未早は今朝小説を読んだと言っていた。なのに彼の鞄に入ってないということは、考えられる場所はただ一つ。
学校だ。自分の教室の机の中に置いてるに違いない。

くっそ────そんな誰でも盗れる所に置いて、他の奴に見られたらどうすんだ!!

未早も俺もそうだけど、下手したら実名載せてる泉名にまで被害が及ぶよ! 何か起きたら大変申し訳ございません。先にお詫び申し上げます。

だあああぁぁぁ! 俺は何であんなモン書いちまったんだ!

己の愚かさに絶壁から飛び降りたい衝動に駆られ、頭を抱える。
小説を書く前に時間を巻き戻したい。だがどんなに祈ったところで事態は変わらない。降り出しに戻った絶望感から自己嫌悪に陥っていたけど、二人分のお茶を入れて部屋に戻った。

そこでは未早が壁に背を預けて静かに座っていたが……ちょっと静か過ぎる。どうしたのかと近付いて見ると、彼は寝ていた。
ふぁー、あの短時間でよく寝れるな。逆に尊敬する。
それとも寝不足だったか、……家まで全力で走らせたから疲れてるのかもしれない。

音を立てずに、紅茶が入ったカップをテーブルに置いた。
どちらにしても鞄が乾くまではここにいてもらうしかない。このまま寝かせていてもいいけど……帰りが遅いことを家族が心配してたらマズいだろうか。
起こそうか迷っていると、消え入りそうな声が聞こえた。
「紅本……先輩」
「え」
呼ばれたと思って彼の方を見たけど、変わらずに寝ていた。
「寝言か……」
なんだ、びっくりした。しかし寝言って……俺が出てる夢でも見てんのか?
何か可笑しくて笑ってしまった。せめて夢の中の俺は、尊敬できるような先輩でいてほしいと祈りながら。
「先輩……」
そして二回目の寝言。

ええぇ……。
どんだけ俺が出演してるんだよ。何か恥ずかしくなってくる。
もういっそのことさっさと起きろ。という念を送ってると、彼はパチっと目を覚ました。すごい。俺はもしかしたらエスパーかもしれない。

「……あれ、俺寝ちゃってました?」
「おはよう。せいぜい五分ぐらいだけどな」

未早は目元を擦り、すいませんと呟いた。

「別にいいよ、疲れてたんだろ。鞄もうちょっとで乾くらしいから。親が心配してるかもしれないし、連絡したら?」