえっ何だよ、大事な人って。何かやらしーな」
「本当にもう……先輩の脳みそ……。はっきりさせましょーよ! 泉名部長は先輩の何?」
何……?
部活仲間。創作仲間。……いや。
半拍置き、頷いて返す。

「親友」
「……ね。ここで待ってますから、行ってらっしゃい。部長は多分倉庫室で練習してますよ」

未早は笑ってゴーサインを出した。
「親友を失う理由がBL創作の意見の食い違いとか、本気で引きます。末代まで語り継ぐ汚点、恥部ですよ」
「やめろ」
「冗談ですって、それより泉名部長も多分苦しんでますよ。親友は大事にしなきゃ。この学校で出逢えたのも何かの縁でしょ。俺と同じに」
あぁ、そういう考え方もあるのか。
たまたま同じ学校に入って、偶然共通の趣味があった、ってだけだけど。
友達と巡り会えたことも合縁奇縁。……になるのか?

「悪い。ちょっと行ってくる」
「はい、頑張って!」

ハイタッチして教室を出る。成り行きとはいえ問題児の未早に励まされてしまった。ちゃっかり……いや、今回はしっかりしている。
倉庫へ向かう道中、ひとり夢想した。あいつだって中学のとき、誰かと激しく衝突したことがあったはずだ。その結果孤立して、人間関係が嫌になって部活へ行かなくなった。
人と本気でぶつかる痛みを知っている。それによる弊害も、後に残る傷も。塞がったとしても、傷跡が完全に消えることはない。

どう頑張っても絶対的に分かり合えない人間はいる。そういう人とは自然に距離を置いて、互いに離れていくものだ。
けど、泉名とはそうなりたくない。自分にとって“大事”な奴だから。例え何百回衝突したとしても、周りから呆れられても、最後は同じ所に戻りたいんだ。