「あぁ、偶然じゃないよ。俺がBL小説を書いたことも、それをお前が読んだことも! 決して無駄なことじゃなかった!」
「無駄だったのは、先輩が付け足した余計な設定ですもんね」
辛辣な言葉が返ってきたけど、未早は心底楽しそうに脚を伸ばした。
「でもそのおかげで、今こうやって一緒にいられるんだから……何でも感謝ですね」
「そうだよ? 意味のないことなんて何もないんだ。俺の小説も、ぜーんぶ意味がある」
ちょっと茶化してしまったけど、隣にいる未早の髪を指でそっと撫でた。
「碧川と重井は口下手だけど、お前と同じぐらい楽器が好きなんだ。その想いだけは否定しないって約束しろ」
「わかってますよ。好きじゃなきゃ高校まで続けないでしょ。上手くたってリタイアする奴はたくさんいるのに」
彼の落ち着いた様子に安堵する。と同時に、最近なかなかできなかった行為に心が揺れた。

「未早。キスしていい?」
「唐突ッスね!」

未早は露骨に驚きながらも、身を捩って俺の方へ向いた。そして前髪を邪魔そうに分ける。
「まぁ俺も今日はそのつもりで誘ったんで……人のこと言えませんね」
「ははは、お前実は頭ん中エロいことでいっぱいだもんな! この前は本当にビックリ……」
と言いかけ、彼に睨まれてることに気付いて慌てて口を噤んだ。
「ごめんごめん、エロはお互いさまだったな」
軽く謝った後、ある事を思いついて手を叩いた。
「そうだ! 未早、前から思ってたんだけどさ。二人のときは別に敬語使わなくていいぞ」
「えっ? いや、でもそれは……やっぱり、先輩ですから」
「それ。結局“先輩”として俺を見てるんだよ。でも俺達は今は先輩後輩じゃなくて……恋人だろ?」
そう問い掛けると、彼は黙って頷いた。
「だから、先輩って付けずに名前で呼んでよ。俺がお前を呼んでるみたいにさ」
「えぇえ、でも……」
「先輩の命令。……じゃなくて、これは“恋人”のお願いだぞ」
腕を組んで言うと、「じゃあ」と未早は俺の様子を窺うようにして口を開いた。

「えっと。さ、皐月」
「うん。何?」
「いや、呼んだだけです」
「そう……そこで好きって言ったら百点だったんだけど……あと敬語外れてないじゃん」
「あ~……別に良いんですけど、タメ語になったら一気に生意気な口きいちゃいそうで怖いんですよね」