紅本先輩に本を奪われて、取り返そうとするも簡単によけられてしまう。しばし地味な攻防が続いた。
「先輩、見せてくれないならせめてオチを教えてくださいよ! このままじゃ気になって夜眠れません!」
「しょうがないなぁ。これは後輩の妊娠を知った先輩が、安産祈願で母なる海に命を捧げて終わり、って話だよ。かなり泣けるオメガバース」
「安産? オメガ……何? 全然分からない……」
再びパニックになると、紅本先輩は苦笑しながら本を棚に仕舞った。

「だから、こういうのはまだお前には早いよ。ヒューマンものだし、オトナの話だから」
「安産祈願で海に飛び込むことのどこがオトナなんですか。責任とって身投げの方がまだ大人げあるんですけど」
「でも赤ちゃんは無事に生まれてくるし、先輩は海に同化するし、ハッピーエンドだろ?」
「同化っつーか海の藻屑になってるだけでしょ! 作者はストーリー考えるのめんどくさくなったんじゃないですか?」

やっぱり俺にBLは難解過ぎた。斬新過ぎて理解に苦しむ。
確かに最近は人外とか触手とか、ファンタジー要素も人気を博してるみたいだ。読者がどんどん欲張るから、作家も必死なのかもしれない。
そうだ、こんなもんばっか読んでるから紅本先輩も感覚がズレてきたんじゃないか?

「フィクションだから表現の自由と思いたいんですけど、クレイジー過ぎますよ。パッと見たとこR指定が多いし、レイプ系とか下手したら犯罪を誘発しません?」
「そうじゃない作品だって山ほどあるよ」
「でも……」
「まぁさっきのは確かに独特だけど……やっぱり、お前には受け入れられない世界かもな。もっと嫌いになる前に、退くのもアリかもな」

……!
先輩のセリフは抑揚がなくて、ひどく冷たく感じた。……俺も、少し言い過ぎたと思うけど。

「すいません。BL自体を悪く言うつもりはなくて」
「謝んなよ。お前は悪くない。お前の考えが普通なんだ。だから無理に分かろうとしなくていいし、……関わろうとしなくていい」

それだけ言うと先輩は奥の部屋へ行ってしまった。
……。
俺自身、間違いなく同性愛者だ。だからBLを悪く言う資格はない。
悪く言うつもりもない。なのにどうしよう、否定するような言い方をしてしまった。

だってあの本ツッコミどころ満載で……いや、もうやめよう。余計な詮索が純粋な読書の妨げになってるんだ、きっと。