「紅~! と、未早くんも一緒に練習してたんだっ?」

音楽室の隅で地団駄を踏みたい衝動に駆られていると、部長の泉名が小走りでやってきた。
彼は俺が書いた小説の中と同じく吹奏楽部部長で、BL研究会の会長でもある。恐らく一番現実に忠実に描いた人物。
「あ、泉名部長聴いてください、紅本先輩が俺を主人公にした小説を書いてくれたんですよ!」
「うわっバカ!」
すると恐ろしいことに、未早はあの忌まわしき小説を泉名に話そうとしていた。
「へぇー、何それ? 気になるね」
「どんな内容だと思います? 部長も出てますよ」
「あー、もうその話はいいから! 泉名、向こう行くぞ!」
よくよく思い返すと、泉名にあの小説のことを知られたくない。
未早は残念そうな顔をしていたけど、俺は必死に泉名を引っ張ってそこから避難した。
自分×後輩でR指定の小説(著者俺)を書いてしまったことも幻滅されそうだけど……そもそも未早がBL研究会の存在を知ってることは、泉名含め他のメンバーには隠している。

BLを批判する未早にこの研究会の存在がバレたことは俺達にとってとても危険。だから他のメンバーが口止めの為、未早に何かしら危害をくわえる可能性がある。
それが怖いから、未早に説明して迂闊に誰かに話さないよう約束させてる。にも関わらず、さっきみたいに腐った話をしようとするのは……多分、焦る俺の反応を見て楽しんでるんだ。ほんとに性格が悪い。

「紅、何か顔色わるくない? これから合奏だけど大丈夫?」
「あぁ、大丈夫。ちょっとあいつが……」
「あいつ?」
「……いや、何でもない」
極力、未早とは付かず離れずの関係でありたい。秘密をバラさないか監視しつつ、深く踏み入れさせないよう距離を保つ。
他の奴らにも、それがバレないように自然に振る舞わないといけない。今後も俺が、平和で健やかなBLライフを送れるように。

結局は保身の為だ。少なくともこれから先、俺が未早に心を許すことはないと思う。