「先輩、今日は俺が奢りますからね」
「いいよ、自分の分は自分で払う……っていうか、俺が全部出すから」
「え、何でですか。無理に付き合ってもらったんだから俺が出しますよ」
会計のときに見せた、妙な気遣いとか……普段は失礼極まりない奴なのに、調子が狂うったらない。
とにかく未早のサイフを押し返して二人分支払い、店を出た。貸しはつくっとくに限る。借りは絶対つくっちゃいけない(こいつに限る)。

雨はやんでいたから、ちょっとだけ気分が軽くなる。

「気にしなくていいから、早くあの小説を返しなさい。お前が持っててもしょうがないだろ?」

駅へ戻る為に、真っ暗な線路沿いを歩く。ここなら人がいないから、心置きなくその話ができそうだ。
一刻も早く、あの黒歴史を回収しなくては。
「はぁ……でも俺、今朝もそうだけど電車で読んでるんです。隣で新聞めいっぱい広げてるオジサンに対抗して、俺も負けじとページを広げました」
「絶対やめろ、色んな意味で迷惑だから!」
「でも、内容はともかく一冊の本としての仕上がりはクオリティ高いですよ? さすが幾千の同人誌を作り上げてきただけの事はあります」
「そんな作ってないわ! っとに、バカにするのは結構だけど気持ち悪いなら返し……」
言い掛けてハッとする。

今朝あれを読んでいたということは、こいつ今持ってるんじゃないか……!?
だとすれば、小説は鞄の中。
未早のスクバをロックオンした。一見ぺっちゃんこだけど、俺の小説は薄いから入ってる可能性は充分ある。

「紅本先輩? どうしたんですか、急に黙って……」

問題は、どうやって未早の鞄を奪うかだ。強行突破で普通に奪い取る? 力で負ける気はしないし……いや、それはさすがに良くないか。
そうだ、良いこと思いついたぞ!
「うわあっ!! 未早、お前の鞄に何かデカい虫がついてるぞ! イモムシみたいなやつ!」
「えっ!?」
咄嗟に出した大声に未早は驚いた。うん、虫っていうより俺の声に驚いたっぽい。
「ちょっと鞄貸せ、取ってやるから!」
「うわっ、引っ張んないでくださいよ!」
結局強行突破で、鞄の取っ手を引っ張る。ところが力が強すぎたのと、未早が急に反対側へ傾いたことで鞄がすっぽ抜けてしまった。

「あっ!!」

しかも最悪なことに、汚い水たまりの上に落ちた。これはまずい。
猛ダッシュで鞄を拾い上げたが、鞄は泥まみれで見るも悲惨な状態だった。