朝から既に疲労困憊だ。眠いし疲れたし、本は見つからないし……もう嫌だ。何かもう何もかも嫌だ。
「はあぁ……未早ぁ……」
一応恋人の席に座り、突っ伏すようにして顔を伏せた。俺の教室の机とちょっと肌触り違うかも、とか思いながら。
ここでいつも勉強してんのか。スベスベの冷たい天板が気持ちいい。
他人の席なら何とも思わないだろうに、まるで特等席のようだ。何度か触って、自分の顔を沈めていた。

「紅本先輩、何やってんですか……」
「うわああぁっ!?」

頭上から聞こえた声に驚き顔を上げると、未早がドン引きした顔で佇んでいた。

「おはようございます。でも何で先輩がここにいるんですか? しかもそこ俺の席だし」
「ち、ちが……これは……そう、抜き打ちチェック! お前が危険なモン学校に持ってきてないかっていう、大先輩の粋な計らいを!」
「だから俺どんだけ危険人物……てか、こんな早くにですか」
「俺は早寝早起きなんだ! お前こそ何でこんなはっやい時間に来てんだよ!」

心臓バクバクしながらも問い掛けると、未早はにっこり笑った。
「荷物置いてから音楽室行って、楽器の手入れしようかなって思って。朝練がない日も早起きしちゃうから大変ですよね。先輩も一緒に行きません?」
「……おぉ」
思ったより真面目なところにビックリした。失礼だけど、未早は絶対そんな細やかな人種じゃない。
いや、違うか。
真面目とか不真面目とかじゃなくて、こいつは単純に楽器が好きなんだ。俺と同じに。


職員室で鍵を借りて、やや薄暗い音楽室の照明を点けた。
「あぁー、暖かくなってきたけど朝の走り込みが始まったら嫌だなあ」
倉庫室から楽譜と楽器を出して、空いてる椅子にどっかり腰掛ける。
「冬はずっと指かじかむし、楽器も温まらないしで良いことないよ。お前ももっと優しい環境で吹いてほしいよなー、アベル君」
「誰ですか、アベル君て」
「俺のトランペット!」
「名前つけてんだ……」
未早の氷のような視線を華麗に受け流し、オイルを注入して手入れを済ませた。
「楽器は相棒だぞ。お前も本当に愛してんなら名前のひとつでもつけてやれよ」
「ハイハイ。じゃあ……魔王で」
それ名前じゃなくて称号……。
ふと、壁に掛かった時計を見るともう八時過ぎだった。朝練のある他部活の生徒なら来てもいい頃だ。
「そろそろ教室に戻るか」
未早と倉庫室へ入り、楽器を棚に仕舞った。倉庫室は照明を点けなかったから、夜のように暗かった。