きっと自分は今、とても切羽詰まった顔をしている。でも未早もそれに負けないぐらいすごい剣幕で否定してきた。
「冷静に考えてくださいよ。嫌いだったら一緒にラーメンなんか食べに行かないでしょ!」
……あぁ、確かに。
いやに腑に落ちて力が抜ける。
「え~、良かった……俺のこと憎んでんのかと思った。そのうち全てのポジション取られちゃうんじゃないかなって思って、正直気が気じゃなかったんだ」
「先輩の中の俺、超ヤバい奴なんですね」
未早は呆れた様子でそっぽを向く。
そして頭が痛そうに片手で額を押さえた。
「……先輩が書いたあの話、フィクションじゃないですよ」
「え? 何?」
俺の小説……は完全妄想創作だから、フィクションですけど。
意図するものが分からず、反応に困って呆然としてると、襟を掴まれ乱暴に壁に押し付けられた。
「いったいな! 何すんだよ!」
ホントこいつ先輩を何だと思ってんだ!
掴む手は少し緩んだけど、まだ苦しい。彼が何で急にキレだしたのか分からなかった。
いや、分かろうとしなかった。絶対有り得ないと思って。でも、揺らめく疑念は確信に変わった。
「俺、紅本先輩が好きです」
電源が落ちたように……全ての思考が停止した。
頭が真っ白になる。テストで全く勉強してない所が出てきてしまった、あの感覚に似てる。
「じ……冗談だろ? お前BL嫌いじゃん」
「嫌いっていうか……あれは興味無いんです。俺そもそもジャンル関係なく、漫画も小説も読まないから」
そうらしい。でも、根本的なところが分からない。
「でも何で……俺を好きになる理由なんて、何もないだろ」
何も思い当たらない。彼とはただ同じ部活で、同じパートで。腐男子ということがバレる前は、限られた業務的な会話しかしなかった。
「確かに、恋愛の“好き”とは違ったかもしれないです。……あの時はただ、先輩のことが気になってただけだから」
「あの時」
「去年の、文化祭です」
手が離れる。ようやく解放されてホッとしたけど、未早はさっきより辛そうな顔をしていた。
「受けようか迷ってた学校だったから、見学に行ったんです。その時、ちょうど演奏が聞こえて……初めて、紅本先輩を見ました。みんな上手かったけど、先輩の音はハッキリわかりましたよ」
「まさかそれでこの学校を選んだのか? え? ……俺に会うために?」
「そう言われると大袈裟ですけど……でも、結局そうなるんですかね。俺もう楽器はやめるつもりだったのに、先輩に会いに体験入部しちゃったから」