「腹いっぱいになったから眠くなっちゃっいました。家は大丈夫ですよ。俺の家男しかいないんでやりたい放題っていうか、自由放任なんです。兄も最近は遅くまで帰ってこないし」
「そうか……」
兄がひとりいて、父子家庭か。母親がいない。でも理由を訊くのは憚られた。そこはやはりプライベートなことだし、デリケートなこと。踏み込んでいい領域じゃない。
未早は他の一年生の中では落ち着いていて、あまりはしゃがない。強いて言えば俺と関わってる時が一番表情豊かで楽しそうだ。……そう、俺をからかってる時が一番生き生きしてやがる。
「お茶入れてきたから飲めよ」
「ありがとうございます。いただきまーす」
少しむしゃくしゃしていたが、熱そうにフーフー息を吹きかけながら紅茶を飲む未早に思わず相好を崩す。やっぱりなんだかんだ言ってもまだ一年だ。
「ヤケドすんなよ」
「はい」
彼は顔を上げると無邪気に笑った。珍しく素直だ。寝起きだからかな。
「そういえば、さっき何の夢見てたか覚えてる?」
「夢ですか? いえ、見た覚えもないですけど。何でですか?」
「あぁ、寝言で俺のこと呼んでたからさ」
そう答えた瞬間、未早は激しく咳き込んだ。
「はっ……え、冗談ですよね」
「ほんとだよ。二回ぐらいな。気持ち良さそうに寝てるから起こさなかったけど」
「……!!」
それから未早は黙ってしまった。何か少し顔が赤い気もするけど……どうしたんだろ。
「未早、どうかした?」
「あ、いや……そうだ、俺もう帰ります!」
「は!?」
よく分からないけど急過ぎる。未早は立ち上がると、ドアへ向かって部屋から出て行こうとした。
「おい、まだ鞄乾いてないって」
「大丈夫です。お邪魔しました!」
一体どうしたのか、彼は何がなんでも出て行こうとする。あぁ、でも……言っておきたいことがあった。
「未早、ちょっとだけ待て!」
今言わなかったらまたタイミングを逃してしまいそうだから、彼が掴もうとしたドアノブを先に掴んだ。
「あの小説のこと、謝りたいんだ。今まで自分のことばっかで全然考えもしなかったけど……BLが嫌いなお前に、あんな醜いモン見せてごめん」
未早はなにか察したように一歩後ろへ下がった。
「お前に嫌われてること知ってて、わざとあんなノロケ話を書いたんだ。……でも冷静に考えたら、それってすげー最低だよな。究極の嫌がらせ……絶交されてもおかしくないな、って思って」
「ち、ちょっと待ってくださいよ。何で俺が先輩を嫌いってことになってるんですか」
「え」
不思議に思って聞き返すと、未早は真剣な表情でドアに手をついた。
「確かに苦手とは言いましたけど……嫌いなんて言ったことは一度もありませんよ」