”先輩”、“副部長”、……“副会長”。

場所により時間により肩書きが変わる。けどどれも共通していたのは、皆それなりにその呼称に敬意を含んでいたことだ。

俺もまた、その肩書きに相応しい振る舞いをしてきた自覚がある。
高スペックな上にイケメンで、欠点など探そうにも見当たらない完璧な人間。それが俺、紅本皐月だ。
通っている高校では生徒会の副会長と吹奏楽部の副部長を担っている。それに加え、公には言えないけれど“BL研究会”なる非公式団体の副会長も兼任している。
習い事含め幼い頃から色々やらされていた為趣味は数えきれない。しかし群を抜いて好きなことがBL鑑賞だ。楽器やスポーツと違い、自慢どころかとても人には言えない趣味だけど、俺の中の大部分を占めてると言っても過言じゃない。

この進学校を選んで良かったと思うことは、BLを愛する同志がたくさん居たことだろう。腐男子が煙たがられる世の中で、ここだけが唯一の憩いの場。俺は独りじゃない。この学校に入学してそう思えた。
俺はイラストも描くし、小説も書く。けどやはりいち読者として人の作品を楽しみたい。俺にとってBLライフは、何よりも心の隙間を埋めてくれる大切な大切な存在なんだ。

「……いやいや、おかしいでしょ。紅本先輩、BLが好きな呪いでもファラオにかけられてんじゃないの?」

と、謙虚さの欠片もなくそう言い捨てたのは後輩の未早。
放課後の部活中、訊きたいことがある言うからわざわざ話し掛けてやったのに。すぐにBLの話へスライドしてきた。他の連中に聞かれたらどうすんだ。

「……未早。この前、俺が書いた小説読ませてやったろ? 大人のシーンも多いからお子様のお前にはまだ早いと思ったんだけど、既存の作品は刺激が強いから、お前は俺が書く話から入門してもいいかもな」
「あぁ、ですかね。でもこの前読ませていただいた本は四十度の熱出してる人が書いたような内容でした」

抑揚のないトーンで答える真顔の後輩。俺は特に何も返さなかったけど、手に持っていた新譜を握り潰してしまった。いかんいかん、これは後で部長に渡すんだから綺麗にしなきゃ。
怒りを抑えるツボや呼吸法を試すことで、最近はだいぶ冷静に未早と付き合えるようになってきた気がする。
「……で? 未早くん、俺に何か訊きたいことがあって呼んだんじゃないの」
棒読みで言うと、彼は目の前にある楽譜の一箇所を指さした。
「あ、はい。この小節の入りがよく分からないんで教えてほしいんです。先輩のBL談義に入っちゃうとね、もうそれどころじゃなくなるから。ププッ……」
せっかく綺麗に伸ばした楽譜を、気づいたらまた握り潰していた。