「ごめん! こんなっ……こんなハズじゃなかったんだ!」
そう。色んな意味でこんなハズじゃなかった。
しかも彼の場合、入学してまだ買ったばかりの鞄だ。親が買ってくれただろうピカピカの鞄なのに……汚してしまったことが本当に申し訳ない。
「うあああぁぁぁ本当にごめん! なさい!」
「あ、あはは……大丈夫ですよ。外側だけで、中の物は無事だろうし」
中。
未早の言葉で我に返る。そうだ、まだ中身も確認できてない。
「未早、俺の家に行くぞ! 責任とって、俺が洗って綺麗にするから!」
「そこまでしてもらわなくても大丈夫ですって。自分家で洗います」
「だめだめ、お前より俺の家のが近いから! さぁ行くぞ!」
「えぇー、走るんですか!?」
鞄を抱えて走り、俺達は駅まで走った。そして俺の最寄り駅で降り、家までまた走った。

「ただいまー!! 母さん、いきなりで悪いんだけどこの鞄を……洗ってください!」
「自分が責任とるって言って、お母さんに洗わせるんですか……」

家の玄関で、未早は息切れしながら軽蔑の眼差しを向けた。それは軽くスルーし、靴を脱ぐ。

「おかえり皐月。初めて見るお友達ね。いらっしゃい」
「あ、こんばんは。夜にお邪魔してすいません」

奥の部屋からやってきた母さんに、未早は頭を下げて挨拶した。
「七瀬未早です。紅本先輩とは同じ部活で、同じ楽器をやってるので、いつも助けてもらってます」
嘘つけ。礼儀正しい彼に心の中でツッコんだ。

「そうなの。嬉しいわ、皐月は高校に入ってから全然部活の話をしてくれなくなったから。こんなしっかりした後輩君がいて良かったわね」
「ほんと、俺が今まで見た後輩で一番しっかりしてるよ。それはともかく大変なんだ。未早の鞄が汚れちゃったから、ちょっと洗わせて」

泥まみれの鞄を見せると、母さんは驚いて洗濯室へ向かった。
「未早くん、ちょっと鞄預からせてね。時間かかるかもしれないけど、多分落ちると思うから」
「あ、それなら俺がやりますよ! 洗い場貸してもらえるだけでホントにありがたいですし」
「いいから! 俺のせいで汚れたんだから、お前は向こうでゆっくり休んでろ! 鞄は母さんが何とかしてくれるから!」
「いや……だから先輩は何もしないんですか!」
ゴチャゴチャ言う未早を強引に引き摺り、俺の部屋へ連れて行く。何とか、あの鞄から引き離すことに成功した。