部屋から出ようとすると不意に後ろから袖を掴まれた。振り返る。頭一個分小さい未早の寝癖が見えた。
「先輩、そういえば昨日は送ってもらってありがとうございました。お母さんにももう一回お礼伝えてください」
「あぁ。いいって別に。それより俺が鞄汚したのにさ」
「あの時は俺も暴れちゃったから、俺にも責任あるでしょ。先輩のせいだけじゃないですよ」
未早は楽譜を入れるファイルを両手で持ちながら、静かに言った。
「例え先輩が、俺から本を奪うためにやった事だとしても」
なっ!
「気付いてたのか!?」
「そりゃあ。あの流れだし、先輩わかりやすいんだもん」
未早はむしろ心配そうな顔で俺の頭を撫でた。
「今朝もわざわざ俺の机を探したりして、ほんと面白すぎ。まーそんな先輩が楽しくて好きなんだけど」
あああぁぁ! それもバレてた!!
やばい。尋常じゃなく恥ずかしい話だよ、それ。
「う……もう全部忘れてくれ……」
「いやぁ、忘れられない。あの必死な感じがね、見てて可愛いっていうか、まじウケるっていうか……まぁそれはともかく。先輩のあんだけ頑張ってる姿を見たら、さすがに可哀想になってきちゃって」
未早は持っていたファイルから、俺が書いたあのBL本を取り出した。
「はいどうぞ。返すよ」
「おい! 音楽室に置いてたのかよ!」
「全然気付いてなかったか。俺、休憩中にけっこう堂々と読んでたんですけど」
「うわああ! でも良かった……」
いや、良いのか分からないけど。これで俺の黒歴史は回収できた。
「ありがとう、未早。俺達はこんなもんに頼らず、自分達で未来を切り開いていこう。創作じゃない、俺達だけの物語をつくるんだ」
「あー、そッスね。ハイハイわかりました」
「もっと丁寧な対応しろよ!」
未早はもう興味無さそうに部屋から出て行こうとしていたけど。急に立ち止まり、振り向きざまにキスしてきた。唇に当たるは、柔らかくも弾力のある感触。
「…………!!」
初めてだった。これが俺とこいつの、初めての。
「先輩、ムードは自分で作ろうよ。小説みたいにさ」
ゆっくり離れて、未早は腰に手を当てて屈んだ。
「初めてキスしちゃったぁ。先輩の感想は?」
「あぁ……すごい。すごく柔らかいわ」
本は無事に戻ってきたけど、一緒に手に入れたものが大き過ぎたかもしれない。
手に負えるのか分からない。不敵すぎる恋人だ。