未早と別れた後、皐月は授業中もずっと上の空だった。その理由はひとつ。

キスした……。

高校三年にもなって、初めて(男と)キスした。
その感覚が今も忘れられない。自身の教室に着いた後も唇にそっと触れて、恋人の温もりを思い出した。

「柔らかかった……」
「何が?」
「わっ、明野!」

心の中で唱えたつもりだったのに、口に出してしまった。しかも目の前の彼にバッチリ聞かれてた。
「もうとっくに授業終わってるよ。紅本らしくないね、何かボーッとしちゃって」
彼は俺と同じクラスで、BL研究会のひとり、明野望《あけののぞむ》。そういえば俺が書いた小説の中にも結構登場させていた。机の中の本に触れて、申し訳ない気持ちになる。
「で、何が柔らかかったの?」
「い……家で飼ってる……犬の毛が柔らかかったんだ。昨日親の仇の如くブラッシングしたから」
「へ~! いいね、今度会わせてよ」
「あぁ。いいよ」
何とかテキトーに誤魔化した。犬(ゴールデンレトリバー)を飼っているのは本当なので、ほんのちょっとの罪悪感で済んだ。
「それより紅本、せっかく新学期入ったわけじゃん。めぼしい一年はいないの?」
「めぼしいって?」
「勧誘だよ、勧誘。もし一年がひとりも入らなかったら、俺らの研究会は再来年にはなくなっちゃうじゃん」
「あぁ……」
確かに、今研究会は自分達三年と二年だけ。でも、この研究会を作ったのは他でもない自分と泉名だ。

「仕方ないんじゃね? 趣味のサークルみたいなもんだから、残さなきゃいけないもんじゃないだろ。俺達が卒業したら、今度は外で集まって好きにやったらいいよ」
「えぇー、新人入れようぜ! 絶対今年の一年にも腐男子いるって。みんな隠してるだけ、捜したら見つかるよ」
「まぁ、そりゃ少しはいるだろうけどさ……」

それを見つけるのがどんだけ大変か、明野は分かってないんだよなぁ。
BLが好きだって公言してる奴がいる方が問題だろう。GLが好きな男はたくさんいるけど、BLはわけが違う。
明野や他のメンバーだって俺と泉名が四苦八苦して見つけ出した。腐男子だって見抜いたこと自体がすごいんだと、ちょっとは納得してほしいもんだ。
多少の不満を覚えながら、放課後部活に向かった。
「あ、紅本先輩こんにちは」
「おー」
部員達と挨拶を交わして、いつものように倉庫室を目指す。