永遠に続けばいいと思っていた楽しい回想から戻る。いや、痛みで現実に引き戻されただけか。現実逃避し続けるのは難しい。
鮫島賢司はいまだに俺の後頭部を踏みつけている。まるで貴族が下層民をいたぶるかのように、靴底でグリグリと俺の後頭部を削りにかかった。
「ったくよ、お前がこんなに卑怯な野郎だとは思わなかったぜ。本物の悪人っていうのはその実なかなか正体を見せないもんだな、ああ?」
人を踏みつけている奴が言うセリフじゃないと思うが、目下俺は大ピンチとなっていた。
――岡さんのために書いた小説の存在がバレた。
最悪だ。よりにもよって鮫島にバレるだなんて。
「このキートンって奴はお前のことなんだろう? この亀頭野郎!」
俺を罵る鮫島。社会的な公開処刑。鮫島の後ろで腕組みをしたギャルの真田樹里亜が憤然とした顔で口を開く。
「あのクソ小説、あたしの悪口も書いてあった。樹里亜が岡莉奈を裏切ったって」
珠理奈だよ――そう言いたいところだが、たしかにお前をモデルにした。ピッタリだったからな、とは言えない。
「しかしお前もマジでキモいよな」
声のする方を見ると、どうにもムカつくイケメンがいた。明智颯太――鮫島賢司一味のナルシストだ。顔は整っているが、鮫島の威光を盾に威張り散らしているので特に陰キャたちからは本当に嫌われている。
明智颯太はロン毛をかき上げながら減らず口を開く。
「お前みたいな陰キャのゴミはさあ、自分が鮫島さんに生かされているってことをちゃんと理解しておくべきだったんだよ。それすらも理解出来ないバカに生きる資格なんてないね。死んでくださーい」
腰巾着が――喉元まで出かかった言葉を飲み込む。この状況で鮫島一派を刺激するのは賢くない。いつか殺してやる。
脳内では威勢の良い言葉を並べていても、現実の俺はただただボコボコにされている。
話の詳細は不明だが、岡莉奈が俺の作品を読んで、天然でクラスカーストのトップ組に作品の存在を知らせてしまったようだ。
SNSのやり取りで「他の人にも読んでほしい」とはっきりと言っていたので、出来心で真田樹里亜あたりに教えたら鮫島賢司のグループに広がったというところか。
身バレのプロセスなんてどうでもいいが、カーストのトップに逆らった罪は重い。断罪者はカーストのトップだけではない。クラス全体になる。誰だって陰キャが下手を打ったとばっちりなんて受けたくないからだ。
みんなが見て見ぬフリ。俺は鮫島一味の罵倒や嘲笑を浴びながらひたすらボコボコにされていく。最悪だ。
「お前にチャンスをやるよ。このまま土下座して、もう二度と僕みたいなクソゲロゴミムシがつけあがったマネなんてしませんって言えよ」
教室の空気が冷える。心が殺された気がした。
怒りよりも、何が起こっているのか分からない。きっと性犯罪の被害者はこんな気分なんだろう。それだけは分かった。
「もう、二度と……」
言いよどんでいると、後頭部を踏みつけられて顔面を固い床に打ち付けた。鼻血がボタボタと落ちる。
岡莉奈――目が合う。視線を逸らされる。その瞬間に、すべてを諦めた。
ああ、俺は確かに彼女なんかに恋をするべきではなかったんだ。
彼女が生まれつきに次元の違う美貌を持っていたように、人には持って生まれたものがある。
万人には生来与えられた人間としての権利があると言う。
――だが、それは明らかに平等ではない。
どこへ行っても持つ者と持たざる者がいる。俺は数えきれないほどいる持たざる者の、最下層にいる人間なんだ。それをこの瞬間に思い知らされた気がした。
気付けば、心から鮫島の要求した言葉を言い終えていた。何の抵抗もなく言えた代わりに、自分の中で何かが壊れた音がした。
衝撃――腹を蹴られた。まるで、ボールみたいに。
激痛とともに激しい吐き気。胃液をその場で吐き出した。
「あーあー汚ねえな。自分で掃除しておけよ」
腰巾着の明智颯太が言う。スマホで這いつくばる俺の姿を撮影していた。後で仲間とシェアして楽しむつもりなんだろう。悪魔め。不思議と鮫島以上に憎しみが沸いた。
結局ボコられた俺は、その場でしばらく倒れていた。誰も助けになんか来やしない。俺を助けようものなら、そいつが新たなターゲットになる。クラスカーストというものはそのように秩序を維持しているのだ。
――ああ、これは本当に現実なのか。
夢オチを期待したいところだが、蹴られた腹がジンジンと痛い。それがいくらか弱まってくると、顔のあちこちを怪我しているのを思い出す。
歯が折れていなかったのは不幸中の幸いか。いや、証拠が残るのを恐れて歯は折らなかっただけだろう。奴らは自分らが危険にならないいたぶり方を知っている。
半分ほど気絶していて、気付けば夕日が差していた。
どれだけ気絶していたのか。それでも教師の誰一人助けに来ないこの学校は終わっている。
顎が痛い。タイルに唾を吐く。血が混じって真っ赤になっていた。
「クソが」
誰に向かって言ったのかも分からない。もしかしたら不甲斐ない自分へ言ったのかもしれない。どっちでもいい。何もかもがクソなんだ。俺も、この世界も。
軋む体を引きずって帰路につく。生きていられたことが幸せなのかも分からない。
はっきりとしていることはクラスの天使、岡莉奈と過ごした夢のような時間が崩れ去ったということだ。
岡さん、いや、岡莉奈――君はすべてを知っていたのか?
前から俺のことをキモいと感じていて、生意気な陰キャを破滅させるために近付いてきたのか?
そうならそうと教えてくれ、頼むから。
鮫島賢司はいまだに俺の後頭部を踏みつけている。まるで貴族が下層民をいたぶるかのように、靴底でグリグリと俺の後頭部を削りにかかった。
「ったくよ、お前がこんなに卑怯な野郎だとは思わなかったぜ。本物の悪人っていうのはその実なかなか正体を見せないもんだな、ああ?」
人を踏みつけている奴が言うセリフじゃないと思うが、目下俺は大ピンチとなっていた。
――岡さんのために書いた小説の存在がバレた。
最悪だ。よりにもよって鮫島にバレるだなんて。
「このキートンって奴はお前のことなんだろう? この亀頭野郎!」
俺を罵る鮫島。社会的な公開処刑。鮫島の後ろで腕組みをしたギャルの真田樹里亜が憤然とした顔で口を開く。
「あのクソ小説、あたしの悪口も書いてあった。樹里亜が岡莉奈を裏切ったって」
珠理奈だよ――そう言いたいところだが、たしかにお前をモデルにした。ピッタリだったからな、とは言えない。
「しかしお前もマジでキモいよな」
声のする方を見ると、どうにもムカつくイケメンがいた。明智颯太――鮫島賢司一味のナルシストだ。顔は整っているが、鮫島の威光を盾に威張り散らしているので特に陰キャたちからは本当に嫌われている。
明智颯太はロン毛をかき上げながら減らず口を開く。
「お前みたいな陰キャのゴミはさあ、自分が鮫島さんに生かされているってことをちゃんと理解しておくべきだったんだよ。それすらも理解出来ないバカに生きる資格なんてないね。死んでくださーい」
腰巾着が――喉元まで出かかった言葉を飲み込む。この状況で鮫島一派を刺激するのは賢くない。いつか殺してやる。
脳内では威勢の良い言葉を並べていても、現実の俺はただただボコボコにされている。
話の詳細は不明だが、岡莉奈が俺の作品を読んで、天然でクラスカーストのトップ組に作品の存在を知らせてしまったようだ。
SNSのやり取りで「他の人にも読んでほしい」とはっきりと言っていたので、出来心で真田樹里亜あたりに教えたら鮫島賢司のグループに広がったというところか。
身バレのプロセスなんてどうでもいいが、カーストのトップに逆らった罪は重い。断罪者はカーストのトップだけではない。クラス全体になる。誰だって陰キャが下手を打ったとばっちりなんて受けたくないからだ。
みんなが見て見ぬフリ。俺は鮫島一味の罵倒や嘲笑を浴びながらひたすらボコボコにされていく。最悪だ。
「お前にチャンスをやるよ。このまま土下座して、もう二度と僕みたいなクソゲロゴミムシがつけあがったマネなんてしませんって言えよ」
教室の空気が冷える。心が殺された気がした。
怒りよりも、何が起こっているのか分からない。きっと性犯罪の被害者はこんな気分なんだろう。それだけは分かった。
「もう、二度と……」
言いよどんでいると、後頭部を踏みつけられて顔面を固い床に打ち付けた。鼻血がボタボタと落ちる。
岡莉奈――目が合う。視線を逸らされる。その瞬間に、すべてを諦めた。
ああ、俺は確かに彼女なんかに恋をするべきではなかったんだ。
彼女が生まれつきに次元の違う美貌を持っていたように、人には持って生まれたものがある。
万人には生来与えられた人間としての権利があると言う。
――だが、それは明らかに平等ではない。
どこへ行っても持つ者と持たざる者がいる。俺は数えきれないほどいる持たざる者の、最下層にいる人間なんだ。それをこの瞬間に思い知らされた気がした。
気付けば、心から鮫島の要求した言葉を言い終えていた。何の抵抗もなく言えた代わりに、自分の中で何かが壊れた音がした。
衝撃――腹を蹴られた。まるで、ボールみたいに。
激痛とともに激しい吐き気。胃液をその場で吐き出した。
「あーあー汚ねえな。自分で掃除しておけよ」
腰巾着の明智颯太が言う。スマホで這いつくばる俺の姿を撮影していた。後で仲間とシェアして楽しむつもりなんだろう。悪魔め。不思議と鮫島以上に憎しみが沸いた。
結局ボコられた俺は、その場でしばらく倒れていた。誰も助けになんか来やしない。俺を助けようものなら、そいつが新たなターゲットになる。クラスカーストというものはそのように秩序を維持しているのだ。
――ああ、これは本当に現実なのか。
夢オチを期待したいところだが、蹴られた腹がジンジンと痛い。それがいくらか弱まってくると、顔のあちこちを怪我しているのを思い出す。
歯が折れていなかったのは不幸中の幸いか。いや、証拠が残るのを恐れて歯は折らなかっただけだろう。奴らは自分らが危険にならないいたぶり方を知っている。
半分ほど気絶していて、気付けば夕日が差していた。
どれだけ気絶していたのか。それでも教師の誰一人助けに来ないこの学校は終わっている。
顎が痛い。タイルに唾を吐く。血が混じって真っ赤になっていた。
「クソが」
誰に向かって言ったのかも分からない。もしかしたら不甲斐ない自分へ言ったのかもしれない。どっちでもいい。何もかもがクソなんだ。俺も、この世界も。
軋む体を引きずって帰路につく。生きていられたことが幸せなのかも分からない。
はっきりとしていることはクラスの天使、岡莉奈と過ごした夢のような時間が崩れ去ったということだ。
岡さん、いや、岡莉奈――君はすべてを知っていたのか?
前から俺のことをキモいと感じていて、生意気な陰キャを破滅させるために近付いてきたのか?
そうならそうと教えてくれ、頼むから。