憧れの先輩が男同士のエロォいイラストを描いている。
その時点で俺の中じゃカンブリア爆発と同じぐらいの衝撃だったけど、先輩に会えた喜びはそれすらも上回っていた。

「紅本先輩! 良かった、俺先輩が吹奏楽部にいないから……もしかして死んじゃったのかと思って……」
「す……吹奏楽部にいないだけで?」

先輩は戸惑いながら、描いていた絵をそっと裏返しにして駆け寄ってきた。黒いセーターが影となり、ちらちらと視界に揺らめく。
「それよりお前、それならそれで連絡しろよ。ウチを受けることも、ここに来ることも何も知らなかったぞ」
紅本先輩は色々とパニックになりなから捲し立てた。
「す、すいません。先輩は忙しいと思ったし、俺と話す暇もないんだと思って……」
「ん? 紅本、よく分からないけどこの子の心を弄んだの?
「弄んでない! 明野はちょっとどっか行って……いや、この部屋が良くないよな。未早、廊下に出よう」
紅本先輩は俺の手を引っ張り、外に連れ出した。
はぁ……。
かっこいい。
その横顔、その後ろ姿に惚れ惚れする。
尊すぎて近付きがたい存在が目の前にいる。俺の憧れをそのまま具現化したような人だ。
「未早、色々訊きたい事はあるんだけど」
「何ですか?」
「どうしてこの場所がわかった?」
こ学校のことではなく、この男色部屋のことだろう。俺は教室に行って、明野先輩に連れられてきた経緯を説明した。
「あぁ~! 明野、あの野郎……!」
「先輩? あのですね、俺も先輩に色々訊きたいことがあって」
「待った!! 何も言うな、全部忘れてくれ。頼む!」
紅本先輩はそう言うと、頭を下げて手を合わせた。

「気持ち悪いもん見せて悪かった。でもお前に色々言われんのは流石にショックっていうか……まず普通に過ごしてれば関わることなんて絶対ないから、今日のことは忘れて、楽しく学校生活を送ってくれよ」

え。
よく分からないけど、それはつまり。
もう自分とは関わるな。……ってことか?

「ごめんな、未早。お前の知ってる俺はもういないんだわ。じゃ」

先輩は何か既視感のあるセリフを残してさっきの部屋に帰ろうとしてる。やっと会えたのにとんとん拍子で突き放されて、頭が空っぽになった。

俺、何のためにここに来たんだっけ。